昨日の化城諭品第七で私は、今日、4月8日のお釈迦さまの御誕生日に関連して、お釈迦さまがお生まれになった時、お釈迦さまはすぐに自分で歩き出し、七歩を歩んだという伝説は六道を六歩と見なすことで、最後の七歩目は声聞界のことだという、つい先日、菩提寺住職さんからお聞きした話をそのまま書き記しました。
そして、釈迦はその声聞界の弟子たちと修行の人生を過ごし、自らも佛道を達成したのだと私はお話ししました。
ところで、昨日の化城諭品は第七であって、この七歩目に当たるのかというお話をしてみましょう。
まず、お釈迦さまは4月8日のお生まれで、その日付の8に対し7歩とはどういう数値の関係にあるでしょうか?
私が考えますに、8日にお生まれになったお釈迦さまにとって最初に歩いた7歩という意味は、お釈迦さまの過去前世の7歩だったのではないかということです。
私の発想では、つまり、お釈迦さまはすでに過去の前世までに於て、地獄界から声聞界までの七つの世界をすでに歩まれていた、つまりその7つの世界の業を持っておられたのではないかと思うのです。
それを、8日にお生まれになった釈迦は、先ず過去に7歩歩まれた因果、即ち過去の結果をそのまま示されたのは、過去7歩の因果を持って、次なる8日に生れて来たということになるのではないかということです。
それは過去7歩の因果を新たにもう1歩進めた8日から因果改善を開始するというふうに考えてみてはどうでしょう。
そうしますと、釈迦は過去に声聞界までの7つの世界での結果を持って、生まれるなり過去から因縁の続く声聞界の声聞たちをそのまま引き連れながら修行をしたということになるのではないでしょうか?
その段階では釈迦は今回生まれ持っての第八世界目の縁覚・辟支佛界に自ら共に弟子の声聞たちを修行させたのではないかということです。
その縁覚・辟支佛というのはこの法華経の中ではどういうわけかほとんど詳しくは触れられておらず、この前にも少しお話ししましたが、縁覚・辟支佛とは中間の佛なのではないかということで、これが佛陀の修行に近い世界なのではないかということなのです。
そして、今回第八の五百弟子受記品は富楼那という修行の一番進んだ代表を紹介し、将来の模範的な僧侶像を示唆しているようにも思えるのです。
つまり、この第八ではそれ以前の化城での慣らし修行を一通り卒業し、それを過ぎた以降の将来のがっちりした基本の佛法を定着させるため全国各地へ普及を図らせる実践的な僧侶組織による寺院計画を開始出した品ではないかと思えてくるのです。
つまり、全国への佛法の組織作りこそ縁覚、つまり良き縁を開発する先覚者、或いは架空で理想的な辟支佛のイメージがそのまま佛陀という実在する実践型の組織リーダーとして直に弟子組織運営で活躍するというふうに考えられます。
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そして、釈迦はその声聞界の弟子たちと修行の人生を過ごし、自らも佛道を達成したのだと私はお話ししました。
ところで、昨日の化城諭品は第七であって、この七歩目に当たるのかというお話をしてみましょう。
まず、お釈迦さまは4月8日のお生まれで、その日付の8に対し7歩とはどういう数値の関係にあるでしょうか?
私が考えますに、8日にお生まれになったお釈迦さまにとって最初に歩いた7歩という意味は、お釈迦さまの過去前世の7歩だったのではないかということです。
私の発想では、つまり、お釈迦さまはすでに過去の前世までに於て、地獄界から声聞界までの七つの世界をすでに歩まれていた、つまりその7つの世界の業を持っておられたのではないかと思うのです。
それを、8日にお生まれになった釈迦は、先ず過去に7歩歩まれた因果、即ち過去の結果をそのまま示されたのは、過去7歩の因果を持って、次なる8日に生れて来たということになるのではないかということです。
それは過去7歩の因果を新たにもう1歩進めた8日から因果改善を開始するというふうに考えてみてはどうでしょう。
そうしますと、釈迦は過去に声聞界までの7つの世界での結果を持って、生まれるなり過去から因縁の続く声聞界の声聞たちをそのまま引き連れながら修行をしたということになるのではないでしょうか?
その段階では釈迦は今回生まれ持っての第八世界目の縁覚・辟支佛界に自ら共に弟子の声聞たちを修行させたのではないかということです。
その縁覚・辟支佛というのはこの法華経の中ではどういうわけかほとんど詳しくは触れられておらず、この前にも少しお話ししましたが、縁覚・辟支佛とは中間の佛なのではないかということで、これが佛陀の修行に近い世界なのではないかということなのです。
そして、今回第八の五百弟子受記品は富楼那という修行の一番進んだ代表を紹介し、将来の模範的な僧侶像を示唆しているようにも思えるのです。
つまり、この第八ではそれ以前の化城での慣らし修行を一通り卒業し、それを過ぎた以降の将来のがっちりした基本の佛法を定着させるため全国各地へ普及を図らせる実践的な僧侶組織による寺院計画を開始出した品ではないかと思えてくるのです。
つまり、全国への佛法の組織作りこそ縁覚、つまり良き縁を開発する先覚者、或いは架空で理想的な辟支佛のイメージがそのまま佛陀という実在する実践型の組織リーダーとして直に弟子組織運営で活躍するというふうに考えられます。
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