オミクロンで混迷の日本、「国民軽視」の根本問題
東洋経済 onlain より 220126 上 昌広:医療ガバナンス研究所理事長
オミクロン株の感染が急拡大している。日本国内で新たに新型コロナウイルスの感染が確認された人は1月22、23日の両日とも5万人を超えた。
【図】検査数で日本は諸外国に大きく劣る
筆者が診察しているナビタスクリニック新宿でも、1日当たり20人以上の発熱患者が受診し、その半分程度が陽性だ。1人の感染者を確認すれば、濃厚接触者にあたる家族を検査するとともに自宅療法中の感染者を電話でフォローし、その結果を保健所に報告することになる。感染者が急増している現在、クリニックの負担は急増中だ。
「感染急増で保健所が逼迫『人員も場所も』 負担減へ自治体が模索」(朝日新聞アピタル1月19日)など、保健所の窮状は多くのメディアが報じているが、コロナ診療に従事するクリニックも同様だ。
⚫︎PCR検査や抗原検査のキットも不足
問題は、これだけではない。PCR検査や抗原検査のキットも不足し始めた。ナビタスクリニック新宿の濱木珠恵院長は「普段なら発注すると翌日に届く抗原検査キットが、1月18日に発注した分がいまだ届いていません(1月23日現在)」という。検査キットが無くなれば、コロナ診療はできなくなる。
ただ、東京の状況はまだましだ。1月23日、神戸新聞は「兵庫や大阪で検査キット不足 感染急増、全国で需要高まり 新型コロナ」という記事を掲載し、その中で、「神戸市内では、複数のクリニックが、PCR検査キットの入荷待ちのため一時的に検査を中止し、キット不足から検査に応じられない薬局も出ている」と紹介している。さらに、沖縄では保健所による行政検査でさえ、検査キットが不足し、1週間待ちだ。
この状況は容易には改善しないだろう。オミクロン株の世界的な流行により、世界中で検査需要が高まっているからだ。PCR検査を受託するバイオニクスの須下幸三社長は、「PCR検査キットは唾液採取容器、不活化液など複数のアイテムにより構成されますが、多くは約1カ月の入荷待ちで、中にはメドがたたないものもあります」という。
では、海外はどうなのか。図をご覧いただきたい。1月21日の経済協力開発機構(OECD)加盟国の人口1000人あたりの検査数(1週間平均)を示す。日本は1.18件で、メキシコに次いで少なく、マレーシア(3.25件)やインド(1.27件)にも及ばない。多くの国は、オミクロン株の流行下でも、日本とは桁違いの検査を実施していることがおわかりいただけるだろう。
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なぜ、こうなるのだろうか。読売新聞が1月19日付記事で舘田一博・東邦大学教授による「財政的な問題もありますが、検査試薬を作る製薬企業への支援も検討すべき」という意見を紹介しているように税金の投入を求める論調もあるが、日本の検査数が、先進国で最低レベルなのは、そんなことでは説明がつかない。
⚫︎日本の検査数はマレーシアに及ばず稼働率も低い
日本の検査数は、そもそも目標が低い。現在の日本の1日あたりの検査能力は約38万5000件だ。もし、この数の検査を実施したとしても、人口1000人あたり3.06件にすぎず、OECD諸国ではコロンビア(1.73件)、ポーランド(2.62件)、ニュージーランド(2.7件)を抜くだけだ。東南アジアでは、いまだマレーシアに及ばない。
ちなみに、昨年8月27日には27万5680件の検査を実施している。デルタ株の大流行を経験した後も、検査体制を強化していなかったことになる。
日本の検査体制は検査能力が低いことに加えて、稼動率が低いことも問題だ。1月21日の検査数は、検査能力の39%にすぎない。年が明けて最も検査数が多かった1月14日ですら21万7291件で、稼動率は56%だ。
私は、厚生労働省が強い意志をもって、検査を抑制してきたと考えている。そうでなければ、日本の検査能力が先進国最低レベルという説明がつかない。
最大の理由は感染症法の入院規定の存在だ。
感染症法では、法定の感染症患者に対して、知事は「入院させるべきことを勧告することができる」とある。この条文があるのに、入院させずに自宅で死亡すれば、知事が責任を追及される。この結果、知事は全感染者を入院させる。軽症で感染力が強いオミクロン株でも、当初、全感染者を入院させたのは、このためだ。
感染症法は、コレラや結核を念頭において立法された。毎日数万人の感染者が出るコロナは想定外だ。すべての感染者を診断してしまえば、すぐに病床はいっぱいになる。病床を用意するのは厚労省の責任だ。だからこそ、コロナ流行当初、「PCR検査を増やさないことが、わが国が医療崩壊しない理由」という説明を繰り返した。
ただ、この程度の弥縫策では、コロナ感染者の増加を「抑制」することはできなかった。特に、感染力が強いオミクロン株感染者を入院させれば、院内感染は避けられなかった。沖縄では院内感染が多発し、医療崩壊が危惧された。
この段階で初めて、知事が強制入院の方針を緩和しても、免責されるようになった。ただ、同時に病床が逼迫するため、まん延防止宣言を出すこととなった。これが、日本では少数の感染者で社会が麻痺してしまう理由だ。この構図は、第1波から今回まで基本的に変わらない。
感染症法の強制入院規定こそ、わが国の感染症対策の問題を象徴している。社会の防疫のために隔離を優先し、感染者の検査や治療体制の強化は軽視する。明治時代に内務省衛生警察が所管した伝染病予防法の影響を残している。
⚫︎政府でなく国民の立場に立てば世界と伍せる
コロナは未知の感染症だ。感染症法の2類や5類のような既知の類型に無理やりあてはめることなく、実情に即し、合理的な対応をとらねばならない。その際、重要なのは、政府でなく、国民の立場に立つことだ。国民の立場に立てば、世界と伍した議論が可能になる。
コロナパンデミックで、世界は非接触を希望した。この結果、在宅検査が急成長した。例えば、昨年3月、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、アメリカ・キュアヘルス社が開発した自宅で検査できる簡易核酸検査に緊急使用許可(EUA)を与えた。医師の処方箋が不要で、所用時間は約20分で、PCR検査との陽性一致率は97%だ。
欧米で検査数を増やすことができたのは、このような自宅で簡単に実施できる検査が開発され、オンラインで購入できるようになったからだ。このような検査キットの配送から、医療データとして利用するまでの、社会システムが、この2年間の試行錯誤の末、確立された。だからこそ、バイデン大統領は、昨年12月、全国民に無料で検査を受けることができると宣言することができた。
日本は対照的だ。確かに、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、「体外診断用医薬品」として50種類の検査キットを承認している。ただ、このような診断キットは、薬局で薬剤師が対面販売しなければならない。非接触とは程遠い。さらに、万が一、陽性になった場合、当事者の意向とは無関係に、強制入院させられてしまう。
⚫︎日本は世界から学ばなければならない
われわれは、もっと世界から学ぶ必要がある。欧米は、検査をフル活用し、オミクロン株の流行下でも社会活動を継続している。
感染症法では、法定の感染症患者に対して、知事は「入院させるべきことを勧告することができる」とある。この条文があるのに、入院させずに自宅で死亡すれば、知事が責任を追及される。この結果、知事は全感染者を入院させる。軽症で感染力が強いオミクロン株でも、当初、全感染者を入院させたのは、このためだ。
感染症法は、コレラや結核を念頭において立法された。毎日数万人の感染者が出るコロナは想定外だ。すべての感染者を診断してしまえば、すぐに病床はいっぱいになる。病床を用意するのは厚労省の責任だ。だからこそ、コロナ流行当初、「PCR検査を増やさないことが、わが国が医療崩壊しない理由」という説明を繰り返した。
ただ、この程度の弥縫策では、コロナ感染者の増加を「抑制」することはできなかった。特に、感染力が強いオミクロン株感染者を入院させれば、院内感染は避けられなかった。沖縄では院内感染が多発し、医療崩壊が危惧された。
この段階で初めて、知事が強制入院の方針を緩和しても、免責されるようになった。ただ、同時に病床が逼迫するため、まん延防止宣言を出すこととなった。これが、日本では少数の感染者で社会が麻痺してしまう理由だ。この構図は、第1波から今回まで基本的に変わらない。
感染症法の強制入院規定こそ、わが国の感染症対策の問題を象徴している。社会の防疫のために隔離を優先し、感染者の検査や治療体制の強化は軽視する。明治時代に内務省衛生警察が所管した伝染病予防法の影響を残している。
⚫︎政府でなく国民の立場に立てば世界と伍せる
コロナは未知の感染症だ。感染症法の2類や5類のような既知の類型に無理やりあてはめることなく、実情に即し、合理的な対応をとらねばならない。その際、重要なのは、政府でなく、国民の立場に立つことだ。国民の立場に立てば、世界と伍した議論が可能になる。
コロナパンデミックで、世界は非接触を希望した。この結果、在宅検査が急成長した。例えば、昨年3月、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、アメリカ・キュアヘルス社が開発した自宅で検査できる簡易核酸検査に緊急使用許可(EUA)を与えた。医師の処方箋が不要で、所用時間は約20分で、PCR検査との陽性一致率は97%だ。
欧米で検査数を増やすことができたのは、このような自宅で簡単に実施できる検査が開発され、オンラインで購入できるようになったからだ。このような検査キットの配送から、医療データとして利用するまでの、社会システムが、この2年間の試行錯誤の末、確立された。だからこそ、バイデン大統領は、昨年12月、全国民に無料で検査を受けることができると宣言することができた。
日本は対照的だ。確かに、医薬品医療機器総合機構(PMDA)は、「体外診断用医薬品」として50種類の検査キットを承認している。ただ、このような診断キットは、薬局で薬剤師が対面販売しなければならない。非接触とは程遠い。さらに、万が一、陽性になった場合、当事者の意向とは無関係に、強制入院させられてしまう。
⚫︎日本は世界から学ばなければならない
われわれは、もっと世界から学ぶ必要がある。欧米は、検査をフル活用し、オミクロン株の流行下でも社会活動を継続している。
1月12日、アメリカのバイデン大統領は、対面授業を継続させるために、学校向けに配付する検査キットを毎月1000万回分追加すると発表しているし、英国政府は、1月17日、コロナ感染後の自主隔離を、検査陰性の場合に限り、従来の7日から5日間に短縮した。1月20日、イスラエルではコロナ感染者と接触した小児は、週2回、抗原検査を受け、陰性を確認するという条件つきで、隔離を中止した。
繰り返すが、わが国のコロナ対策の基本的姿勢は間違っている。最優先すべきは国家の防疫ではない。
繰り返すが、わが国のコロナ対策の基本的姿勢は間違っている。最優先すべきは国家の防疫ではない。
「検査を受けたい」「治療を受けたい」「家族にうつしたくない」などの国民の希望に応えることだ。このために、世界中で在宅検査、オンライン診療、隔離施設が整備された。厚労省や日本医師会が、このようなシステムを強く求めたという話を寡聞にして知らない。
この結果、日本はコロナ診療体制で大きく出遅れてしまった。
岸田文雄首相は早急に感染症法を改正すべきだ。その際のポイントは、国家の権限を強化し、民間病院に無理やり感染者を押し付けることではない。
岸田文雄首相は早急に感染症法を改正すべきだ。その際のポイントは、国家の権限を強化し、民間病院に無理やり感染者を押し付けることではない。
検査、治療、さらに隔離を受ける権利などを感染症法で保障することだ。そうすれば、官民を挙げて、研究開発が進む。世界は、国民の健康重視を貫き、2年間でコロナ対策を一変させた。その結果、オミクロン株の流行でも社会規制を要しない「強い」社会を築き上げた。
いまこそ、世界から学ばねばならない。