映画パラサイトと新型コロナがあぶり出す韓国「南南葛藤」
編集委員 峯岸博
新型コロナ 朝鮮半島ファイル 峯岸 博 朝鮮半島 編集委員 2020/2/28 0:00日本経済新聞 電子版
米アカデミー賞の4冠に輝いた韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が描いたのは、隣国が抱える貧富の格差だけではない。
もう一つの深刻な社会問題である、保守と革新層の対立「南南葛藤」もあぶりだした。
記者会見する韓国映画「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督=中央(23日、東京・内幸町の日本記者クラブ)=共同
23日、東京・内幸町の日本プレスセンタービル。
「黒沢明監督の『七人の侍』などのような、時間や歳月を乗り越えたクラシック(古典)といわれる映画を作りたい」。
来日したポン・ジュノ監督は日本記者クラブで記者会見し、自らの目標についてこう語った。
■よみがえる「ブラックリスト事件」
映画人として作品に向き合うときに「不純物が混じらない透明な状態」を心がけているという。
韓国映画の歴史は政治と切り離せない。
来日に先立つ19日、ポン・ジュノ監督はソウルで凱旋記者会見を開いた。
同じ日、そう遠くないソウル高裁では、李明博(イ・ミョンバク)元大統領が収賄などの罪に問われた事件の控訴審が開かれ、一審より重い懲役17年の実刑判決を言い渡された。
保守政権時代の韓国では「芸能界ブラックリスト」が作られた(19日、ソウル高裁の法廷に向かう李明博元大統領=右)=聯合・共同
同監督と元大統領の2人を結びつけるのが「芸能界ブラックリスト事件」だ。
2008~17年の李、朴槿恵(パク・クネ)政権時代に保守政権の意に沿わない文化人や芸術家のリストが作成され、資金援助の対象から外された事実が明らかになり、そのリストにポン・ジュノ監督も入っていた。
李、朴両大統領経験者の数ある罪状の中には職権乱用も含まれている。
■愛国心VS.民主化・格差
韓国は人口5100万人だが、映画の年間観客動員数が累計2億人を超えるシネマ大国だ。
上映される作品に、ときの政権のカラーが色濃く投影される特徴もある。
保守政権時代の作品の主なキーワードが「愛国心」なのに対し、革新政権下では「民主化」「独立運動」がモチーフになるケースが多い。
パラサイトの場合は「格差」だ。
革新系の文在寅(ムン・ジェイン)大統領には痛快だったろう。
パラサイトが描いた格差や不公正の是正はまさに政権の金看板なのだから。
20日、文大統領は監督と出演者を青瓦台(大統領府)での昼食会に招いて
「『パラサイト』が示した社会意識に深く共感する」と述べ、映画産業への支援を約束した。
一方、政権公約の雇用拡大などが進まない現状を念頭に「不平等の解消が最大の国政目標だが反対も多く、すぐに成果が表れず焦っている」と不満をこぼし、保守派を当てこすった。
■世論調査の衝撃
それは文政権が危機感を強めていることの裏返しでもある。
14日に発表された韓国ギャラップの世論調査の結果を巡り韓国政界に衝撃が走った。
4月15日に迫った総選挙で野党候補がより多く当選してほしいと答えた人が45%を占め、与党候補がより多く当選してほしいと回答した43%を上回ったからだ。
国内では17日、分裂していた保守勢力が新党「未来統合党」を結成した。
ライバルである左派・革新陣営内の足並みの乱れや、青瓦台による地方選挙介入疑惑なども重なって、
「野党が猛追している」「全く読めなくなった」などの情勢が相次ぎ伝わってくる。
■新型コロナでは守る立場に
「南南葛藤」に拍車をかけているのが、韓国で累計感染者が1500人を突破した新型コロナウイルスの広がりだ。
新型コロナウイルスへの対応で厳しい局面に立たされている文在寅韓国大統領=韓国大統領府提供
保守派は、まだ感染者数がそれほど多くなかった13日の時点で文大統領が「遠からず終息するだろう」との見通しを示していたことを取りあげ、
「中国政府の顔色をうかがいまごまごした文政権の防疫の失敗」(韓国紙・中央日報)などと追及を強めている。
青瓦台が国民からの請願を受け付けるインターネットのサイトでは文大統領の弾劾を促す声が20万人を超えた。
韓国で多数の犠牲者を出した14年の旅客船セウォル号沈没事故、15年の中東呼吸器症候群(MERS)の流行当時、野党政治家だった文氏は当時の朴槿恵政権の危機管理のまずさを糾弾した。
守る立場の今回、新型コロナ感染への対応を誤れば、総選挙に響き、自身の求心力低下にも直結しかねない。
峯岸博(みねぎし・ひろし)
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004~07年ソウル駐在。15~18年3月までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。
現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」、「日韓の断層」(19年5月)。
編集委員 峯岸博
新型コロナ 朝鮮半島ファイル 峯岸 博 朝鮮半島 編集委員 2020/2/28 0:00日本経済新聞 電子版
米アカデミー賞の4冠に輝いた韓国映画「パラサイト 半地下の家族」が描いたのは、隣国が抱える貧富の格差だけではない。
もう一つの深刻な社会問題である、保守と革新層の対立「南南葛藤」もあぶりだした。
記者会見する韓国映画「パラサイト 半地下の家族」のポン・ジュノ監督=中央(23日、東京・内幸町の日本記者クラブ)=共同
23日、東京・内幸町の日本プレスセンタービル。
「黒沢明監督の『七人の侍』などのような、時間や歳月を乗り越えたクラシック(古典)といわれる映画を作りたい」。
来日したポン・ジュノ監督は日本記者クラブで記者会見し、自らの目標についてこう語った。
■よみがえる「ブラックリスト事件」
映画人として作品に向き合うときに「不純物が混じらない透明な状態」を心がけているという。
韓国映画の歴史は政治と切り離せない。
来日に先立つ19日、ポン・ジュノ監督はソウルで凱旋記者会見を開いた。
同じ日、そう遠くないソウル高裁では、李明博(イ・ミョンバク)元大統領が収賄などの罪に問われた事件の控訴審が開かれ、一審より重い懲役17年の実刑判決を言い渡された。
保守政権時代の韓国では「芸能界ブラックリスト」が作られた(19日、ソウル高裁の法廷に向かう李明博元大統領=右)=聯合・共同
同監督と元大統領の2人を結びつけるのが「芸能界ブラックリスト事件」だ。
2008~17年の李、朴槿恵(パク・クネ)政権時代に保守政権の意に沿わない文化人や芸術家のリストが作成され、資金援助の対象から外された事実が明らかになり、そのリストにポン・ジュノ監督も入っていた。
李、朴両大統領経験者の数ある罪状の中には職権乱用も含まれている。
■愛国心VS.民主化・格差
韓国は人口5100万人だが、映画の年間観客動員数が累計2億人を超えるシネマ大国だ。
上映される作品に、ときの政権のカラーが色濃く投影される特徴もある。
保守政権時代の作品の主なキーワードが「愛国心」なのに対し、革新政権下では「民主化」「独立運動」がモチーフになるケースが多い。
パラサイトの場合は「格差」だ。
革新系の文在寅(ムン・ジェイン)大統領には痛快だったろう。
パラサイトが描いた格差や不公正の是正はまさに政権の金看板なのだから。
20日、文大統領は監督と出演者を青瓦台(大統領府)での昼食会に招いて
「『パラサイト』が示した社会意識に深く共感する」と述べ、映画産業への支援を約束した。
一方、政権公約の雇用拡大などが進まない現状を念頭に「不平等の解消が最大の国政目標だが反対も多く、すぐに成果が表れず焦っている」と不満をこぼし、保守派を当てこすった。
■世論調査の衝撃
それは文政権が危機感を強めていることの裏返しでもある。
14日に発表された韓国ギャラップの世論調査の結果を巡り韓国政界に衝撃が走った。
4月15日に迫った総選挙で野党候補がより多く当選してほしいと答えた人が45%を占め、与党候補がより多く当選してほしいと回答した43%を上回ったからだ。
国内では17日、分裂していた保守勢力が新党「未来統合党」を結成した。
ライバルである左派・革新陣営内の足並みの乱れや、青瓦台による地方選挙介入疑惑なども重なって、
「野党が猛追している」「全く読めなくなった」などの情勢が相次ぎ伝わってくる。
■新型コロナでは守る立場に
「南南葛藤」に拍車をかけているのが、韓国で累計感染者が1500人を突破した新型コロナウイルスの広がりだ。
新型コロナウイルスへの対応で厳しい局面に立たされている文在寅韓国大統領=韓国大統領府提供
保守派は、まだ感染者数がそれほど多くなかった13日の時点で文大統領が「遠からず終息するだろう」との見通しを示していたことを取りあげ、
「中国政府の顔色をうかがいまごまごした文政権の防疫の失敗」(韓国紙・中央日報)などと追及を強めている。
青瓦台が国民からの請願を受け付けるインターネットのサイトでは文大統領の弾劾を促す声が20万人を超えた。
韓国で多数の犠牲者を出した14年の旅客船セウォル号沈没事故、15年の中東呼吸器症候群(MERS)の流行当時、野党政治家だった文氏は当時の朴槿恵政権の危機管理のまずさを糾弾した。
守る立場の今回、新型コロナ感染への対応を誤れば、総選挙に響き、自身の求心力低下にも直結しかねない。
峯岸博(みねぎし・ひろし)
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004~07年ソウル駐在。15~18年3月までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。
現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」、「日韓の断層」(19年5月)。
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