風に吹かれて ~いつか どこかで~

徒然なるままにと気取って始めた 母の介護・趣味の工作・覚書に日々雑感
自己満足だけど書くと楽になることもある

愕然。。。

2015年12月16日 | 何となくひとり言
今日 転院後の検査結果を医者から聞いた 肺の状態がかなり悪いようだ

「年内越せるかどうか微妙なところ」との医者の言葉

転院から一週間 母の状態を見てて私は諦めてしまったのだろうか?

病院に一人寝かせているのが不憫で仕方なかった

一人で自分だけの食事を作るのが哀しくて仕方なかった

どうしても家に連れて帰ってやりたかった

それがどうしたのだろう?

「家に連れ帰るのは無理な状況でしょうか?」と何故聞かなかったのか?

「1日でも長く 年を越せるように 一生懸命通います」としか言ってない

母のいない家に慣れてきている・・・

そんな自分に気づいて愕然としてしまった。。。
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ちょっと一息つきました

2015年12月14日 | 何となくひとり言
母の介護から入院 そして転院 一生懸命やっているつもりなんだけど悔いることばかり

そんな一人合点な状態の中で 誕生日前後の入院に 温かい言葉をたくさんいただいた 

訳の分からない相談に応えてくれた お見舞いに駆けつけてくれた LINEでFBで励ましてくれた 

何かと声を掛けてくれる たくさんの方の優しさに改めて気づかされました ありがたいことです

何度も何度も「自分も大切に」「自分を労わって」という言葉と好意に感謝です

頭を上げて 前を向かなくっちゃ!


先日 お心遣いのいただきものをした 

京都から(東京の友人からだけど)鍋うどんが 九州からラーメンが



母の状態が落ち着いていてホッとした夜に 
久しぶりのビールと共に『うどん鍋』をいただいた 
いいお出汁で美味しかった~

    

今日は こちらのゆず鍋 九条ネギがたっぷりでゆずを絞って・・・
さみしくて 寒い部屋だけど温まりました~ 

   




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無事に転院

2015年12月09日 | 明るい介護生活
「転院の準備を」と連絡があってから あれよあれよと云う間に9日に決まって

気持ちの動揺はあったものの『回復して自宅に帰る』ことが難しいなら

流れに任せようと粛々と手続きを進めた

昨日8日には 一応 母に「明日 新しい病院に移るよ」と話して聞かせた

今日は穏やかな好天に恵まれて いつも眠っている状態の母が目を開け

不安なのか喜んでいるのか意思表示の内容は分からないけど 反応を示した

看護師さんも気さくでテキパキしていて 広い病室で お医者さんもはっきりと話してくれて 

土地勘のない場所で 知らない病院で不安で心細かったけど良い転院になったと明るい気持ちになった

帰る時 母の顔に西日が入って眩しそうなのが気に掛り・・・

何とか顔に当たる陽を遮ろうとしたけど 向こうのカーテンを全部引かなきゃならなくて

看護師さんに言えばよかったんだろうけど・・・ はぁ。。。

今振り返ると天気が良かったのとなんとなく事が少し進んだ気がして気分がハイになってた


面談の時に渡された書類に目を通して 造影剤やMRIの検査承諾書は「やりたくない」と

断るつもりでサインをしなかったのに 入院の手続きの流れの中で

看護師さんに「特にしないと思いますけど 一応署名しておいてください」と言われサインしてしまった

その後 医者からの話の中で「急にしゃべれなくなったのは脳梗塞かも」でMRI検査

中心静脈カテーテルも「2ヶ月になるなら感染の危険もあるから」差し替える などなど

そして年内もつかどうか 会わせたい親戚がいれば早めに云々。。。

覚悟はしているつもりでその時はお任せすると話して来たけど


家に帰って冷静に母のことを考えた 

いつもと違う場所にいるのは分かっているだろうし 広い静かな病室で

一人置き去りにされた気持ちになっていないだろうか?

MRIは動かないように眠らせる薬を使って 出来れば今日中にすると言っていた

体力の落ちているところに今日は車で移動し 緊張していたのかいつものように眠らずに目を開け 

こちらに反応していて疲れて不安でいるだろうに 眠らせる薬を使ってのMRI検査を承諾して良かったのかな?

結局 病院はベッドは空けておけないし 入ってくれば検査・検査で稼ぎたいのだろう

「年内持つかどうかは分からないよ」と家族にはインフォームドコンセントしてある

医者として嘘でも間違いでもないだろうけど 若い人の命を助ける治療とは違うからね 高齢者の入院は

特に本人は何も訴えられない状態なんだし・・・

入院となったら検査したがるだろうなとは思っていたけど

かと言って入院させた以上医者の方針に否やを唱えられず・・・


今回 転院の話からなんだか病院ごっこをしている気がしていた

母に取ってどうしたらいいのか?母の気持ちに寄り添うことが大事なんだと思っていながら

いつも後になってから気づく 考えが足りないよなぁ~

風前の灯火と云えども人の命なんだよね 胸が痛くなる。。。

命を預けるのに 現在の介護制度 医療制度 親の最後の時間 看取り方 何が正しいのか・・・。

明日 早目に行ってあげよう そして手を握っていよう ママチャリで6Km がんばるぞ! 




写真は家でのティッシュ遊びの結果
「まったく~」と叱っていたけど 今となっては。。。



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いろいろとありますね・・・

2015年12月06日 | 明るい介護生活
12月に入って病院の相談員さんから「転院の準備をする」とTELがあった

先生から「自宅での養生は無理な状態」と聞いてから

このまま病院で「看取ることになるのか」と思っていたから『転院』の話にびっくり

考えてみれば入院から2ヶ月が過ぎ 同室の患者のメンツは2回転ぐらいしている

年明けには3ヶ月になるから病院も変えなければならないのかな?とも思っていたけど・・・。


転院先の病院とは事前に家族の面談が必要とのことで連絡を取るようにと3日に連絡があった

年末年始に土地勘のない見ず知らずの病院で母を一人寝かせることになるのか・・・


長男の都合と合わせて5日の午後に面談の予定を組む 紹介された病院はかなり遠くなる

今までのように毎日通うのはツラくなるなぁ~

3日に病院に行った帰りに紹介された病院まで自転車で行ってみた

今の病院から自転車で約40分 家からだと1時間くらいかかるかも・・・。

しかも栗六陸橋を自転車で超えるのがきつい

一応 転院の話があった翌日には いくつか候補があった方が良いだろうと

今の病院の目と鼻の先に10月にオープンしたばかりの病院に転院・入院についての話を聞き

紹介先の病院を見た帰りに竹ノ塚にある病院にも話を聞きに行った

う~ん さすがにオープンしたての病院はきれいだけど どこの病院もなんだか暗いなぁ~と不安

「今の病院で良かったのか?」とか「扱いが雑なんじゃないか?」とか不満を持っていたけど

看護師さんが細目に見に来てくれているし 病院が狭い分人の声がいつも聞こえて安心感がある

慣れもあるのかもしれないけど 在宅の医者にケンカ腰で苦し紛れに選んだ割には良いチョイスだったと思える

やっぱりおかあちゃん運が強い!

翌4日 病院には「せめて年明けまで慣れた病院で過ごせないか?検討してほしい」と依頼しつつ

5日に長男と紹介先の病院で看護師長と面談 こちらは療養型の医療施設で6ヶ月ほどの長期入院が可能

今の病院は1ヶ月ほどで転院になるから2ヶ月を超えているのは異例らしい
(母の入院後2週間ほどで私が入院してしまったから今まで転院の話が出なかったのか?)

高齢ゆえ急変もありうるし 危篤で呼び出して遠いところを駆けつけても持ち直す場合もある等々 

色々と話しを聞き 今ならベッドが空いているという病室を見せてもらった
 
そうなのだ 転院先があってもベッドが空いてなければ転院できない

現在の状況から言って転院は来週12/7~11の間となるらしい 急な話だ

とは言っても母の状態によっては動かせない場合もあるし それは医者の判断となる

とりあえず「年内は・・・」と依頼している件も含め7日(月)に相談員と話をしてからのことになる


母の状態はこの2~3日 見るところあまり良くなくて3日、4日と熱を出し 

5日の面談後に見舞うと熱っぽい赤い顔で息苦しそうに声を出して両手を動かしている

安心させるため何かと母に声を掛け 熱と酸素量を測りに来た看護師さんに「熱は何度ですか?」

「(酸素量の機械を覗き込み)エラーですか?」と聞いたら「いちいち心配されるの勘弁してよ!」と怒られてしまった

毎日悲痛な顔をして母に寄り添っている家族は看護している看護師さんにとっては迷惑だよナァーとも思う

皆さんの看護には感謝してますが 母の容態が知りたい気持ちも察してください

その後 ネプライザーの効果か喉がゴロゴロして来た 看護師さんに痰を取ってもらい落ち着いたのを見てから帰りたいと思ったけど

《怒られちゃった後だしなー でもそんなことで遠慮するのもなー》の葛藤の後 

痰取りをお願いして「痰取るのも辛いから可哀想なんだよね」と言う看護師の言葉を聞き 寝息を確認して帰って来た

そして今日 6日の日曜 午前中は洗剤を買いに自転車を走らせ 病院から持ち帰った洗濯物を洗濯して

転院先から貰った入院に関する書類を見て準備するものをリストアップして 自分の入院の保険請求手続きの書類を読み

何となく病院へ行きづらいな~と思いつつも3時ちょい前に病院へ 

母は珍しくスヤスヤと気持ち良さそうな寝息をたてぐっすりと眠っている

こんな時は長居して刺激するよりも静かに寝かせておこうと 少しばかり腕をさすり手を握り

30分ほどで病院を後にした


夕方 久しぶりに時間に余裕が出来たので早めに夕食の支度
鶏手羽元と大根の煮物を時間を掛けてしっかりと煮てトロトロに
賞味期限の近づいた豆腐を使いたくてほうれん草の白和えに(豆腐の水切り失敗
イカ刺しと惣菜の大学芋 一人めしにはちょい贅沢な夕食になった



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まだ整理がつかない。。。

2015年12月03日 | 明るい介護生活
母の入院について同じようなことを続けて書いてしまった・・・

今日は最近の母の入院の状態を書きたかったのに

病院がね 結構 雑な扱いしてるよなーと感じることが多くて・・・

昨日も今日も 看護師さんが使うゴムの手袋(どうせウチが買ってる消耗品だからね)をして

母の口に手を突っ込んで 干からびて喉にへばりついた痰を剥がしてあげた

今日はそれを看護師さんに告げて 一緒にやってもらい 鼻からだけでなく喉から痰を取ってもらったら

母の口元がほころんだ 嬉しかったのかなぁ? 

そんな笑顔?を見て私は嬉しくて嬉しくて涙が出ちゃったよ


痰取りの管で傷がついちゃって出血したり 口も舌も乾いてひび割れて出血したりしてるのを見ると

可哀想で・・・ しかもそれを訴えることが出来ないでいるから それが干からびて喉に張り付いてたら

私が出来るならやっちゃえと思って処置らしきことやってる 


私が入院中 「家族洗濯」が難しいから病院に頼んでいるのに 替えのミトンまで買わされたのに 

苦しくて噛んだのか血が付いて汚れたミトンのままだったし 洗濯って言ったって

1週間に1度 水曜のお風呂の時にタオルと下着しか洗濯しないのに1か月5000円だって!

先日は鼻から酸素を入れている管がかなり汚れてて看護師さんに言って替えてもらった

言わなきゃ分からないのかよ~ 見たら汚れてるじゃん・・・。病院なのに不潔だよなぁ~

私が入院している間に左足の踵 しかも裏・表に床ずれが出来てた 手当しているのか? 

11/13と日付の書かれたシールが貼られていて ここって感じでマジックでマークされてた

先週の水曜日「熱があったらお風呂には入れない」と言いながら

脇の下で8度 計りなおした背中で7度「いいよ 大丈夫!入れちゃおう!」と

ベテラン看護師さんの号令であれよあれよという間にお風呂へ

いろいろと指示書が出てたからシールの張り替えとかお風呂に入れた方がいいのかな?と懸念しつつも・・・

お風呂後 ぐったりして眠り続ける母に「熱を出すなよー」と言うのが精いっぱい

その前は「肌着は必ず」って注意書きしてるのに着せ忘れられていたし・・・。

そして今日もお風呂の日 今日はちゃんと下着を着ていたけど何故か前が全開

ボタンじゃなくてボタン型のマジックテープなのに何故留めてくれない?

なんだか風呂に入れて 体力落として風邪でもひかせちゃえって処置?って思う。。。

踵の床ずれが痛そうなので足の枕用にフリースのひざ掛けを小さいロールに家で作って来て

左足にかませ 右足には床ずれが起きないようにバスタオルを畳んだものを置いておいた

それが今日は なんだかデッカイ枕の上に両足がデーンと乗せられている

これじゃ足が辛いよなぁ~ 親切なんだか 雑なんだか・・・。

で バスタオルの方はあるもののフリースの方がなくなっている

探してもらったらリネンの中に紛れ込んでいたらしい やっぱり仕事が雑なんだよな!

今の病院は看護師やお手伝いの方々は明るく挨拶はするし 見舞い客にはすぐ椅子を持ってきてくれるけど

それは見せ掛けの態度?っていうか 営業スマイル?的に感じてしょうがない。。。

だって同室の患者に声を掛けてるのだって私がいるから意識してるのかな?って感じ

それが証拠に ウチの向かいのベッドの人に「マエダさ~ん」って声掛けちゃってるの1度だけじゃない(笑)

5000円もしたミトンに堂々とマジックで名前 田んぼの田で書いちゃってるし(返品だよなー!)

医療関係で名前間違っちゃいかんでしょうが!


乾燥しているから母の体は紙みたいにパリパリしているのに気づき

慌てて保湿乳液を買いに走ったのはいつだったろうか? 

それからは毎日持参し腕や足にすり込んでいる 口から水分が取れない分せめて皮膚だけでもと願い

今日は手も足も冷たくなってて 何度すり込んでも温まらなかった・・・

ホッカイロを買いに走ろうと思ったけど そこはまではと止めておいた

布団の下に掛けている2枚のフリースで肩と手や足を包み込み

しっかりと布団を掛け 窓が閉まっているのを確認してカーテンを引き

夕方のネプライザーを終え 少し手が温まっているのを確認してミトンをして

寝息を立てているのを聞いて「また 明日来るからね 頑張ってくれよ」と声を掛けて出てきた


先日 再度 現在の状況の説明を求めたが 先生と会って説明を受けるのではなくTELがあり

「まだ自宅で看たいの?24時間看護師がついてる訳じゃないんだから 私だって出来ないわ」って

夢も希望もないことを言う 医者としてどう患者に向き合っているのだろうか?

そのくせ昨日は病院の相談員から「(長く置いておけないので)転院先に打診する」と言ってきた

病院の90日ルールとやらなら年末年始はどうなるか?と思っていたら 早めによその病院へか・・・

こうなりゃ 緩和ケア目的ではなく 回復目指す病院へ転院させてくれ!

他の病院の候補も探しておかなきゃ・・・ でも難しいよな~ 


入院させたのは肺炎の状態を改善して退院し 自宅で介護を続けるためだ

私が今 毎日病院へ行っているのは 以前のようにはならないんだという現実を理解するためなのかもしれない

それは認めたくなくて辛くて苦しいんだけど・・・

母のことを聞かれ「入院しちゃったんだ」と答える時 どうしても涙が出てしまう

食事の支度をする時 母の為に台所に立っていたのにと思うと食べられなくなった母が不憫で涙が出る

この前は病院に行く時から 病室にいる間中スイッチが入っちゃって涙が止まらなかった

ちょうどケアマネさんが様子を見に来て 目と鼻を真っ赤にして涙が止まらない私を見て

「充分面倒みたんだから」と慌てて帰って行ったっけ

私が毎日母の病院に行くのも こうしてゴタゴタと書いているのも私自身のリハビリです






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