(公的年金):期待される私的年金制度の充実 ~年金所得代替率の国際比較から~ NISA の募集が熱を帯びる中、2013 年 11 月から金融資本市場活性化有識者会議がスタート した。
テーマの中には新たな私的年金制度の創設が挙げられている。
改めて私的年金制度の重 要性を、所得代替率の国際比較から検討してみたい。
年金最大の役割は、老後の生活資金の確保である。
その役割をどの程度果たしているかを測る 方法の一つに所得代替率がある。
所得代替率を簡単に表現すれば、賃金水準に対する年金水準 の比率、ということになる。
例えば日本では、標準世帯(夫は 40 年間就業、妻は専業主婦)の 所得代替率は 2009 年度で 62.3%となっている。
この場合の分子は「年金月額(額面ベース)」、 分母は「手取り賃金(ボーナス込み年収の月額換算値)」である。
分子が額面ベースであるのに 対し、分母が手取りベースである点に違和感を覚えなくもないが、同じルールが継続的に使用 されるのであれば、致命的な問題ということではない。
しかし、この所得代替率を国際比較しようとした途端に事情は複雑になる。
公的年金の国際比 較を複雑にする背景には、いくつかの要素がある。
一つは賃金水準の定義だ。税及び社会保険 料を含むか否かの違いによって、総所得代替率(Gross Pension Replacement Rates)と純所得 代替率(Net Pension Replacement Rates)とに分かれる。
税と社会保険料負担の大きな欧州諸 国では、この二つの所得代替率には大きな開きがある。
次に挙げることができるのは、年金そ のものの定義だ。
国によっては職域年金等が強制加入となっている例もあり、こうした国々で は強制加入の制度を含めて、あるべき年金水準についての議論が行われている。
そして最後に 挙げることができるのは、年金受給者の定義だ。
年金受給者の実態は多様であり、定義が不統 一なままでは比較の対象として扱うことができない。
そのためモデルケースを作った上で比較 をする必要がある。
このモデルケースの中には、職業の類型・就労期間・引退年齢・婚姻状態 (単身ベースか世帯ベースか)等の要素が含まれる。
こうした要素の不整合を乗り越えて国際比較を行 うことは、決して簡単な作業ではない。
しかし、そ のような難しさを超えて国際比較を進めてきた研 究もいくつか存在する。
その代表的なものが EC の 社会保障委員会(Social Protection Committee)に よる調査だろう。
この調査では、2006 年及び 2046 年に退職する男性(単身)をモデルケースとして比 較を行っている。
公表されてから時間が経ち、この 間に社会情勢も大きく変化していることから数値 の精度は低下しているものの、欧州における所得代 替率のトレンドを見ることができる。
図表 1 はその 中から主な欧州各国の数値を抜粋したものである。
ここから窺えるのは、
(1)多くの国で公的 年金による所得代替率は低下する、
(2)一部の国ではそれを補う形で職域年金での所得代替が 進む、といった点である。
(%) 2006 2046 2006 2046
スペイン 90.5 82.0 イタリア 80.2 63.0
フランス 66.2 50.2
スウェーデン 50.0 39.5 14.5 39.5
ドイツ 43.0 34.0 11.4*
イギリス 35.9 33.1 25.1 25.1*
オランダ 29.6 31.2 41.2 50.9
(* 文末注釈 注1参照) (出所) EC Social Protection Committee 2009 公的年⾦ 強制的職域年⾦ 国 名 図表1 欧州各国の所得代替率 (総所得代替率ベース)ニッセイ基礎研究所 年金ストラテジー (Vol.211)
January 2014 5 一方、米国や日本を含めた国際比較については、 先日最新版が発表された OECD の調査がある(図表 2)。
この調査では、2012 年に働き始めた 20 歳の 「平均的労働者(男性)」をモデルケースとし、数 多くの前提値を置いている点に注意が必要である。
そのため数字の大小だけで制度の是非を判断する ことは難しい。
あくまでそれぞれの国の制度の特 色を把握するための視点を提供していると考える べきであろう。
ただ、公的年金や強制的な職域年 金のみならず、税制等の優遇措置により普及度の 高い自主的な年金についてもデータをカバーして いる点で参考になる点は少なくない。
この OECD の調査から窺えるのは、米国とカナダの拠出型の私的年金がもたらす所得代替率の 高さである。
例えば米国の場合、政府が運営する社会保障(Social Security)を一階部分とし て、その上に自主的な職域年金としての 401k 等の DC(確定拠出年金)や、個人単位で加入する IRA(個人退職勘定)等が加わっている。
DC は既に日本でもなじみの制度だが、米国では従業員 が拠出する分と、雇用主が追加して拠出(Matching)する分が、退職時まで運用益ともども非課 税で積み立てられる仕組みになっている。また、IRA は個人が銀行等で開設し、その勘定への 拠出金及び運用益が非課税となる。2012 年末の残高を見ると、DC が 5 兆 570 億ドル(約 510 兆円)、IRA が 5 兆 4,070 億ドル(約 560 兆円)で、両者を合わせるとおよそ 1,070 兆円と極め て大きな額となっている(注 2)。
これらが米国の所得代替率の合計を 76.2%まで高めている大 きな理由である。またカナダにおいても、RRSP 等の個人退職勘定制度が充実している。
こうした米国やカナダと比べると日本の状況はどうであろうか。
OECD の調査では、公的年金 の所得代替率は 30%台で米国やカナダと似たような水準にあるが、私的年金も含めた所得代替 率は両国に大きく遅れを取っている。
日本の確定拠出年金制度は 2001 年の制度導入以来 12 年経過しているが、その残高は 7 兆円弱と米国と比べてわずかな額に留まっている(注 3)。
ま た普及率が低いこともあり、OECD の所得代替率の計算対象とは見られていないようだ。
2013 年 11 月より金融資本市場活性化有識者会議がスタートし、新たな私的年金制度の創設等 が検討される予定との報道があった。
単なる株式市場活性化のための手段としてではなく、国 民が広く参加できる骨太な私的年金制度の実現に向けて、議論が進むことを期待したい
(注 4)。 (前田 俊之)