韓国の「ウォン」がここへ来て下落
…世界の投資家たちが「売り」を仕掛けたワケ
ウォン安の兆し
8月に入り、韓国のウォンが米ドルに対して下落している。
アジア新興国の通貨と比較しても、ウォンの下落率は大きい。
ウォン安の背景には、複数の要因がある。
その中でも重要と考えられるのが、韓国銀行(中央銀行)による年内の利上げが難しくなった、と考える海外投資家が増加していることだ。
8月の月初から中旬までの世界経済の変化を振り返ると、韓国経済の減速懸念を高める要因が相次いで浮上している。
順を追って確認すると、上旬には、世界の半導体市況でメモリ半導体の一つであるDRAMの需給が緩むとの懸念が高まり、高値圏で推移してきた韓国株とウォンの売りをセットで行う海外投資家が増えた。
その後、中国の主要経済指標は事前予想を下回り、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)が資産買入れの段階的縮小=テーパリングを実施する可能性も高まった。
景気の回復ペースを弱める材料が増える中で韓国銀行が利上げを目指すことは難しくなっている。 日韓関係が韓国企業の事業運営にマイナスの影響を与えるとの懸念からウォンを売る投資家もいるようだ。
理論的に、短期から中期の時間軸において通貨の強弱は二国間の金利差に影響される。
特に重要なのが、金融政策への予想を反映しやすい2年金利(2年国債の流通利回り)の差だ。 ウォンで考えると、韓国銀行が米国のFRBよりも早い段階で利上げを実施するとの期待が高まると韓国の2年金利は米金利を上回るペースで上昇する。 それが米韓の金利差が拡大するということだ。
為替レートが一定と仮定すると、主要投資家は米国よりも、韓国の2年国債を保有した方がより多くの利得を期待できる。
その見方に基づいて海外投資家は外国為替市場でドル売り・ウォン買いのオペレーションを行い、ウォンが強含む。
昨年来のウォンの対ドル為替レートを確認すると、4月以降、韓国の景気回復期待が支えとなり、ウォンはドルに対して上昇した。
過去の景気循環を振り返ると、世界経済全体が大きく混乱した後、韓国経済は半導体などの外需をいち早く取り込んで輸出を増やし、早期の景気回復を実現した。
そのため、アジア経済の中でも比較的早い段階で韓国銀行は利上げを実施した。
経験則に従って、主要投資家は韓国銀行が近い将来に利上げを目指す展開を期待しはじめた。
昨年8月頃から米韓の2年金利差は拡大し、ウォンが上昇した。 2021年4月頃から、韓国銀行は物価と資産価格の高騰を抑えることを理由に年内の利上げを示唆し始めた。
ただし、利上げの期待と、実施の可否は別物だ。
実際に利上げをするとなると、バブルの様相を呈する韓国の不動産や高値圏にある株価は下落し、債務残高が増えた家計の資金繰りは悪化するだろう。
そうした見方から、早期の利上げ実施は容易ではないと考え、ウォンのロング・ポジションを削減する投資家が徐々に増えた。
増加する韓国経済の減速要因
8月に入り、ウォンの下落が勢いづいた。
日中の為替レートを見ると、ウォンがドルに対して反発すると、すかさず売りが入る場面が増えた。
その要因の一つが、DRAMの世界トップメーカーであるサムスン電子株の下落だ。 パソコンメーカーの在庫確保が進んだ結果、DRAMの価格は下落している。 それは、韓国経済の屋台骨に位置付けられるサムスン電子の収益減少要因だ。
感染再拡大もあり、韓国の景気減速懸念は高まっている。
韓国にとって最大の輸出先である中国経済の減速懸念が高まった影響も大きい。
共産党政権によるIT先端企業などへの締め付け強化は中国株を下落させ、負の資産効果が消費者心理を抑圧する恐れがある。
中国経済の減速が鮮明となれば、韓国の景気減速は避けられない。
その懸念が高まり始めた状況下、韓国銀行が利上げを実施することは難しいとの見方が増え、韓国の2年金利の上昇ペースには一服感が出始めている。
米国では、7月の連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨にて年内のテーパリング実施が適当との見方が示された。
さらなる地ならしが進むとの警戒感から、米国の2年金利には、じわじわと上昇圧力がかかり、米韓の金利差は拡大から縮小に転じつつある。
それが、ウォン売りに拍車をかけた。
文大統領の対日姿勢を懸念する投資家もいる。 文大統領は元徴用工訴訟に関して自国内で解決する姿勢を示すことが難しい。
今後、FRBによるテーパリング実施観測の高まりなどによって韓国株への売りが増えれば、韓国からは資金が流出し、経済の先行き不安は高まるだろう。
そうした展開が鮮明となれば、文大統領が不満や批判をかわすためにわが国への強硬姿勢を引き上げ、韓国企業の事業運営にマイナスの影響が及ぶ恐れがある。
当面、ウォンの為替レートは不安定に推移する可能性が高い。
真壁 昭夫(法政大学大学院教授)