韓国の若者がこぞって「公務員」を目指す事情 「希望」を失いつつある若者世代の閉塞感
東洋経済オンライン
午前中の授業が終わると、塾の建物から生徒がどっとあふれ出てきた。韓国で通称「公試族」と呼ばれる、公務員試験を目指す受験生(公務員試験準備生)たちだ。
「族」という言葉が表すように公務員人気は絶大だ。
2016年の韓国の就業準備生(65万8000人)のうち一般職公務員を目指す受験生は、全体の39.3%(25万6200人)にも上る(韓国・統計庁のデータ)。
一般職公務員の志望者は増加の勢いもすさまじく、2011年の18万0500人と比べると5年間で38.9%も増えている。
韓国の公務員は、9級、7級(一般公務員など)、5級(事務官級など)に分かれていて、9級公務員の志願者は約22万人と圧倒的な人気で、競争率が数百倍になる職種もある。
2年前には、韓国トップの難関大学であるソウル大学出身者が自身のSNSに「9級に合格した」と書き込むと、「9級にトップ大学出身者が参入してきた」と騒然となった。
これほど公務員に人気が集まる背景には、若者の深刻な就職難がある。
韓国新政権は、深刻な就職難を変えられるか
文在寅大統領も力を入れるのがこの若年層における就職難の解決で、5月10日に就任して早々、矢継ぎ早に政策を繰り出している。
就任初日に真っ先に指示したのも「働き口委員会」の設置で、これは公約の第1号である公共部門での「81万個の働き口創出」に基づくもの。
その後の5月末にも、警察官や消防員などの分野での公務員採用枠を今年の下半期(7月)から合わせて1万2000人増やすと発表した。
続いて6月末には、公務員試験では2005年から導入されている採用試験での「ブラインド採用」(面接試験で年齢、出身、学歴などを記載しない)について、
電力公社や鉄道公社などの公共企業でも下半期から始めることを決定し、さらには、公共企業で働く非正規職員をすべて正職員にする「非正規ゼロ」を宣言。
公共企業を突破口にして、雇用状態の改善を一般企業にも広げていく狙いがあるとみられている。
韓国の15歳から24歳の失業率は10.7%と日本の5.2%の約2倍(OECD2016年)に上り、勤労者全体に占める非正規職員の割合は3人に1人といわれる。「
肌で感じる"体感失業率"はもっと高いし、非正規職問題も年を追うごとに深刻化しています」と韓国の全国紙記者はいう。
「就職難が叫ばれてずいぶん経ちますが、大手企業は相変わらず狭き門。
どんなにスペック(資格など)を積み上げても思うような企業には就職できず、やむなく非正規職で働いても正社員になれる見込みはなく、未来がない。
文大統領が若年層から圧倒的な人気を得たのは、就職難を悪化させた前政権の悪弊を清算するという『積弊清算』のスローガンと働き口改善の公約を前面に押し出していたから。
今はそれを政策に落とし込んでいる段階です。効果が出るのは少し先でしょうが、今のところ政策については若年層を中心に歓迎するムードが漂っています」
こうした状況の中、数年前から人気が上昇したのが公務員だった。
塾の関係者は公務員人気の背景についてこう話す。
「長引く不況による就職難で、民間企業への入社をあきらめて公務員試験に挑戦する人が増えているだけでなく、若者たちの働くことへの意識も変化しています。
残業などでストレスの多い民間企業を最初から避ける傾向が顕著になってきています」。
公務員の魅力はどこにあるのか
また、「公務員は年金はもちろん、大企業並みのさまざまな福利厚生も得られます。
しかも一般企業の場合、50歳前に役員に昇進できなければほとんどが会社を退社せざるをえませんが、公務員なら60歳の定年を迎えるまで雇用が保障されるというその安定性に魅力を感じているようです」。
2013年(李明博元大統領時代)には、高校卒業者に有利なように、
試験科目に大学での専攻科目の行政学や行政法のほか、高校教育で学ぶ社会、化学、数学が加わり、このため、高校卒業者の志望生がぐんと増えたという。
さらに、2012年には公務員試験を受ける年齢制限が廃止されたことから、最近では30~50代の「公試族」も出現している。
実際に今年、58歳の合格者が出たことで、話題も呼んだ。
しかし、「公試族」は増加しても、公務員の採用枠はそのまま。
そのため競争倍率は高まる一方で、公務員試験準備生の中で合格する割合は、わずかに2%ほどだ。
文大統領が警察などの分野で公務員採用枠を広げると発表した背景には、こんな過酷ともいえる公務員試験の現実がある。
「公試族」を象徴する街が「鷺梁津(ノリャンジン)」だ。ソウル市内中心部から電車で20分ほど。
ここの水産市場はソウル随一といわれ、かつては大学入試のための塾が集まる街としても知られた。
それが激変したのは2000年代半ばからで、大学入試に代わって公務員試験のための塾が次々と開校した。
この一帯には、「公試族」が住む考試院とよばれる自炊ができるアパートのほか、若者好みの飲食店やカラオケ店、ビリヤード店なども軒を連ねている。
ちなみに、考試院の「考試」は司法試験などの国家公務員上級試験のことだ。
公務員試験を受ける人たちに話を聞こうと、塾から出てくる生徒に声をかけたが、皆忙しそうに首を振って、けれど丁寧に一礼して足早に立ち去って行く。
「ほんの少しなら」とようやく話をしてくれたのは、この街に来て1年という男子学生の李さん、28歳だった。
考試院でアルバイトをしながら勉強しているという。警察官志望だという李さんは韓国第4の都市、大邱(テグ)の出身だ。
「本当は弁護士になりたかったんですが、3年がんばったけれどだめでした……。
一般企業に入社するには年齢が不利ですから、それなら警察の知能犯罪科で働ければと思い、勉強しているところです。
親にはもう迷惑もかけられないので、考試院の費用だけでも負担しようと思い、アルバイトしながら勉強しています」
公務員試験の受験生が住む「考試院」
考試院は自炊できるアパートで、トイレ・シャワー、台所は共同。ひと月の家賃は20万~40万ウォン(2万~4万円)ほどだ。
考試院でのアルバイトは、電話の応対や新しい入居者との手続きなど。地方出身者がまず住居を探すのが、塾が立ち並ぶノリャンジンだという。
ただ、最近ではほかの街で住居を探す人も多いようだ。
ノリャンジンで塾近くに店を構える飲食店経営者は「ここは誘惑も多いから、意志が弱いと流されてしまう。
何人かで固まって遊んでいる子も多いですよ。だから、わざわざ別の場所に住居を探すのでしょう」と話していた。
ノリャンジンを歩き回ってみて、1人で黙々と行動する人が多い印象があった。
なるほどそんな事情もあったのかと思っていると、李さんは、「準備生は、同じ境遇ですが、みなライバルで一分一秒が惜しいのです。
だから過度に敏感になっていて、スタディルーム(自習室)で少しでも音を出すとクレームが来ます」と教えてくれた。
韓国のことわざで言うところの「天の星をとる」ような難関を突破した合格者にも話を聞いた。
2年前に公務員試験に合格した30歳の女性、呉さんは、ソウル市内の大学を出た後、6年間、公務員試験の受験生活を送った。それでも、呉さんが公務員にこだわったのはこんな理由からだ。
「女性にとって、定年が保障されるだけでなく、育児休暇もとれるなど福利厚生も厚い職業のひとつが公務員でした。
中小企業に就職した友人もいますが、残業やきつい仕事に追われているのにお給料は低いし、育児休暇もなかなかとれないとぼやいています。
公務員ならばそういう悩みはありません。それに公益のために働けることにも魅力を感じました。
最初の1~2年目くらいまでは民間企業に入る選択肢もまだ残されていましたが、それ以降は年齢がネックになりましたし、勉強していた時間を無駄にしたくなかった」
ソウル出身の呉さんだが、ノリャンジンにある塾には通わず、塾が運営しているインターネット講座を自宅で聞いて勉強した。
塾ではインターネット講義も運営していて、移動時間がもったいないという理由やリアル授業よりも価格が低廉なために、利用する生徒も増えている。
呉さんの6年という受験期間の中でいちばんつらかったのが「未来が不確実だという不安」だったという。
そんな呉さんは机に幼い頃の写真を置いて気持ちを奮い立たせたそうだ。
「何年も就職浪人してしまい両親に申し訳ない思いでした。私が幼い時に両親は私にどんな思いを託していたのだろう、きっと幸せであることを望んでいただろうと、幼い時の写真を見ながら自分に言い聞かせていました。
公務員試験の勉強に費やす時間を、絶対に無駄なものではなく、自分に投資した時間にするためには合格しなければいけないと思って勉強しました」。
念願かなって公務員になった彼女は、今の環境にとても満足しているという。
呉さんのように晴れて合格できた人もいるが、そうでない人のほうが圧倒的に多いのが現実だ。
前出の李さんが言う。「『公試族』は他につぶしがきかないですから、結局、時間を浪費して引きこもりや世捨て人のようになってしまう人もいます。
そんな不安も抱えながらみんな勉強しています」。
李さんには、5年間司法試験の受験生をして、結局あきらめた先輩がいたが、「最近どうしているかなあ、と連絡をとってみたら、なんと『アパート経営者になった』と言うんです。
僕のように考試院でアルバイトしていたら、そこの経営者に「君には資質がある」と言われたそうです。
それでその気になり、アルバイトで貯めたおカネに加えて、親からも借金して小さな考試院を建てて、その経営者に収まったそうです。
人生わからないなあ、と思いました。あっ、でも、僕はやはり公務員になりますよ(笑)」。
悩みが深まるばかりの韓国の若者世代
韓国では、2010年代初頭には、就職ができないため「恋愛」「結婚」「出産」ができない20~30代を「3放(放棄)世代」と言っていたが、やがて「就職」「家」もあきらめた「5放世代」となった。
それが最近ではついに、長い就職浪人で友人とも連絡を絶つなど「人間関係」をあきらめ、「希望」も捨てた「7放世代」とまで呼ばれるようになった。
若者の閉塞感が深刻であり、改善されるどころか悪化してさえいることが伝わってくる。
先の呉さんは言う。「文在寅大統領の政策が一般企業にも広がって、こんな言葉がなくなるといいのですが……」
ただ、民間企業も視野に入れた非正規職の縮小など、文大統領の政策に一般企業は困惑ぎみという報道も流れる。
将来に強い不安を抱く若年層からの期待を集める文大統領だが、実際に就職難などの問題は改善されるのか。
少なくとも、政策に関する評価は早ければ今年下半期にも表れる。
東洋経済オンライン
午前中の授業が終わると、塾の建物から生徒がどっとあふれ出てきた。韓国で通称「公試族」と呼ばれる、公務員試験を目指す受験生(公務員試験準備生)たちだ。
「族」という言葉が表すように公務員人気は絶大だ。
2016年の韓国の就業準備生(65万8000人)のうち一般職公務員を目指す受験生は、全体の39.3%(25万6200人)にも上る(韓国・統計庁のデータ)。
一般職公務員の志望者は増加の勢いもすさまじく、2011年の18万0500人と比べると5年間で38.9%も増えている。
韓国の公務員は、9級、7級(一般公務員など)、5級(事務官級など)に分かれていて、9級公務員の志願者は約22万人と圧倒的な人気で、競争率が数百倍になる職種もある。
2年前には、韓国トップの難関大学であるソウル大学出身者が自身のSNSに「9級に合格した」と書き込むと、「9級にトップ大学出身者が参入してきた」と騒然となった。
これほど公務員に人気が集まる背景には、若者の深刻な就職難がある。
韓国新政権は、深刻な就職難を変えられるか
文在寅大統領も力を入れるのがこの若年層における就職難の解決で、5月10日に就任して早々、矢継ぎ早に政策を繰り出している。
就任初日に真っ先に指示したのも「働き口委員会」の設置で、これは公約の第1号である公共部門での「81万個の働き口創出」に基づくもの。
その後の5月末にも、警察官や消防員などの分野での公務員採用枠を今年の下半期(7月)から合わせて1万2000人増やすと発表した。
続いて6月末には、公務員試験では2005年から導入されている採用試験での「ブラインド採用」(面接試験で年齢、出身、学歴などを記載しない)について、
電力公社や鉄道公社などの公共企業でも下半期から始めることを決定し、さらには、公共企業で働く非正規職員をすべて正職員にする「非正規ゼロ」を宣言。
公共企業を突破口にして、雇用状態の改善を一般企業にも広げていく狙いがあるとみられている。
韓国の15歳から24歳の失業率は10.7%と日本の5.2%の約2倍(OECD2016年)に上り、勤労者全体に占める非正規職員の割合は3人に1人といわれる。「
肌で感じる"体感失業率"はもっと高いし、非正規職問題も年を追うごとに深刻化しています」と韓国の全国紙記者はいう。
「就職難が叫ばれてずいぶん経ちますが、大手企業は相変わらず狭き門。
どんなにスペック(資格など)を積み上げても思うような企業には就職できず、やむなく非正規職で働いても正社員になれる見込みはなく、未来がない。
文大統領が若年層から圧倒的な人気を得たのは、就職難を悪化させた前政権の悪弊を清算するという『積弊清算』のスローガンと働き口改善の公約を前面に押し出していたから。
今はそれを政策に落とし込んでいる段階です。効果が出るのは少し先でしょうが、今のところ政策については若年層を中心に歓迎するムードが漂っています」
こうした状況の中、数年前から人気が上昇したのが公務員だった。
塾の関係者は公務員人気の背景についてこう話す。
「長引く不況による就職難で、民間企業への入社をあきらめて公務員試験に挑戦する人が増えているだけでなく、若者たちの働くことへの意識も変化しています。
残業などでストレスの多い民間企業を最初から避ける傾向が顕著になってきています」。
公務員の魅力はどこにあるのか
また、「公務員は年金はもちろん、大企業並みのさまざまな福利厚生も得られます。
しかも一般企業の場合、50歳前に役員に昇進できなければほとんどが会社を退社せざるをえませんが、公務員なら60歳の定年を迎えるまで雇用が保障されるというその安定性に魅力を感じているようです」。
2013年(李明博元大統領時代)には、高校卒業者に有利なように、
試験科目に大学での専攻科目の行政学や行政法のほか、高校教育で学ぶ社会、化学、数学が加わり、このため、高校卒業者の志望生がぐんと増えたという。
さらに、2012年には公務員試験を受ける年齢制限が廃止されたことから、最近では30~50代の「公試族」も出現している。
実際に今年、58歳の合格者が出たことで、話題も呼んだ。
しかし、「公試族」は増加しても、公務員の採用枠はそのまま。
そのため競争倍率は高まる一方で、公務員試験準備生の中で合格する割合は、わずかに2%ほどだ。
文大統領が警察などの分野で公務員採用枠を広げると発表した背景には、こんな過酷ともいえる公務員試験の現実がある。
「公試族」を象徴する街が「鷺梁津(ノリャンジン)」だ。ソウル市内中心部から電車で20分ほど。
ここの水産市場はソウル随一といわれ、かつては大学入試のための塾が集まる街としても知られた。
それが激変したのは2000年代半ばからで、大学入試に代わって公務員試験のための塾が次々と開校した。
この一帯には、「公試族」が住む考試院とよばれる自炊ができるアパートのほか、若者好みの飲食店やカラオケ店、ビリヤード店なども軒を連ねている。
ちなみに、考試院の「考試」は司法試験などの国家公務員上級試験のことだ。
公務員試験を受ける人たちに話を聞こうと、塾から出てくる生徒に声をかけたが、皆忙しそうに首を振って、けれど丁寧に一礼して足早に立ち去って行く。
「ほんの少しなら」とようやく話をしてくれたのは、この街に来て1年という男子学生の李さん、28歳だった。
考試院でアルバイトをしながら勉強しているという。警察官志望だという李さんは韓国第4の都市、大邱(テグ)の出身だ。
「本当は弁護士になりたかったんですが、3年がんばったけれどだめでした……。
一般企業に入社するには年齢が不利ですから、それなら警察の知能犯罪科で働ければと思い、勉強しているところです。
親にはもう迷惑もかけられないので、考試院の費用だけでも負担しようと思い、アルバイトしながら勉強しています」
公務員試験の受験生が住む「考試院」
考試院は自炊できるアパートで、トイレ・シャワー、台所は共同。ひと月の家賃は20万~40万ウォン(2万~4万円)ほどだ。
考試院でのアルバイトは、電話の応対や新しい入居者との手続きなど。地方出身者がまず住居を探すのが、塾が立ち並ぶノリャンジンだという。
ただ、最近ではほかの街で住居を探す人も多いようだ。
ノリャンジンで塾近くに店を構える飲食店経営者は「ここは誘惑も多いから、意志が弱いと流されてしまう。
何人かで固まって遊んでいる子も多いですよ。だから、わざわざ別の場所に住居を探すのでしょう」と話していた。
ノリャンジンを歩き回ってみて、1人で黙々と行動する人が多い印象があった。
なるほどそんな事情もあったのかと思っていると、李さんは、「準備生は、同じ境遇ですが、みなライバルで一分一秒が惜しいのです。
だから過度に敏感になっていて、スタディルーム(自習室)で少しでも音を出すとクレームが来ます」と教えてくれた。
韓国のことわざで言うところの「天の星をとる」ような難関を突破した合格者にも話を聞いた。
2年前に公務員試験に合格した30歳の女性、呉さんは、ソウル市内の大学を出た後、6年間、公務員試験の受験生活を送った。それでも、呉さんが公務員にこだわったのはこんな理由からだ。
「女性にとって、定年が保障されるだけでなく、育児休暇もとれるなど福利厚生も厚い職業のひとつが公務員でした。
中小企業に就職した友人もいますが、残業やきつい仕事に追われているのにお給料は低いし、育児休暇もなかなかとれないとぼやいています。
公務員ならばそういう悩みはありません。それに公益のために働けることにも魅力を感じました。
最初の1~2年目くらいまでは民間企業に入る選択肢もまだ残されていましたが、それ以降は年齢がネックになりましたし、勉強していた時間を無駄にしたくなかった」
ソウル出身の呉さんだが、ノリャンジンにある塾には通わず、塾が運営しているインターネット講座を自宅で聞いて勉強した。
塾ではインターネット講義も運営していて、移動時間がもったいないという理由やリアル授業よりも価格が低廉なために、利用する生徒も増えている。
呉さんの6年という受験期間の中でいちばんつらかったのが「未来が不確実だという不安」だったという。
そんな呉さんは机に幼い頃の写真を置いて気持ちを奮い立たせたそうだ。
「何年も就職浪人してしまい両親に申し訳ない思いでした。私が幼い時に両親は私にどんな思いを託していたのだろう、きっと幸せであることを望んでいただろうと、幼い時の写真を見ながら自分に言い聞かせていました。
公務員試験の勉強に費やす時間を、絶対に無駄なものではなく、自分に投資した時間にするためには合格しなければいけないと思って勉強しました」。
念願かなって公務員になった彼女は、今の環境にとても満足しているという。
呉さんのように晴れて合格できた人もいるが、そうでない人のほうが圧倒的に多いのが現実だ。
前出の李さんが言う。「『公試族』は他につぶしがきかないですから、結局、時間を浪費して引きこもりや世捨て人のようになってしまう人もいます。
そんな不安も抱えながらみんな勉強しています」。
李さんには、5年間司法試験の受験生をして、結局あきらめた先輩がいたが、「最近どうしているかなあ、と連絡をとってみたら、なんと『アパート経営者になった』と言うんです。
僕のように考試院でアルバイトしていたら、そこの経営者に「君には資質がある」と言われたそうです。
それでその気になり、アルバイトで貯めたおカネに加えて、親からも借金して小さな考試院を建てて、その経営者に収まったそうです。
人生わからないなあ、と思いました。あっ、でも、僕はやはり公務員になりますよ(笑)」。
悩みが深まるばかりの韓国の若者世代
韓国では、2010年代初頭には、就職ができないため「恋愛」「結婚」「出産」ができない20~30代を「3放(放棄)世代」と言っていたが、やがて「就職」「家」もあきらめた「5放世代」となった。
それが最近ではついに、長い就職浪人で友人とも連絡を絶つなど「人間関係」をあきらめ、「希望」も捨てた「7放世代」とまで呼ばれるようになった。
若者の閉塞感が深刻であり、改善されるどころか悪化してさえいることが伝わってくる。
先の呉さんは言う。「文在寅大統領の政策が一般企業にも広がって、こんな言葉がなくなるといいのですが……」
ただ、民間企業も視野に入れた非正規職の縮小など、文大統領の政策に一般企業は困惑ぎみという報道も流れる。
将来に強い不安を抱く若年層からの期待を集める文大統領だが、実際に就職難などの問題は改善されるのか。
少なくとも、政策に関する評価は早ければ今年下半期にも表れる。