リコーR10で雨の夜に撮った一枚。
もうゴソゴソで写りとしては最悪だが写真としては返ってそれ
が雰囲気になって成功している。
これでいいのだ。
何が何でもキッチリと写っていなければならないという法はな
いのだから。
斜めだろうが日の丸だろうがピンボケだろうが写真として成り
立っていれば良いのだ。
肝心なのは何を表現したいかであって極彩色ばかり追及する今
のデジタル写真には辟易する。
昔の写真の仲間にいわゆる「写真クラブ」に入っている者がい
た。
月例会と称して毎月一回皆「会心の一枚」を持ってきて「先生」
と呼ばれるただの爺様が講釈をたれる。
その彼が持ってきた写真はのどかな山里のよくあるカレンダー
写真だったのだそうだが、四つ切プリント画面の隅に農道を走
る軽トラが写っていたのだ。
その先生とやら曰く「これがなかったら良かったのにね~」だ
とさ。
よくある田園風景や山里なんかの写真に軽トラが写っているの
が何が悪いのか。
当たり前の風景で、むしろ車一台猫一匹人一人写っていない方
がおかしいんじゃないのか?
そんなところで阿呆な談義をしているから写真は上手くならな
いし、皆おんなじものを撮って喜ぶという変な世界になる。
基本的な形や技法はあるけれどその形にはめようとばかりして
いるから上手くならない。
それらを踏まえたうえで自由に撮れば良いのである。
写りに関する法則はあるけれど構図に関する法則などあってな
いようなものである。
それはそこからは「自由」であるからだ。