「死ぬまで大統領」という野望は潰えたか…ロシア軍の劣勢でついに「プーチンおろし」が始まる
9/29(木) 10:16配信
■70歳目前のプーチン氏は退陣するのか ウクライナのゼレンスキー大統領は9月21日の国連総会ビデオ演説で、「ウクライナも、欧州も、世界も平和を求めているが、1人だけが戦争を望んでいる」と述べ、名指しを避けながらプーチン・ロシア大統領を非難した。
プーチン大統領も同日、30万人規模の「部分的動員令」を発表し、徹底抗戦の構えを示した。現状では、戦闘は越年し、長期化の可能性が強い。 一方で、ロシアのエリート層は1年半後の2024年3月17日に行われる次回大統領選を意識し始めた。10月7日に70歳になる高齢のプーチン大統領が続投するのか、それとも後継者を指名して退陣するのか。「戦争を望む唯一の人物」の去就が「プーチンの戦争」を左右する。 ■右派勢力は国防相の「銃殺刑」を要求 ロシアは9月になると、社会に緊張感が高まる。9月1日に全国の学校で新学期が始まり、急に涼しくなって、国民は長い冬を意識する。 秋は「政治の季節」といわれ、今年も9月11日に統一地方選があった。ウクライナ軍が9月、反転攻勢に成功すると、左右両翼から政権非難が噴出した。 左のリベラル勢力では、モスクワやサンクトペテルブルクの地区議員30人以上が連名で大統領の弾劾や辞任を要求する声明を発表。著名歌手のアラ・プガチョワさんも「ウクライナ侵略戦争」だと非難した。 右の愛国勢力では、退役軍人や保守派団体がずさんな作戦・戦術を非難し、総動員令を要求。右派の急先鋒イーゴリ・ギルキン氏は侵攻作戦を失敗させたショイグ国防相を銃殺刑に処すよう要求した。 左右両翼の政治的主張の高まりは、「政治の季節」到来を意味し、次回大統領選をめぐる「暗闘」が浮上しつつある。 ■「ウクライナ戦争が後継争いを引き起こした」 政治評論家のアンドレイ・ペルツェフ・カーネギー国際平和財団研究員は、同財団のHPで、「ウクライナの戦争長期化で、エリートは自らの将来を考え、居場所を見いだす必要に迫られた。プーチンは退陣する気はなさそうだが、ますます過去に追いやられている。戦後の未来像にプーチンの居場所はない。彼の役割は、後継者を指名して舞台から去ることだけだ」と述べ、「ウクライナ戦争が公然たる後継争いを引き起こした」と指摘した。
同研究員は、「与党の官僚や幹部が脚光を浴びようと必死で、互いになじり合うなど、活発な選挙戦が始まった」とし、後継候補として、メドベージェフ安全保障会議副議長(57)、キリエンコ大統領府第1副長官(60)、ボロディン下院議長(58)、ソビャーニン・モスクワ市長(64)、ミシュスチン首相(56)らの名を挙げた。 メドベージェフ、ボロディン両氏は欧米を侮辱する発言を精力的に発信して存在感を強め、ウクライナ担当のキリエンコ氏はドンバス地方の併合を主導する政治力を誇示する。ソビャーニン、ミシュスチン両氏は逆に、ウクライナ侵攻から距離を置き、戦後の欧米との関係改善に備えているという。ただし、これらの人物は以前から後継候補に挙がっており、新味がない。 ■ダークホースのパトルシェフ農相とは何者か 後継者のダークホースとして、プロの専門家の間で注目されているのが、事実上の政権ナンバー2、パトルシェフ安保会議書記の長男、ドミトリー・パトルシェフ農相(44)だ。 経済学博士号を持つ銀行家出身で、農業銀行頭取時代、「バンカー・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。連邦保安局(FSB)アカデミーでも学び、FSB中尉の称号を持つ。サラブレッドで、政権を支えるシロビキ(武闘派)とオリガルヒ(新興財閥)の双方から支持を得やすい。 政治評論家のイリヤ・ゲラシチェンコフ地域政策開発センター所長は、プーチン大統領は24年の大統領選には出馬しないと断言し、「メドベージェフ大統領・パトルシェフ(子)首相による新タンデム(二頭立て馬車)体制」になると予測した。 「SVR(対外情報庁)将軍」というハンドルネームでクレムリンの内情を投稿している正体不明の人物は7月末、ロシアのSNS「テレグラム」で、プーチン大統領が10月17日に内閣改造を断行し、ミシュスチン首相を更迭、パトルシェフ農相を起用すると予測した。首相は大統領が職務執行不能に陥った場合、大統領代行を務める重要ポストだ。
「SVR将軍」は9月20日、父のパトルシェフ安保会議書記が中国を急遽訪れたのは、息子が大統領に就任した際の内外政策を説明するためだったと伝えた。中国側が「あなたの子息はウクライナ戦争をどう終わらせるつもりか」と尋(たず)ねると、父は「ドミトリーが大統領になる前に戦争は終了する」と答えたというが、これは信憑性に乏しい。 ■部外者から選ばれるのは「あり得ない」という見方も 野心家で執念深いプーチン大統領は続投するとの見方も根強い。政治評論家のアンドレイ・コレスニコフ氏は筆者らとのオンライン会見で、「プーチン体制は安定しており、国民を結集できている。プーチンはあくまで5選を目指し、ウクライナの戦争をやり遂げようとする。後継者の噂はあるが、指名することはない。周辺のエリートも反対すれば、命がないと恐れている。トップを交代させるルールもない」と指摘した。 政治学者のドミトリー・ジュラブレフ氏は「プーチンの側近以外が後継者になることはあり得ない。部外者が大統領になると、政権幹部を一掃して自分の仲間を連れてくるため、地位や利権が危うくなる」と指摘した。プーチン大統領が退陣する場合でも、「プーチンなきプーチン路線」が続くかもしれない。 ■アルコールで政権の規律が乱れている? 2024年問題の行方は、ウクライナの戦況も影響しそうだ。女性の政治専門家は匿名を条件にしたオンライン会見で、「今後は世代交代が重要。2024年に何が起きるか分からない。プーチンが力を持っていれば、続投するか、子飼いから後継者を選ぶが、ウクライナ戦争で敗北し、政権が弱体化すれば、まったく新しい人物が出てくる。まだ占い程度の段階だ」と述べていた。戦況が後継問題を左右するとの見立てだ。 政権に近いエリート層の間で、厭戦気分が広がっているとの情報もある。ラトビアに拠点を置く独立系メディア「メドゥーザ」は9月16日、政府幹部の間でストレス発散のため酒量が大幅に増えており、酒をほとんど飲まないプーチン大統領を悩ませていると報じた。 それによると、アルコール依存を強めているのは、閣僚や大統領府幹部、安保会議メンバー、国営企業トップ、知事らで、「一部の幹部は重要な行事を欠席するなど、規律が損なわれ始めた」という。 ロシアの歴史を動かすのは、庶民ではなく、昔も今も一握りのエリートだ。戦況が悪化し、国内政治・社会情勢が緊迫する中、エリート層がプーチン大統領を担ぎ続けるかも注目点だ。
---------- 名越 健郎(なごし・けんろう) 拓殖大学特任教授 1953年、岡山県生まれ。東京外国語大学ロシア語科卒。時事通信社に入社。バンコク、モスクワ、ワシントン各支局、外信部長、仙台支社長などを経て退社。2012年から拓殖大学海外事情研究所教授。国際教養大学特任教授。2022年4月から現職(非常勤)。著書に、『秘密資金の戦後政党史』(新潮選書)、『独裁者プーチン』(文春新書)、『ジョークで読む世界ウラ事情』(日経プレミア新書)などがある。 ----------
拓殖大学特任教授 名越 健郎