お仕事、オツカレサマです。

2005-11-20 22:11:54 | 日記・エッセイ・コラム
既に異動願いは出しているが、放置されている状態が二年以上。
もうそろそろ異動させてもらえないかなぁ~。
最近、頻繁にそう思う。

妻を失った当初は、何も考えられなかった。
だから、「今まで通り仕事を続ける」ことに集中した。
当時はそれで良かったのだと思う。

色々と「死別関連」の本を読んだ。
そこには「死別当初は急激な環境の変化は避けるべき」とあった。
なるほど、そうか。

あれから三年_____________。
三回目の命日が過ぎ、そろそろ「死別当初」からの脱却か?と考えている。
仕事については、「第一線を退くスポーツ選手」といった気分だ。
岐路に立っていることは確かなようだ。
せめて進むべき方向は決めないと、自分としても……。
来春までには部署を変えて、再スタートができるようにしたい。

こんな風に考えられるまでに自分が回復してきているんだなぁ。
他人様から見れば、「そろそろいいんじゃないの?」「もういいでしょ~」
ってな感じなんだろうね。
が、しかし当の本人からすれば、未だに精神状態は大波小波に漂う小船だ。
心の中が、大荒れの時もあれば凪(なぎ)の時もある。
いつになったら、穏やかに緩やかになるんだろう。
でも、当時よりはそうなりつつある。それは実感できる。


週末、シングル・パパはパンを焼く

2005-11-20 00:09:53 | 日記・エッセイ・コラム
突如、めいっこ(中1)が我が家へ遊びに来た。
娘(小3)はイッキにハイ・テンション(笑)。本日はお泊りに決定。

明日の朝は、子供達のためにパンを焼こうと思う。
といっても、大げさなものではない。
誰でも簡単に焼けるアレです(笑)。
まぁ、そんなパンでも喜んでくれるから、毎週のようにパンを焼いている。
最初はいろいろ試したけど、最終的には基本的なものが一番美味しい。

私の友人(悪友だ~)Mは、イチゴ栽培をしている。
ここ数年、毎年のように娘を連れて「出荷後のハウス」へお邪魔して……
イチゴの摘み放題&食べ放題を満喫させてもらっている。

出荷後なので「売っているような美人イチゴ」はないが、それでも山ほどお土産を採って帰宅。
ジュースにもするが、やはりイチゴジャムを作る。
このジャムが美味い。果肉が残っていてイチゴの食感が味わえる。
このジャムが、焼きたてのパンに合うのだよ~。

パン焼き機は、生前妻が欲しがっていたものだ。
通販○活のカタログを見ながら「そろそろ買おうよ」なんて話をしていたっけ。
もう少し早く購入していたらと思うと、何だかやるせない。
だから機械を購入し最初に焼いたパンは、私の味見後真っ先に仏壇にお供えした。


ハイ・テンションで遅くまで起きていた娘とめいっこも、今は寝息が聞こえる。
明日の朝は、少し遅めの朝食。
せめて8時半までには起きておくれ~~
________ 朝食係パパより(笑)


娘の持久走大会

2005-11-19 00:29:13 | 日記・エッセイ・コラム
結果は、女子で19位。おぉ~!凄い凄い!
完全に親バカですね(笑)。
出走者は30人以下。
これでも昨年より順位は上がってますぞ。

娘は小学3年生。「ちびまるこちゃん」と同じ学年。
その行動を見ているだけで、面白い。
どこで憶えたのか意味不明な言葉や、突拍子もない行動としぐさ。
今日はとても頑張ったとみえて、お風呂から出たら即ダウン。
熟睡モード。 (-_-)zzz

毎日毎日、娘から生きるパワーをもらっているようだ。
ありがとう。
それから、持久走大会よく頑張ったね。
今日はパパが出張だったから、明日はお祝いに外食しよう(笑)。
かっ○寿司が好物の娘は、明日もきっと元気イッパイだろう。


ある心臓外科医のお話

2005-11-17 22:57:14 | 日記・エッセイ・コラム
我が家のばばちゃん(実母)は、通っている近所の内科で「心音に雑音あり」と言われた。
そこで、あるH総合病院で検査をすることに。
その検査日は、私の妻の三度目の命日。さらに、妻と同じ心臓関係とは……。

結果は問題なしであった。
が、その診察をしてくれたのがあの先生だった。
そう、妻が救急車で運ばれたときに処置をしてくださった長○川先生。
妻が運ばれた病院は、G大学付属病院。今回ばばちゃんが検査に行った病院とは違う。
なんという偶然。

 そうだ、思い出してきたぞ。
 私がG大付属病院へ駆けつけたとき、妻の周りには沢山の「お医者さんのタマゴ」。
 結果は、助からなかった……。
 その後の先生の対応は、とてもきちんとしていて冷静。それでいて事務的ではない。
 死亡診断書(だっけ?)をもらいに行ったときも、同様の対応。
 今思うと、遺族への配慮がなされていたと思う。感謝。

ばばちゃんが、妻の命日の事(=検査&診察の日)と妻の名前を話すと、憶えていたそうだ。
当時4歳だった娘のことがずっと気になっていたとのこと。
元気ですと伝えると、安堵の表情で「そうですか」と答えたそうだ。
もうそれだけで、ばばちゃんは涙ボロボロ。

偶然というのか、それとも因縁なのか。
妻の命日に起こった不思議な出来事だ。

私と同じ死別の体験をされた方で、医療関係者への強烈な批判をされる方は少なくない。
きっと、病院等で辛い経験をされたのだろう。
その点、私は幸いにもとても良い方々に恵まれていたようだ。
前出の長○川先生のような医療関係者が増える事を希望します。

さて、あのときの「お医者さんのタマゴ」達よ。
君達は、今何処でどんなお医者さんになっていますか?


マボロシ

2005-11-16 22:01:30 | 日記・エッセイ・コラム
それは、ほぼ毎朝。

出勤途中、対向車の女性ドライバーの顔が「亡き妻」に見えるのです。

特定のドライバーではありませんが、はっきりと……。

とは言え、運転中なので凝視する訳にも行かず。他人の空似、か。

最初はドキドキしたけど、今じゃ慣れっこ。

私が変なのか、本当に似ているのかは、定かではありません。

多分前者でしょう(笑)。


この3年間で妻が夢に出てきたのは一度だけ。

どんな夢だったかは、忘れました。


明日の朝も会えるかな?