異常気象の脅威が高まるなか、世界は「災害のデパート」日本から“レジリエンス”を学べ | しかし災害が多いゆえに進まない気候変動対策
COURRIS より 220103
日本ほど多くの自然災害に見舞われる国もない。相次ぐ災害によってリスクと共に生きる方法を学んだ日本は、世界に示せる教訓も少なくない。一方、気候変動という新たな脅威に対する日本の危機感は薄いと、英誌「エコノミスト」は警鐘を鳴らす──。
⚫︎災害によって形成されたレジリエンス
非営利団体ピースボート災害ボランティアセンターの辛嶋友香里は、色分けされた地図の前に座り、2021年8月に佐賀県での洪水で浸水した住宅街を指差している。それはこの2年で2回目の洪水だった。
辛嶋は何時間もかけて災害現場に駆けつけ、テレビのカメラが去ってからも長くその地に残った。湿った壁からかびを取り、次の災害に備えて住民を訓練していたのだ。
次々と起こる災害ゆえ、彼女は忙しい。
日本は「自然災害のデパート」だと、日本防災プラットフォーム代表の西口尚宏は言う。同組織は、防災技術の開発に携わる組織から成る。
日本ほど災害に見舞われながら、形成されてきた国はほとんどない。地震と津波に加え、台風や洪水、土砂崩れに火山噴火も起きる。日本はリスクとともに生きる方法を学ばなければならず、それによってレジリエントな社会となった。
「日本から学べるなかで重要なのは、レジリエンス(回復力)という概念です」と、慶應大学湘南藤沢キャンパスで防災学を研究するラジブ・ショウは言う。
世界では、気候変動によって多発する森林火災からパンデミックまで、自然による危険の脅威が増している。世界はより多くのリスクとの共存を求められるが、そのなかでもっともうまく立ち回れるのはレジリエントな国だ。
米プリンストン大学の経済学者マーカス・ブルナーマイヤーは、「レジリエンスはコロナ後の社会を設計するうえで指針となりうる」と、著書 『レジリエントな社会』(未邦訳)のなかで主張する。
⚫︎「事前に備える」防災の重要性
日本から学べる最大の教訓は準備の重要性だ。辛嶋は、「災害が起こってから手を打っても遅すぎる」と言う。
ありふれたことのようだが、世界の大部分にはそれが欠けている。2005年から2017年に提供された世界での災害関連の開発援助1370億ドルのうち、96%が緊急対応や復興に当てられ、災害への備えに当てられたのは4%未満だった。
メディアは災害発生時にのみ報道するため、資金提供者たちは人目を集める救助活動を優先する。多くの政府は防災を投資としてではなく支出として扱っている。
しかし、自然被害が必ずしも災害になるわけではないのだ。国際協力機構(JICA)顧問の竹谷公男は、「災害になるのは、それに対処する能力が弱すぎるときです」と言う。竹谷は、2015年に災害リスク管理に関する世界的な協定である「仙台防災枠組」の中で、「より良い復興(Build Back Better)」という概念を推進した。
この教訓は、厳しい経験を通じて得られたものだ。日本では1959年に5000人の犠牲者を出した伊勢湾台風によって、災害マネジメント改革が行われた。さらに1995年に起こった阪神大震災で6500人が死亡、30万人以上が家を失ったことで、さらなる改革が行われた。
世界銀行の災害マネジメント・プログラムのディレクターであるサメ・ワーバによれば、日本政府は、災害後の復興を迅速に始めるため、面倒な物資の調達手続きを経ずにインフラを修復するための協定を事前に取り決めているという。
また、地方自治体によって、生活必需品が学校や公民館などに備蓄され、公園にはかまどとして使えるベンチや簡易トイレになるマンホールなどが設置されている。さらに、日本では毎日夕暮れ時に近所のスピーカーから民謡が流れてくるが、これは警報装置をテストする手段でもある。
⚫︎技術への過信がもたらした福島原発事故
日本政府が重点を置く対策は工学にもとづいたものだ。建築基準法を改善し、投資を行うことでリスクは低減されている。その証拠に、新たな基準に従った建造物の大半が、2011年のマグニチュード9の東日本大震災でも持ちこたえた。
「福島の原発事故を抜きにすれば、東日本大震災は歴史上もっとも損害を低減した災害でした」と、世界銀行のフランシス・ゲスキエールは述べる。
だが、福島で起きたことは無視できない。原発のメルトダウンが示すのは別の教訓だ。すなわちテクノロジーへの過度な依存により、誤った安心感を持ちうるということだ。
防波堤で原発を守れると考えていた役人は、原発の近くに主要な断層があるという科学者たちの警告を聞き入れなかった。原子力産業と懇意にあった当局は、原発の補助発電機が地下にあることのリスクを見過ごしていた。
地震によって主要な送電線が機能しなくなった際、津波が防波堤を超えた。そして発電機が浸水し、送水ポンプへの電力が切断されて原子炉がオーバーヒートした。最高のハードウェアでも機能は止まりうるのだ。
⚫︎災害に強いのは人とのつながり
ハードウェアと同じくらい重要なのがソフトウェアだ。京都大学でレジリエンスを研究する清水美香は神戸で子供時代を過ごした。その1995年頃には、人々はまだ準備ができていなかった。
「学校では避難訓練があり、身をかがめて守りましたが、それ以外には何もありませんでした」と彼女は振り返る。
今では、人々は災害リスクが自らにかかわる問題であることを実感している。パンデミック前の内閣府の調査では、災害が起きたときの段取りについて1〜2年以内に家族で話し合ったと大多数が回答している。
阪神大震災後、民間セクターと市民社会の双方が災害への備えに投資するようになった。そこで重要なのは、その取り組みを、参加型で人々が主導するようにすることだ。目標は単に避難ルートを教えるのではなく、コミュニティー内の結束を強めることだ。
そうした努力が自己満足のためだけではないことを研究は示している。災害時、ソーシャルキャピタル(社会関係資本)が生存率や回復率の点で大きな違いを生むと、米ノースウェスタン大学のダニエル・アルドリッチは主張する。
同大学レジリエンス研究プログラムのディレクターであるアルドリッチは、神戸の2つの地域に着目する。真野と御蔵という地域の人口統計や物理的特徴は似ているが、政治活動の歴史を持ち、地域行事などの盛んな真野のほうが、ソーシャルキャピタルが多い。
阪神大震災の発生時、真野の住民は自分たちで組織的に火事に対処したが、御蔵の住民にはそれができなかった。それから15年以上経った今、人口当たりの回復率としてすぐれた指標となるのは、収支や公的な支出よりもNGOの多さだとアルドリッチは述べる。
⚫︎気候変動への対策の遅れ
令和の時代にはこうした個人間の結束が試されるだろう。それは気候変動が起きているからだ。与那国島では、台風が「きわめて予測困難」になっていると糸数健一町長は言う。
逆説的だが、日本はその災害の歴史ゆえに気候変動への対応で遅れをとっている。旧来の災害が非常に多いため、新たな危険が他国ほど切迫感を与えないのだと小泉進次郎前環境大臣は嘆く。
福島原発のメルトダウンのため,環境保護主義者は気候変動よりも反原発運動に注力する。
また、原発事故によってエネルギー政策も停滞している。政府は2050年までに二酸化炭素排出量ネットゼロの達成を約束しているが、その実現のための信頼に足るプランを提示していない。
暫定的なロードマップでは、稼働停止中の多くの原発の再稼働が含まれているが、それは国民が抵抗すると考えると無理な見通しだ。政治家たちは妥協点について国民と率直に話し合うことを避けている。その間にも、日本は石炭を含む大量の化石燃料を消費しつづけることになる。
⚫︎求められるのは日本が欠く「柔軟性」
また、難しいのは「脆弱性の状況が変化していること」だと国連国際防災戦略事務局長の水鳥真美は言う。
日本で増え続ける高齢者はもっともリスクの高い存在だ。それが近年の洪水から得られた教訓だったと辛嶋は言う。2021年の洪水では避難所に行くことができず、それでも助けを必要とした大勢の人々の世話をした。
さらにパンデミックによって、より多くの人が自宅に留まることになった。複数の災害が同時に起こりうる未来に対応するには、日本のシステムが欠く柔軟性が必要となるだろう。
なお依然として地震は日本、特に首都圏における最大の脅威だ。政府は30年以内に70〜80%の確率で巨大地震と津波が本州の南の一帯である南海トラフで発生すると推測している。
すると人口と経済の集中地域を直撃し、産業が麻痺して世界のサプライチェーンが混乱するだろう。また、死者数は、東日本大震災の死者約2万人に対し、32万3000人に達する可能性がある。ある研究では、この地震による損失は、GDPの11.1%、東日本大震災の4.5倍になると推測されている。
名古屋大学減災連携研究センターのセンター長である福和伸夫は、「これは日本が国家として生き残るうえで大きな挑戦となるでしょう」と言う。それはまた、世界有数の大都市を壊滅させることになるだろう。