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心から感謝いたしております・・。
ドモ~♪ヽ(^-^ ) (v^ー゜)ヤッタネ!!
さて、私はここ2週間ほど、ほとんど家に篭りきったまま、パソコンとニラメッコをしております・・。
カタカタ(*^-^)ヘ_/
それは夜遅くまでというか、朝まで映画を観ているわけではございませんで、真面目に仕事を続けているわけです・・。(珍しく・・。w)
毎晩、夜も更けた午前3時頃になりますと、やはり相当腹が減ってまいりますので、仕事を一時中断しまして、インスタントラーメンか、海苔トーストを夜食に食べるのでございます・・。
インスタントラーメンは、サンヨー食品の「サッポロ一番」が多いのですが、このラーメンを食べる度に思い出すことがあるんです・・。
高校3年生の夏休みに、東雲にあるM菱重工の工場の中で、アルバイトを2週間ほどしたことがあります・・。
東雲の工場の周りに、M菱重工の下請けをする鉄工所関係の会社が沢山あって、その下請けの会社へ、学生援護会の紹介で行ったような記憶がします・・。
東京駅から都バスで東雲へ行くんですが、私の親友のK林くは、東京駅に着いてから、「今日は休もうよ~、行きたくねぇ~・・!」って言うほどハードなバイトだったのでございます・・。
それも確か、夜の7時から翌朝の5時頃までの徹夜のアルバイトで、鍛造や鋳造の部門の中で、鉄鋼材を特殊な大きなペンチで掴んで転がして整理したり、鉄筋やパイプの束にワイヤー掛けして運搬したりする、かなりの力仕事でございました・・。
夜のアルバイトに備えて、真夏の昼間に寝ているわけではありませんでしたから、もう眠いは、疲れるは、ハラは減るは、の三重苦でございました・・。
┌┤´д`├┐ダル~ (;´ρ`) グッタリ
夜中の0時になりますと、夜食の為の休憩時間が1時間ありまして、一斉に作業員やバイト仲間は、お弁当を食べたり、インスタンラーメンを鍋で煮たりして食べるのでございます・・。
もちろん、当時はコンビニや、お湯を注ぐだけのカップ麺なんてものはありませんから、家から夜食のインスタントラーメンや弁当を持ってくるしかないワケです・・。
私は当然、喰い盛りの時代ですから、弁当を母親に作ってもらったり、ハムカツパンや焼きソバパンを買って来て、ガッツリとべておりました・・。
σ(~~~、)ムシャ ムシャ
ある時、初めてバイトに来た、見るからに貧乏そうな、コデブの大学生が、弁当を持って来ませんでした・・。
これを見た従業員のオジサンが、学生さんも腹が減っては仕事も辛いだろうと、「サッポロ一番」を二袋くれました・・。
M菱重工の社員は、社員食堂で食べていたと思いますが、我々や下請けの社員は、大きな工場の一角にある下請け業者用の休憩所で夜食を食べるのでございます・・。
休憩所の中のガスコンロで鍋を借りて、その貧乏学生はラーメンを二袋入れまして、ラーメンが煮えるのを待っておりました・・。
さすがにラーメン二袋分を入れるドンブリなんてありませんから、鍋ごと食べるワケでございます・・。
やっと出来たラーメンを、我々が食べている外のベンチまで鍋の取っ手に箸を引っ掛けて、ゆっくりとこぼさないようにフラフラしながらやって来たのでございます・・。
我々が食べていたベンチまで、後3メートルのところで、箸で支えていたラーメン2食分の鍋が、カタッと動きました・・。
グラリ、ガチャーン・・・アッチチチィ・・( ^-)_旦~~
( ◎ )_◇~~ ( T-)_皿__
チマッタコボシチャッタ・・・
そうなんです、後チョットのところで、哀れにも2食分のラーメンの鍋は落下してしまいまして、鉄粉が混じる土の上に全~部ぶちまけてしまったのでございます・・。w
その瞬間の貧乏学生さんの顔が、今でも覚えております・・。w
それ以来、「サッポロ一番」を食べる度に何故かその出来事を毎回思い出すのでございます・・。w
ドジな貧乏学生さんは、もうラーメンの予備をくれる人もいませんで、その日は結局、何も食べずに朝までバイトをしていました・・。w
私も、偶に横着して、箸2本を使って、オーブンからグラタン皿を出すことがありますが、こぼしたことは無いでござすなぁ・・?w
「サッポロ一番」を食べる度に、あの貧乏学生さんは、今どうしているかなぁ?当時からすっげぇドジだったし、ドンクサイ奴だったから、あんまり出世なんかしてねぇんだろうなぁ・・?w
その本人よりも、私の方が多分、こぼしたラーメンを思い出すことが多いのではないでしょうか・・?w
