韓国総選挙、コロナ対応が評価され文政権勝利も経済には難問山積
西濵 徹:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト
政策・マーケット 西濵徹の新興国スコープ
2020.4.28 3:40
韓国の総選挙は文在寅政権与党の大勝という結果に終わった。新型コロナウイルスへの対応が評価されたためだ。
これまで国会においては少数与党であったが、今後は政権の政策を実行に移しやすくなる。とはいえ、コロナ抑制や世界経済減速により同国経済は大きく減速している。
回復への道筋は見えていない。(第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 主席エコノミスト 西濱 徹)
戒厳措置でコロナ感染爆発危機
乗り越え収束の兆し見える
昨年末に中国で発見された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を巡っては、中国国内で感染拡大の動きが広がりを見せた後、中国との経済的な関係が深い韓国でも感染が急拡大し、2月末には新規の感染者数が1000人を上回る水準となるなど感染爆発が懸念される事態となった。
こうした背景には、感染判明当初の文在寅(ムン・ジェイン)政権が比較的楽観的な姿勢を見せていたことがあると考えられる。
しかし、その後は2015年の同国におけるMERS(中東呼吸器症候群)の感染拡大を受けて、朴槿恵(パク・クネ)前政権が強い批判にさらされたことを教訓に、一転して事実上の戒厳措置など感染封じ込めに向けて対応強化に動いた。
結果として、足元では事態収束の兆しが見えつつあるなど、新型コロナウイルス対応を巡る「優等生」とも称されている。
新型肺炎は「パンデミック(世界的大流行)」状態に発展しており、足元では感染の中心地は欧米など先進国にシフトしている上、新興国にも広がりを見せている。
世界的にヒトの移動を制限する措置が広がり、それに伴いモノの移動も滞るなど世界経済の減速が避けられなくなっている。
景気減速で通貨・株・債券の
トリプル安に見舞われた
アジア新興国のなかで相対的に経済の輸出依存度が高い韓国では、感染封じ込めに伴う内需への下押し圧力に加え、世界経済の減速による外需鈍化が懸念されるなか、文政権は2月末以降断続的に景気刺激策を発表しており、一連の対策は2015年のMERS感染拡大の頃を上回る規模となっている。
さらに、国際金融市場の動揺に際しては、ウォン相場が一時世界金融危機直後以来の安値となり、株式や債券のすべてに売り圧力が掛かる「トリプル安」に直面した。
なお、こうした金融市場の混乱を受けて中銀は緊急利下げに踏み切ったほか、資金供給オペを無制限で実施するなど事実上の量的緩和策にかじを切った。
支持率上昇、少数与党を脱し
レームダック化を回避
その後は、FRB(米連邦準備制度理事会)を中心とする世界的な金融緩和を受けて国際金融市場の動揺の度合いが和らぐなか、韓国国内での新型肺炎を巡る状況に改善の兆しが出ていることを受けて、ウォン相場や主要株式指数は底打ちしている。
また、ウォン相場の安定には米FRBとの間で締結された為替スワップ協定も少なからず影響したとみられる。
このように当局が矢継ぎ早に対策を強化させてきた背景には、新型肺炎の流行を受けて世界的には選挙など政治日程を先送りする動きが見られるにもかかわらず、文政権は新型肺炎対策での一定の効果を受けて政権支持率が底入れしたことで総選挙を決行したことが考えられる。
また、改選前は文政権を支える与党・共に民主党は国会内で少数与党であるなど、政策遂行面で国会対策が障壁となる場面が少なくなかった。
選挙を経て与党が多数派を形成することに成功すれば、政治的な局面打開に加え大統領任期が残り2年余りとなるなかで早期の政権の「死に体(レームダック)」化を防ぐことができるとの思惑も影響したと考えられる。
15日に実施された総選挙(国会議員選挙:総議席数300)は、昨年末に改正された公職選挙法に基づいて選挙権の付与年齢が満18歳に引き下げられたほか(改正前は満19歳)、比例代表選出議員の半分以上について配分方法が変更される新制度が適用されており、その行方に注目が集まった。
文政権および最大与党・共に民主党にとっては政権任期が残り2年余りとなるなかで「中間評価」的な意味合いがある上、党の選挙対策委員長で2年後の大統領選への出馬が期待される李洛淵(イ・ナギョン)前首相にとっては大統領選の『前哨戦』的な意味合いもあった(李海チャン〈イ・ヘチャン、チャンはたまへんに贊〉代表は政界引退)。
最大野党・未来統合党にとっては朴槿恵前政権の崩壊以降、同国政界で右派の退潮が著しいなかで次期大統領選に向けて反転攻勢を強められるかを占う鍵を握るほか、黄教安(ファン・ギョアン)代表(元首相)にとっても次期大統領選に向けた「前哨戦」であった。
6割の議席を確保し与野党
対立法案も提出可能に
黄教安元首相と李洛淵前首相はともに首都ソウル中心部の鍾路(チョンノ)選挙区から出馬した。
同選挙区は過去に廬武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領や李明博(イ・ミョンバク)元大統領が出馬・当選し、その後に大統領に上り詰めた経緯があるなど「韓国政治の一丁目一番地」との異名を持ち、どちらが勝利するかが今後の政治の行方を大きく左右するとみられた。
なお、投票率は66.2%と4年前の前回(58.0%)から大幅に上昇して1992年の総選挙(71.9%)以来の高水準となった。
新型肺炎の感染拡大という「非常事態」のなかで従来の左派および右派に加え、中間派の間でも関心が高まったと捉えられる。
選挙結果は、上述のように文政権による新型肺炎対策が一定の効果を上げていることに加え、非常事態のなかで政権の安定が重視されたことも重なり、現地報道などによると与党・共に民主党とその友党である比例政党が議席数を大幅に拡大させるなど文字通りの「大勝利」を収めた。
また、次期大統領選への足掛かりが期待された李洛淵氏は小選挙区で黄教安氏に対し得票率で20%近い大差を付けて圧勝するなど、選挙戦の勝利と合わせて党内での存在感を高めたといえる。
他方、最大野党の未来統合党は代表の黄氏が小選挙区で大敗北を喫したほか、友党である比例政党を併せても改選前の議席数を大きく下回るなど退潮を止めることができなかった。
選挙結果を受けて黄教安氏は代表辞任を発表するなど、2年後に迫る次期大統領選に向けて立て直しが急務になる。
さらに、与党の獲得議席数は総議席数の6割である180に達した。与野党が対立する法案については6割の賛成がなければ上程できないルールがあるが、これで与党単独での上程及び採決が可能になり、文政権にとって残り2年余りの政権運営はこれまでに比べて容易になる。
雇用も消費も企業心理も悪化
経済立て直しが急務
当面は新型肺炎の流行による同国経済への悪影響が必至であり、1-3月の実質GDP成長率(速報値)は前期比年率▲5.5%と世界金融危機直後以来のマイナス幅となるなど、経済の立て直しが急務である。
これまでは経済政策面での失敗の繰り返しにより政権支持率の低下を招いてきたが、こうした状況を反転できるかが課題になろう。
さらに、2017年の大統領選において文政権が誕生した背景には、朴前政権下での政官財の癒着構造に加え、その背後では若年層を中心に雇用環境が急速に悪化したことを受けて、若年層を中心とする変化を求める動きがあった。
しかし、文政権の下では経済政策の失敗を理由に雇用環境は悪化傾向を強めるなか、足元では新型肺炎の世界的大流行を受けて一段と悪化するなど厳しい状況にある。
こうした事態を反映して、家計部門のマインドは急速に悪化しているほか、企業部門のマインドも同様に悪化し世界金融危機直後以来の低水準となった。加えて、さらなる雇用環境の悪化が家計部門のマインド悪化を招く可能性も懸念される。
知日派がほぼ壊滅し
日韓関係の改善は望み薄
一方、文政権の下での経済政策は「所得主導成長論」が元になるなど、同国経済の柱となってきた財閥制度と相反する内容であることから、企業部門にとっては財閥改革といった新たな課題に直面する可能性も予想される。
結果的に経済面での立ち直りが進むかは未知数のところが大きい。
なお、その後は文政権が「目玉政策」に掲げるも、国会対策の関連で前進させることができなかった検察改革、南北問題などに突き進む可能性は高いと見込まれる。
加えて、そうした取り組みを政権のレームダック化阻止に向けた材料に使うものと予想される。
文政権の下では「アイデンティティー政治」とも呼べる動きが強まるなど日本との関係が急速に悪化した。
さらに、今回の総選挙を経て与党内の「知日派」は李洛淵氏を除けばほぼ壊滅状態となったため、両国間のパイプはこれまで以上に細ることは避けられない。
与党内では対日「強硬論」も幅を利かせており、昨年来の両国間の対立を一段と増幅させる一因となってきたことを勘案すれば、両国間の距離は依然遠いままの展開が続くであろう。
西濵 徹:第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト
政策・マーケット 西濵徹の新興国スコープ
2020.4.28 3:40
韓国の総選挙は文在寅政権与党の大勝という結果に終わった。新型コロナウイルスへの対応が評価されたためだ。
これまで国会においては少数与党であったが、今後は政権の政策を実行に移しやすくなる。とはいえ、コロナ抑制や世界経済減速により同国経済は大きく減速している。
回復への道筋は見えていない。(第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 主席エコノミスト 西濱 徹)
戒厳措置でコロナ感染爆発危機
乗り越え収束の兆し見える
昨年末に中国で発見された新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を巡っては、中国国内で感染拡大の動きが広がりを見せた後、中国との経済的な関係が深い韓国でも感染が急拡大し、2月末には新規の感染者数が1000人を上回る水準となるなど感染爆発が懸念される事態となった。
こうした背景には、感染判明当初の文在寅(ムン・ジェイン)政権が比較的楽観的な姿勢を見せていたことがあると考えられる。
しかし、その後は2015年の同国におけるMERS(中東呼吸器症候群)の感染拡大を受けて、朴槿恵(パク・クネ)前政権が強い批判にさらされたことを教訓に、一転して事実上の戒厳措置など感染封じ込めに向けて対応強化に動いた。
結果として、足元では事態収束の兆しが見えつつあるなど、新型コロナウイルス対応を巡る「優等生」とも称されている。
新型肺炎は「パンデミック(世界的大流行)」状態に発展しており、足元では感染の中心地は欧米など先進国にシフトしている上、新興国にも広がりを見せている。
世界的にヒトの移動を制限する措置が広がり、それに伴いモノの移動も滞るなど世界経済の減速が避けられなくなっている。
景気減速で通貨・株・債券の
トリプル安に見舞われた
アジア新興国のなかで相対的に経済の輸出依存度が高い韓国では、感染封じ込めに伴う内需への下押し圧力に加え、世界経済の減速による外需鈍化が懸念されるなか、文政権は2月末以降断続的に景気刺激策を発表しており、一連の対策は2015年のMERS感染拡大の頃を上回る規模となっている。
さらに、国際金融市場の動揺に際しては、ウォン相場が一時世界金融危機直後以来の安値となり、株式や債券のすべてに売り圧力が掛かる「トリプル安」に直面した。
なお、こうした金融市場の混乱を受けて中銀は緊急利下げに踏み切ったほか、資金供給オペを無制限で実施するなど事実上の量的緩和策にかじを切った。
支持率上昇、少数与党を脱し
レームダック化を回避
その後は、FRB(米連邦準備制度理事会)を中心とする世界的な金融緩和を受けて国際金融市場の動揺の度合いが和らぐなか、韓国国内での新型肺炎を巡る状況に改善の兆しが出ていることを受けて、ウォン相場や主要株式指数は底打ちしている。
また、ウォン相場の安定には米FRBとの間で締結された為替スワップ協定も少なからず影響したとみられる。
このように当局が矢継ぎ早に対策を強化させてきた背景には、新型肺炎の流行を受けて世界的には選挙など政治日程を先送りする動きが見られるにもかかわらず、文政権は新型肺炎対策での一定の効果を受けて政権支持率が底入れしたことで総選挙を決行したことが考えられる。
また、改選前は文政権を支える与党・共に民主党は国会内で少数与党であるなど、政策遂行面で国会対策が障壁となる場面が少なくなかった。
選挙を経て与党が多数派を形成することに成功すれば、政治的な局面打開に加え大統領任期が残り2年余りとなるなかで早期の政権の「死に体(レームダック)」化を防ぐことができるとの思惑も影響したと考えられる。
15日に実施された総選挙(国会議員選挙:総議席数300)は、昨年末に改正された公職選挙法に基づいて選挙権の付与年齢が満18歳に引き下げられたほか(改正前は満19歳)、比例代表選出議員の半分以上について配分方法が変更される新制度が適用されており、その行方に注目が集まった。
文政権および最大与党・共に民主党にとっては政権任期が残り2年余りとなるなかで「中間評価」的な意味合いがある上、党の選挙対策委員長で2年後の大統領選への出馬が期待される李洛淵(イ・ナギョン)前首相にとっては大統領選の『前哨戦』的な意味合いもあった(李海チャン〈イ・ヘチャン、チャンはたまへんに贊〉代表は政界引退)。
最大野党・未来統合党にとっては朴槿恵前政権の崩壊以降、同国政界で右派の退潮が著しいなかで次期大統領選に向けて反転攻勢を強められるかを占う鍵を握るほか、黄教安(ファン・ギョアン)代表(元首相)にとっても次期大統領選に向けた「前哨戦」であった。
6割の議席を確保し与野党
対立法案も提出可能に
黄教安元首相と李洛淵前首相はともに首都ソウル中心部の鍾路(チョンノ)選挙区から出馬した。
同選挙区は過去に廬武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領や李明博(イ・ミョンバク)元大統領が出馬・当選し、その後に大統領に上り詰めた経緯があるなど「韓国政治の一丁目一番地」との異名を持ち、どちらが勝利するかが今後の政治の行方を大きく左右するとみられた。
なお、投票率は66.2%と4年前の前回(58.0%)から大幅に上昇して1992年の総選挙(71.9%)以来の高水準となった。
新型肺炎の感染拡大という「非常事態」のなかで従来の左派および右派に加え、中間派の間でも関心が高まったと捉えられる。
選挙結果は、上述のように文政権による新型肺炎対策が一定の効果を上げていることに加え、非常事態のなかで政権の安定が重視されたことも重なり、現地報道などによると与党・共に民主党とその友党である比例政党が議席数を大幅に拡大させるなど文字通りの「大勝利」を収めた。
また、次期大統領選への足掛かりが期待された李洛淵氏は小選挙区で黄教安氏に対し得票率で20%近い大差を付けて圧勝するなど、選挙戦の勝利と合わせて党内での存在感を高めたといえる。
他方、最大野党の未来統合党は代表の黄氏が小選挙区で大敗北を喫したほか、友党である比例政党を併せても改選前の議席数を大きく下回るなど退潮を止めることができなかった。
選挙結果を受けて黄教安氏は代表辞任を発表するなど、2年後に迫る次期大統領選に向けて立て直しが急務になる。
さらに、与党の獲得議席数は総議席数の6割である180に達した。与野党が対立する法案については6割の賛成がなければ上程できないルールがあるが、これで与党単独での上程及び採決が可能になり、文政権にとって残り2年余りの政権運営はこれまでに比べて容易になる。
雇用も消費も企業心理も悪化
経済立て直しが急務
当面は新型肺炎の流行による同国経済への悪影響が必至であり、1-3月の実質GDP成長率(速報値)は前期比年率▲5.5%と世界金融危機直後以来のマイナス幅となるなど、経済の立て直しが急務である。
これまでは経済政策面での失敗の繰り返しにより政権支持率の低下を招いてきたが、こうした状況を反転できるかが課題になろう。
さらに、2017年の大統領選において文政権が誕生した背景には、朴前政権下での政官財の癒着構造に加え、その背後では若年層を中心に雇用環境が急速に悪化したことを受けて、若年層を中心とする変化を求める動きがあった。
しかし、文政権の下では経済政策の失敗を理由に雇用環境は悪化傾向を強めるなか、足元では新型肺炎の世界的大流行を受けて一段と悪化するなど厳しい状況にある。
こうした事態を反映して、家計部門のマインドは急速に悪化しているほか、企業部門のマインドも同様に悪化し世界金融危機直後以来の低水準となった。加えて、さらなる雇用環境の悪化が家計部門のマインド悪化を招く可能性も懸念される。
知日派がほぼ壊滅し
日韓関係の改善は望み薄
一方、文政権の下での経済政策は「所得主導成長論」が元になるなど、同国経済の柱となってきた財閥制度と相反する内容であることから、企業部門にとっては財閥改革といった新たな課題に直面する可能性も予想される。
結果的に経済面での立ち直りが進むかは未知数のところが大きい。
なお、その後は文政権が「目玉政策」に掲げるも、国会対策の関連で前進させることができなかった検察改革、南北問題などに突き進む可能性は高いと見込まれる。
加えて、そうした取り組みを政権のレームダック化阻止に向けた材料に使うものと予想される。
文政権の下では「アイデンティティー政治」とも呼べる動きが強まるなど日本との関係が急速に悪化した。
さらに、今回の総選挙を経て与党内の「知日派」は李洛淵氏を除けばほぼ壊滅状態となったため、両国間のパイプはこれまで以上に細ることは避けられない。
与党内では対日「強硬論」も幅を利かせており、昨年来の両国間の対立を一段と増幅させる一因となってきたことを勘案すれば、両国間の距離は依然遠いままの展開が続くであろう。