「非正規を使い倒す」が破滅を招く…この35年間で日本企業の「稼ぐ力」が激減した根本原因
プレジデントOnlineより23/8/28 谷本 真由美
日本の国際的な競争力を上げるにはどうすればいいか。イギリス在住で著述家の谷本真由美さんは「日本は30年前には世界競争力ランキングで1位だったが、2022年には過去最低の34位に転落した。
その一因に、日本の労働者の約37%を占める非正規雇用者の存在がある。非正規が増えれば消費が落ち込むため、自社の製品やサービスが売れなくなり、デフレ一直線になる」という――。
※本稿は、谷本真由美『激安ニッポン』(マガジンハウス)の一部を再編集したものです。
⚫︎35年間の日本の物価上昇率は他の先進国の10分の1
日本はなぜこんなに安い国になってしまったのでしょうか。
日本の物価が他の先進国に比べて安いということを、別の表現で言い換えると、「インフレーション率が低い」となります。
ここ30年の日本はインフレ率が低いままで推移しています。
これはどういうことかというと、日本ではものやサービスの値段が30年間上がっていないという意味です。
この値段の上がり方を知るための数字が「CPI(Consumer Price Index)」というものです。日本語では「消費者物価指数」です。
その国のものやサービスの値段を知るための数字で、CPIが上がっていれば「物価が上がっている」ことになります。この「物価が上がる状態」をインフレーションと呼ぶわけです。
日本のCPIは総務省の統計を見ると、35年前の1987年に比べると2022年は20%ぐらい上がっています。20%とはずいぶん上がっているなと思う人がいるかもしれませんが、実は他の国に比べるとかなり低い数字です。
たとえばG7加盟国のアメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ドイツ、イタリアは35年の間に物価はなんと2倍から2.5倍にもなっています。これをパーセンテージに直したら200%から250%です。
つまり、日本のものやサービスの価格は他の国の10分の1しか上がらなかったという驚くべき事実があるのです。
サービスやものの価格は年2%増が理想的
しかも詳しく統計を見るとわかるのですが、日本のものやサービスの価格は1997年から2021年まではほぼそのままで上がっていません。これも他の国の感覚からするとありえないことです。
G7加盟国はだいたい1年で6%から11%も物価が上がっています。2023年4月のG7加盟国のCPIは1年前に比べ以下のように上がっています。
・アメリカ 4.93%
・イギリス 7.80%
・カナダ 4.41%
・フランス 5.88%
・ドイツ 7.17%
・イタリア 8.16%
・日本 3.50%
日本の場合は3.5%と他国と比べて低いのですが、先ほど述べたように1997年からは物価はほとんど上がっていなかったので1年前からいきなりぐんと上がった状況です。
日本以外の国はロシアのウクライナ侵攻が始まってから燃料費が高騰し、それがさまざまなものやサービスの価格の上昇に貢献していたのですが、侵攻して1年以上経ち、思ったほど会社や工場が燃料を使わなかったり、石油の値段が下がったりしたので、前年の上がり方に比べると少し上昇率が下がりました。
多くの国ではものやサービスの価格は1年間で2%ぐらい増えるのが理想的と考えられています。
これは経済学者や財政の専門家が長年の研究や経験から導き出した数字です。1年で2%増えると、35年でだいたいものやサービスの価格は2倍ぐらいになる計算です。
これは数字が「複利」で増えていくからです。元々の値段に1年間で増えた分を加えてどんどん計算していくので、1年で2%増でも長い年月の間に何倍にもなります。
計算方法には「72の法則」というのを使います。これはものやサービスの価格が1年に何%増えたら何年で倍になるかということを計算できる数式です。
たとえば、1年に2%上がる場合は「72÷2=35」なので、1年の上昇率が2%だと、35年で価格が倍になることがわかります。
⚫︎なぜ、日本企業は儲からないのか?
日本の物価がなかなか上がらないのは、日本の会社がバブル崩壊以降お金を儲けられていないからです。
お金を儲けられていないとはどういうことかというと、日本の会社は自社の製品とサービスをたくさんのお客に売ることができていないということです。
売れないのですから価格を上げるわけにも行きません。価格を上げないとお客さんはさらに買わなくなるからです。
儲かっていないので、働いている人の給料を上げることもできません。
会社が給料を増やしてくれないので働いている人はお金を使う気になりません。安いものばかり買うのでより一層さらに会社は価格を上げることができません。
これが日本が陥っている「デフレスパイラル」の現状です。
お客がものを買わないので、会社はどんどんと値段を下げ、さらに安い価格で他社と競争するようになり、もっと価格が下がってしまったのです。
日本企業は仕事熱心ですが、熱心さが仇(あだ)になって儲からなくなってしまっているのです。
加えて、日本企業はもっと儲けるための設備投資、人材投資にも、お金を使ってきませんでした。日本企業はバブル以後に儲からなくなってしまったので、稼いだお金を内部留保としてどんどん溜め込み、新たに儲けを増やすための投資をほとんどしてこなかったのです。
たとえば、工場を新設したり、業務を効率化するためのITクラウドを導入したりといった設備投資や、優秀な人を新たに雇ったり、社員向けに研修を行ったりといった人材投資など、「稼ぐ力」を高めていくためにできることはたくさんあります。
⚫︎危機感の乏しい「規制産業」のツケ
一方、海外は日本と違って積極的に投資をしているので、相対的に日本企業の生産性はどんどん下がってしまっています。
生産性とはつまり、同じ量の仕事をしたときにもっとお金が儲かるようにするということです。
他の先進国だとスマホで処理ができるような役所の業務やさまざまなサービスを日本ではいまだに紙で処理しているため、窓口に行かなければなりません。また、システムも古いものをそのまま使っているので、非効率的です。
これが一番よくわかるのが日本の銀行です。ある大手銀行では、2021年2月から2022年2月までの間に11回ものシステム障害を起こしました。
ATMに通帳が取り込まれたまま出てこなかったりして、多くの利用者が被害を受けました。他の国でこんなシステム障害を連発すれば、口座の解約が相次ぐはずです。
特に新しい投資を行わないのは、日本政府によって保護されている保守的な業界です。
先ほど挙げた銀行などのいわゆる「規制産業」は政府によって保護されていて危機感が乏しいので、新しいことをやろうとか生産性を上げようという気がないのです。
その結果、今や日本の生産性はアメリカの60%で、G7加盟国では最低です。
⚫︎「世界競争力」はタイより下
スイスのビジネススクール「IMD」が毎年発表する「世界競争力ランキング」では,ビジネス効率性などのさまざまな指標を元に算出した各国の競争力をランク付けしています。
日本は1989年から1992年まで1位だったのですが、なんと2022年には過去最低の34位になってしまっています。
日本はマレーシア(32位)やタイ(33位)よりも競争力がないとされています。
ランキングの元となった指標を見てみると、経済状況は20位、政府の効率性は39位、ビジネス効率性は51位、インフラは22位と特にビジネス効率性が足を引っ張っていることがわかります。
日本企業が生産性向上のための投資や改革をほとんど行ってこないために、国際的な競争力を下げていることがよくわかります。
このように、データでは海外と比べて日本がいかに生産性が低いかが明確なのですが、ほとんどの日本人経営者は海外のビジネス環境や国際機関の出しているデータなど全く見ていないので、日本企業がどんなに遅れているかを知らないのです。
日本企業の多くはバブル崩壊のときに苦境に陥ったので,「またそんなことが起きたら倒産してしまう。とにかく何かあったときのためにお金を貯めておこう」と考えています。
⚫︎ゆっくりと倒産に近づいていく
また、日本人は事なかれ主義の人が多いので,「何か新しいことをやって失敗したら評価が下がるから,前任者と同じことをやろう。
そうすれば、前にこのやり方を考えた上司のメンツをつぶすこともないし、安全に会社員生活を過ごせる」と考えているのです。
しかも、今、日本企業の中で権限を持っているのは、高度経済成長期に子ども時代を過ごしてきた人ばかりです。
彼らの親たちも毎年のように給料が上がり、海外旅行を楽しんだり、最先端の家電製品を買ったりしていました。経済がどんどん成長していたので、毎年同じような仕事をしていれば、自然と結果が出ていました。
なので、一生懸命働いて何か新しいことをやろうという発想はなかったのです。
なので、今の日本企業で上の立場にいるのは、なんとなく今までと同じようにやっておいて、子どもの頃と同じように時々旅行したり、おいしいものを食べたりすることができればいいなと思っている人だらけなのです。
そのため、日本の会社はどんどん儲からなくなっていきました。たしかに、内部留保を貯めておけば、経済が落ち込んだときに瞬間的には倒産を免れることができるでしょう。
しかし、そうやって投資に消極的でいると、結局競争力を失い、ゆっくりと倒産に近づいていくのです。それが今の日本企業、日本経済が陥っている現状です。
⚫︎「非正規雇用」が経済を停滞させている
もう1つ、日本経済が落ち込んでいるのは「非正規雇用」の増加も大きな要因です。
非正規雇用とは派遣社員や契約社員のことです。
今や日本の労働者の37%ぐらいが非正規雇用者です。
非正規雇用の人たちは給料が安く、年収は平均で200万円台から400万円台ぐらいで、正規雇用の人よりかなり低くなっています。
これは、この人たちの親世代に比べると、半分から3分の1ぐらいの水準です。
非正規雇用の人は正規雇用の人とは違い、福利厚生が制限されていて、契約がいつ切られるかもわからないので、生活不安が常につきまといます。
そのため、将来が不安なので結婚できない、子どもをつくれないという人がどんどん増えているのです。
来年仕事があるかどうかわからない中で、子どもをつくれないという心情はとても理解できます。
非正規雇用が多いのは、今の40代ぐらいの「氷河期世代」と呼ばれている人たちです。
この世代の人がもっとたくさん結婚し、子どもを持ち、家を買えば、日本経済はもっと上向いていたでしょう。子どもは成長するに従って新しい服やおもちゃが必要で、ご飯もたくさん食べるので、自然とお金がかかるからです。
しかし、氷河期世代の人たちは子どもがおらず、自分の将来も不安なので、あまりお金を使わず、つつましい生活をせざるを得ません。
つまり、氷河期世代の人たちを非正規雇用にしておくことで、日本では消費が落ち込み、デフレ一直線になってしまったのです。
企業としては、人件費を削減するために、積極的に非正規雇用を増やしていったわけですが、それにより、自社の製品やサービスが売れなくなってしまったわけで、本末転倒の感があります。
⚫︎「文句を言えない人」を利用している
海外では、給料が安すぎたり、働く環境がよくなかったりしたら、会社に対して文句を言って、それでも改善がされなければ、サクッと転職をします。
中には、仲間を募ってストライキに入る人たちもいます。そうすると経営者側は生産活動がストップして困るので、社員たちの要求を飲むしかなくなります。
ところが、非正規雇用の人たちが管理職や経営者に文句を言ったり、会社を辞めてしまったりするのはなかなか難しいことです。
彼らは文句を言って契約を切られたりするのではないか、今の会社を辞めて次の仕事が見つかるかという不安があるので、ハードな交渉ができないのです。
また、日本では非正規雇用の人が次の仕事を探すには、人材派遣会社に登録し、勤め先を紹介してもらうことが多いので、今の会社でトラブルを起こしたとみなされたら、次の仕事先を紹介してもらえないのではないかという不安もあります。
しかも、非正規雇用の人たちは会社で働く期間が短いので、同じ会社の中につながりのある人が少なく、ストライキを起こす仲間を集めるのも難しいことが多いのです。
日本には労働組合がある会社も多く,この組織が社員を代表して会社と交渉を行います。
しかし、労働組合は性質上どうしても正社員で働いている人や会社に長くいる人の意見を優先するようになっています。
労働組合はその会社にいる人たちが組合員になるので、給料が高くて、雇用が安定している正社員が発言力を持つことになりがちです。
⚫︎非正規を使い倒して儲けるという危険な姿勢
もし、非正規雇用の人たちの給料を上げれば、正規雇用の人たちの給料が減る可能性があるので、労働組合としては、非正規雇用の人たちの待遇をよくするような交渉はできないのです。
📗谷本真由美『激安ニッポン』マガジンハウス
このように、非正規雇用の人たちが,経営者や管理職の人に対して交渉ができないことを「バーゲニングパワーがない」と言います。
本当は日本政府が非正規雇用の人を増やしすぎてはいけないというルールをつくればよかったのですが、日本政府は大企業からたくさんの税金を集めているので、規制をしていません。
これからも非正規雇用の人をどんどん使い倒して儲けてくださいという姿勢でいるわけです。しかし、政府と大企業のそういった姿勢が日本経済をダメにしているのです。
▶︎谷本真由美(たにもと•まゆみ)著述家,元国連職員
1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本,イギリス,アメリカ,イタリアなど世界各国での就労経験がある。ツイッター上では,「 May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する。
💋全くその通りなのに…小泉改革が更にぶち壊し…小選挙区制も足を引っ張るし…統一模試も同様に…平成の字句の魔力か?