文政権が美酒に酔えない「圧勝」のからくり
編集委員 峯岸博
朝鮮半島ファイル 峯岸 博 編集委員
国際2020/4/24 0:00 (2020/4/24 5:37更新)
日経
文政権が美酒に酔えない「圧勝」のからくり
編集委員 峯岸博
朝鮮半島ファイル 峯岸 博 編集委員
国際2020/4/24 0:00 (2020/4/24 5:37更新)
韓国総選挙では「コロナ」が文政権が抱える経済や外交課題を吹き飛ばした。マスク姿で事前投票する文在寅大統領(左)(ソウル)=AP
「180議席対103議席」
「民主化以降、与党の最大議席占有率」
「16年ぶりの単独過半数獲得」――。
15日投開票した韓国総選挙(定数300)は革新系与党が歴史的な勝利を収めた。
半面、選挙結果をつぶさに分析すると、美酒に酔いしれてはいられない別の景色が見えてくる。
革新系与党「共に民主党」はライバルの保守系野党、未来統合党を本当に完膚なきまでにたたきのめしたのか。
それを指摘した韓国メディアが、文在寅(ムン・ジェイン)政権の立場に近い革新系のハンギョレだ。
総人口の半数が住む大票田のソウル、京畿道、仁川の首都圏の得票率に焦点を当てている。
総選挙で、共に民主党は首都圏121議席の85.1%を占める103議席を得て、未来統合党の同13.2%、16議席を大きく上回った。
一方で両党のそれぞれの候補が得た票を単純に合算すると、前者は771万2531票、後者は592万4987票となる。
当選しなかった小政党の得票数を除いて両党が一騎打ちしたと仮定した場合の得票率は、共に民主党が56.6%、未来統合党が43.4%。その差は13.2ポイントで、思いのほか開いていない。
15日投開票の韓国総選挙で保守系野党は議席を減らした(前列中央は落選した未来統合党の黄教安代表)=ソウル(共同)
■得票率なら保革対決は130対114?
得票率の「56対43」が議席占有率では「85対13」に化ける。
これこそ、1票でも上回った候補が"総取り"する小選挙区制の特徴で、今回の「与党圧勝」のからくりである。
特に首都圏では僅差による革新系候補の当選が目立ち、落選した保守系候補に投じられて議席に反映されなかった「死票」が多く出たという。
その結果、得票率と議席占有率の格差も広がった。
「目に見えない保守票」を裏付けるように、比例代表の得票率をみても、共に民主党系の38.7%に対し、未来統合党系は33.3%と小選挙区の議席数ほどの違いはない。
ハンギョレによると、政党得票率を議席数に一致させるドイツ式の比例代表制を適用すると、両党の全体の議席数は130対114まで縮まるという。
日本でも安倍晋三政権を誕生させた2012年衆院選が似たケースだ。
当時野党だった自民党は小選挙区の得票率が43%だったにもかかわらず、実際は全300小選挙区の8割近い237議席を獲得した。
韓国総選挙で大敗した保守勢力の間にも「保守層にまとまりがでてきた。
投票率が28年ぶりの高水準だったのは、高齢者が現政権に危機感を覚えて投票所に足を運んだのも一因」(保守系の政治学者)との指摘がある。
■低姿勢の背後に13年前の悪夢
保革両陣営にとって天王山は言うまでもなく22年の次期大統領選だ。
もっとも、16年の総選挙以降、17年大統領選、18年地方選に続き4連敗を喫した保守勢力が巻き返すのは容易ではない。
近年の韓国は大統領2人で10年ごとに保革の政権が入れ替わっており、この周期からも「ポスト文はまた革新」との見方は根強い。
苦杯を喫した保守政党には解党的な出直しが不可欠だ。
まずは「守旧」のイメージを覆すフレッシュな党首の抜てきが試金石となろう。
かたや与党指導部にも悪夢がよぎる。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下の04年当時、革新系与党「開かれたウリ党」は総選挙で大勝しながらも、07年大統領選では保守系野党候補の李明博(イ・ミョンバク)氏に惨敗した記憶だ。
今回の総選挙直後に「常に謙虚な姿勢で国民の意見に耳に傾ける」と低姿勢をアピールした共に民主党代表の李海チャン(イ・ヘチャン)氏は盧政権の首相を務めた人物だ。
2007年の韓国大統領選では保守系候補の李明博氏(中央)が革新系候補に大勝した
■若者の支持がカギに
13年前の大敗は、盧政権で是正が期待された様々な格差が任期中にかえって悪化したと国民に受けとめられたからだ。
経済にとりわけ敏感なのは、超競争社会や高止まりする「若年失業率」にあえぐ若者だ。次期大統領選でもカギを握る。
17日発表された韓国ギャラップの世論調査で、文大統領の支持率は59%に上昇した。
支持する回答の大半は、新型コロナウイルス感染のまん延を食い止めた取り組み評価しているのに対し、支持しない最大の理由が経済や生活問題なのは何ら変わっていない。
過半数割れの少数与党だった共に民主党は一気に6割もの議席を占める巨大与党に変身した。
その分、総選挙では脇役だった経済や外交に注がれる国民の目は厳しくなる。
したり顔で振る舞うとしっぺ返しを食らうのが韓国政治の歴史だ。
「偉大な国民の選択に対し、喜びの前に重大な責任を全身に感じている」と語った文大統領。過去から何を学ぶだろうか。
峯岸博(みねぎし・ひろし)
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004~07年ソウル駐在。15~18年3月までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」、「日韓の断層」(19年5月)。
編集委員 峯岸博
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韓国総選挙では「コロナ」が文政権が抱える経済や外交課題を吹き飛ばした。マスク姿で事前投票する文在寅大統領(左)(ソウル)=AP
「180議席対103議席」
「民主化以降、与党の最大議席占有率」
「16年ぶりの単独過半数獲得」――。
15日投開票した韓国総選挙(定数300)は革新系与党が歴史的な勝利を収めた。
半面、選挙結果をつぶさに分析すると、美酒に酔いしれてはいられない別の景色が見えてくる。
革新系与党「共に民主党」はライバルの保守系野党、未来統合党を本当に完膚なきまでにたたきのめしたのか。
それを指摘した韓国メディアが、文在寅(ムン・ジェイン)政権の立場に近い革新系のハンギョレだ。
総人口の半数が住む大票田のソウル、京畿道、仁川の首都圏の得票率に焦点を当てている。
総選挙で、共に民主党は首都圏121議席の85.1%を占める103議席を得て、未来統合党の同13.2%、16議席を大きく上回った。
一方で両党のそれぞれの候補が得た票を単純に合算すると、前者は771万2531票、後者は592万4987票となる。
当選しなかった小政党の得票数を除いて両党が一騎打ちしたと仮定した場合の得票率は、共に民主党が56.6%、未来統合党が43.4%。その差は13.2ポイントで、思いのほか開いていない。
15日投開票の韓国総選挙で保守系野党は議席を減らした(前列中央は落選した未来統合党の黄教安代表)=ソウル(共同)
■得票率なら保革対決は130対114?
得票率の「56対43」が議席占有率では「85対13」に化ける。
これこそ、1票でも上回った候補が"総取り"する小選挙区制の特徴で、今回の「与党圧勝」のからくりである。
特に首都圏では僅差による革新系候補の当選が目立ち、落選した保守系候補に投じられて議席に反映されなかった「死票」が多く出たという。
その結果、得票率と議席占有率の格差も広がった。
「目に見えない保守票」を裏付けるように、比例代表の得票率をみても、共に民主党系の38.7%に対し、未来統合党系は33.3%と小選挙区の議席数ほどの違いはない。
ハンギョレによると、政党得票率を議席数に一致させるドイツ式の比例代表制を適用すると、両党の全体の議席数は130対114まで縮まるという。
日本でも安倍晋三政権を誕生させた2012年衆院選が似たケースだ。
当時野党だった自民党は小選挙区の得票率が43%だったにもかかわらず、実際は全300小選挙区の8割近い237議席を獲得した。
韓国総選挙で大敗した保守勢力の間にも「保守層にまとまりがでてきた。
投票率が28年ぶりの高水準だったのは、高齢者が現政権に危機感を覚えて投票所に足を運んだのも一因」(保守系の政治学者)との指摘がある。
■低姿勢の背後に13年前の悪夢
保革両陣営にとって天王山は言うまでもなく22年の次期大統領選だ。
もっとも、16年の総選挙以降、17年大統領選、18年地方選に続き4連敗を喫した保守勢力が巻き返すのは容易ではない。
近年の韓国は大統領2人で10年ごとに保革の政権が入れ替わっており、この周期からも「ポスト文はまた革新」との見方は根強い。
苦杯を喫した保守政党には解党的な出直しが不可欠だ。
まずは「守旧」のイメージを覆すフレッシュな党首の抜てきが試金石となろう。
かたや与党指導部にも悪夢がよぎる。
盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下の04年当時、革新系与党「開かれたウリ党」は総選挙で大勝しながらも、07年大統領選では保守系野党候補の李明博(イ・ミョンバク)氏に惨敗した記憶だ。
今回の総選挙直後に「常に謙虚な姿勢で国民の意見に耳に傾ける」と低姿勢をアピールした共に民主党代表の李海チャン(イ・ヘチャン)氏は盧政権の首相を務めた人物だ。
2007年の韓国大統領選では保守系候補の李明博氏(中央)が革新系候補に大勝した
■若者の支持がカギに
13年前の大敗は、盧政権で是正が期待された様々な格差が任期中にかえって悪化したと国民に受けとめられたからだ。
経済にとりわけ敏感なのは、超競争社会や高止まりする「若年失業率」にあえぐ若者だ。次期大統領選でもカギを握る。
17日発表された韓国ギャラップの世論調査で、文大統領の支持率は59%に上昇した。
支持する回答の大半は、新型コロナウイルス感染のまん延を食い止めた取り組み評価しているのに対し、支持しない最大の理由が経済や生活問題なのは何ら変わっていない。
過半数割れの少数与党だった共に民主党は一気に6割もの議席を占める巨大与党に変身した。
その分、総選挙では脇役だった経済や外交に注がれる国民の目は厳しくなる。
したり顔で振る舞うとしっぺ返しを食らうのが韓国政治の歴史だ。
「偉大な国民の選択に対し、喜びの前に重大な責任を全身に感じている」と語った文大統領。過去から何を学ぶだろうか。
峯岸博(みねぎし・ひろし)
1992年日本経済新聞社入社。政治部を中心に首相官邸、自民党、外務省、旧大蔵省などを取材。2004~07年ソウル駐在。15~18年3月までソウル支局長。2回の日朝首脳会談を平壌で取材した。現在、編集委員兼論説委員。著書に「韓国の憂鬱」、「日韓の断層」(19年5月)。