日本は30年後、ノーベル賞を取れる国か
ダイヤモンドonlain より 211125 太刀川英輔
今年4月に発刊された全512ページの大作『進化思考――生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』が、クリエイターのみならず、ビジネスマンの間でも話題を呼んでいる。
著者の太刀川英輔氏は、慶應義塾大学で建築デザインを学んでいた学生の頃から「創造性は本当に、一部の天才しか持ち得ないものなのか?」という疑問を抱いて探求を積み重ね、「生物の進化と創造性には共通の構造がある」ことを見いだした。2年ぶりのノーベル賞受賞に沸く日本。
しかし、今年度の物理学賞受賞者の眞鍋淑郎氏は日本とアメリカの研究を比較した上で、日本の科学の将来について憂慮するように「日本には帰りたくない」と発言した。日本の研究や科学技術は、現在どのような状態なのか。その根底には非創造的な状況とも言える研究者の生態系が見えてくる。そして太刀川氏と一緒に進化思考から読み解くと、その環境を創造的に変化させるためのわずかな希望も見いだせるかもしれない。
⚫︎日本の若手研究者の現在地
前回の記事では、ノーベル賞を受賞した研究は、研究者が若い時代、平均年齢で言うと30代中盤に行われていたことをお話ししまし た。つまり、若手研究者にチャンスを与え挑戦を応援することが国の科学の将来にとって大切なのです。この前提を踏まえた上で、日本の若手研究者の厳しい現実を見ていきましょう。
⚫︎日本の若手研究者の現在地
前回の記事では、ノーベル賞を受賞した研究は、研究者が若い時代、平均年齢で言うと30代中盤に行われていたことをお話ししまし た。つまり、若手研究者にチャンスを与え挑戦を応援することが国の科学の将来にとって大切なのです。この前提を踏まえた上で、日本の若手研究者の厳しい現実を見ていきましょう。

文部科学省 科学技術・学術政策研究所,科学技術指標2020,調査資料-295,2020年8月より
このグラフは先進国各国の大学研究者の人件費の推移を示したものです。日本の人件費は下落傾向が続き、現在は先進国の中でかなり低い状況にあることがわかります。その少ないお財布を取り合った結果、誰が苦しんだのか。それが次のグラフに示されています。

文部科学省「日本の研究力低下の主な経緯・構造的要因案 参考データ集」より
このグラフは日本の国立大学教員の年齢と雇用の状況を示したものですが、最も生産性が高いはずの40歳未満の大学教員は、減り続けていることがわかります。さらに任期のないテニュア(終身雇用資格)の若手教員の数も減り続け、将来が守られていない任期付きの若手研究者の割合が増えています。
一方で40歳以上の任期なし教員の数はほとんど減っておらず、むしろ任期付き教員の数が増えています。つまり、総論として、お財布の中身が減ってツケを回されたのは、働き盛りの若い世代の研究者だったのです。
一方で40歳以上の任期なし教員の数はほとんど減っておらず、むしろ任期付き教員の数が増えています。つまり、総論として、お財布の中身が減ってツケを回されたのは、働き盛りの若い世代の研究者だったのです。
こうしたデータからは、最も大切にすべき40歳未満の若手世代の研究者の条件がどんどん改悪され、数が減っている危機的な状況が透けて見えます。僕自身は研究生産性という意味ではテニュアにこだわることはないという考えですが、低すぎる流動性は問題です。
このような状態で年功序列色の強い日本の大学に任期付きで雇われた研究者が、自分の望む自由な研究ができるとは思えませんし、まして潤沢な研究費は望めないでしょう。研究費が少なく、給与が少なく、上の層は厚い。そんな状況では、そもそも研究者を目指そうとする若者が減ることも致し方ありません。
そして一つの重たい現実として、日本の研究的な国際競争力は下がり続けています。
このような状態で年功序列色の強い日本の大学に任期付きで雇われた研究者が、自分の望む自由な研究ができるとは思えませんし、まして潤沢な研究費は望めないでしょう。研究費が少なく、給与が少なく、上の層は厚い。そんな状況では、そもそも研究者を目指そうとする若者が減ることも致し方ありません。
そして一つの重たい現実として、日本の研究的な国際競争力は下がり続けています。

「nature Index, worldometers」よりNOSIGNER作成
このグラフは2020年の人口百万人あたりの発表論文数のグラフですが、見ての通り先進国の中では最低クラスです。そもそも発表される論文の数が少なければ、その中から国際的に注目される論文が出てくる可能性も低くなるでしょう。
この状況が続けば当然、現在30代の優れた日本の研究者が30年後にノーベル賞を取るのは厳しいと言わざるを得ません。
この状況を受けて日本は、10兆円規模の大学発ベンチャーに向けたファンドの設立などの施策を急いでいます。この惨憺たる状況が変わることを願わずにはいられません。
⚫︎創造性教育という処方箋
ここまでの通りなら創造性には一つのピークがあり、その世代の不遇を解消するのは研究環境全体にとって価値があるはずです。
しかし私は世代論を話したいのではなく、日本がもっと創造的になるための道のりに興味があるのです。そのためには創造的な若者が活躍できる環境も必要ですが、処方箋はそれだけではありません。
もし私たちが変化への柔軟性を磨く方法を知らないだけなら、新しい教育を生み出すことで、老いてもなお新鮮な発想をする人を増やすことができるかもしれない。 (進化思考 P.34から)
好奇心を持って観察する子どものなかには、大人も舌をまくような驚異的な知性を発揮する子がいることも私たちは知っている。物事の本質を理解するための教育があれば、結晶性知能のピークはもっと早く訪れるかもしれない。 (進化思考 P.34から)
この日本の危機的状況の抜本的な解決を図るには究極のところ、全世代への創造性教育の普及が鍵となると私は考えています。そもそも私たちは創造性のことをほとんど何も知らず、まともな教育も受けていません。だからこそ創造性を体系化し、教えられるものにすることに価値があるのです。本質的な創造性教育を浸透させることができれば、すべての世代の発想力を高めることにつながると確信しています。
前回の記事では、レイモンド・キャッテルの結晶性知能(物事の理解が進み、間違えにくくなる適応的な思考)と流動性知能(エラーの発生を許容したり新しいことに挑戦する変異的思考)と年齢の関係図を紹介しました。結晶性知能は65歳くらいまで上がり続けますが、流動性知能は20歳頃をピークに下がっていくことを、キャッテルは示しました。この2つの知能のバランスが最も取れているのが30代半ば。この時期が、人間の創造性のピークと言えるのだろうと思います。
しかし、子どもの頃から観察眼を磨き(適応)、柔軟な発想(変異)を失わない教育を与えること。また逆にシニア世代には失いがちな変異的思考を補い、時代の変化を観察する適応的思考を保つリカレント教育を施すこと。こうした両軸があれば、創造性のピークである30代中盤から、前にも後ろにも創造性の旬は引き延ばせるはずです。
現在、進化思考はさまざまな企業のイノベーション手法として採用され、それを用いた技術者との知財開発も行われています。また、私が進化思考の本を出版した人口約2200人の離島、海士町では徐々に高校生への進化思考による探求教育が始まっています。
そして最近では徳島の阿南高等専門学校の特命教授としてリカレント教育に進化思考を用い、若者とシニア世代の両方への創造性教育を試みています。こうした進化思考による新しい探求教育の取り組みがどう花開くかは未知数ですが、仲間と共に連鎖させ、なんとか創造性教育を更新したいと考えています。
私たちは今、文明の危機と言えるほどの社会課題に挟まれながら、急速に変化する社会を生きています。
この全く読みづらい時代を生き抜くには、現状のルールに甘んじることよりも、古いルールを観察して疑い、変化させる創造的な知恵が求められます。
私たちは今、文明の危機と言えるほどの社会課題に挟まれながら、急速に変化する社会を生きています。
この全く読みづらい時代を生き抜くには、現状のルールに甘んじることよりも、古いルールを観察して疑い、変化させる創造的な知恵が求められます。
それは静的ではなく動的な生存戦略であり、所有ではなく創造による安心感であり、与えられる量に一喜一憂する受動的な生き方ではなく、増やす方法を知る能動的な生き方であると、私は思うのです。
<参考> ・科学技術指標2021
https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/NISTEP-RM311-FullJ.pdf
・日本の研究力低下の 主な経緯・構造的要因案 参考データ集
https://www.mext.go.jp/content/1407654_009.pdf
・「科学立国の危機」(豊田長康著、東洋経済新報社)