内田康夫:中央構造帯。
戦後について短く触れているので。
戦後、「東京裁判」に象徴されるように・・・。東条英機元総理大臣をはじめとするA級戦犯七名は絞首刑に処せられた。
・・・多くの戦争犯罪が日本軍の侵攻先の、たとえばマレー半島やフィリピンなどで軍事裁判にかけられ、
山下奉文大将などのように現地で処刑されたケースも数多い。
・・・敗戦の責任を取って自決した軍人も多い。陸軍大臣阿南惟幾大将の割腹自殺は
あまりにも有名だが、・・・。
戦後、進駐軍の手で裁かれるのを潔しとしないで自殺した近衛文麿元総理大臣のような人もいる。
その一方で、戦犯として投獄されながら生きながらえ、後に政界や財界にカムバックした人々も多い。
総理大臣になった岸信介などはその代表的な人物だ。
軍備や戦争の放棄をうたった平和憲法の下で、
アメリカ主導とはいえ、日本の再軍備を推し進めたのは、かつて日本をミスリードした
その人たちであることを思うと、事の善悪はともかく、なんとも割り切れないものがある。
お咎めなしとして釈放された「戦犯」がどのくらいいて、その後誰がどのようになったか分からない。
が、作者はここで戦後の政治体制を「批判」している。
少なくとも戦時中、東条内閣の閣僚として名を連ね戦時遂行した責は、
「裁判」と言う形で問われないにしても自らを省みる。
戦後政治にかかわらないという考えは持てなかったのだろうか。
安倍晋三氏の祖父である。