MailING!日月説法日誌

一生の宝物「法華経」の宝島の世界へあなたをエスコート
仏教経典の中の王様「法華経全28品」の完全解読に大チャレンジ!

自分の道は自分で切り開け

2011年03月30日 10時18分50秒 | まちづくり
自分で道を切り開くにはあれこれ必要以上に手間がかかるものだ
断然、他人にも遅れてしまう
自分の道なんだから全く他人の力は当てにならない
とにかく多くの時間掛けてでも自分で開拓していく以外ない
自分の道なんだから、ある意味では気軽に一つ一つコツコツ進んで行く煩わしささえクリアすれば案外気楽で楽な道なのかもしれない
でも「楽」と「楽しい」は微妙に違う
自分の場合、楽なものは楽しくないし、楽しいものこそ楽ではないようだ
自分で道を開拓するってことはよっぽど変わった人生を好む者でなければ出来ないと思う
所詮、変わった人生を選んだんだからコツコツ人生になってしまったのだ
自分はコツコツが好きなわけではない
でもしょうがない、好きなことには嫌なことがつき物と割り切るしかない
楽しくないけど楽だと思えばやり続けることができるのではないだろうか

失われた33年

2011年03月28日 15時11分30秒 | 生活・文化
今から33年前、私は15歳だった。
その後、私は高校進学した後、わからない社会へと没入していく。
そんな中、私は将来の仕事を漠然と建築と決めた。
何もかも漠然とその後、建築の学校に進み、建築士事務所に勤務することになった。
その後、建築関連の職場を転々とするようになった。
どこへ行っても社会とかみ合わない不自由さを感じながら、とりあえず建築士の資格を取り独立した。
その後も私の社会への疑問は終わらなかった。
何も社会との関わり合いがもてないままに今まで33年が過ぎていた。
私の人生で15歳の頃までが順調といえる時期だった。
その後の世の中の急変は何が原因しているのだろう?
私は激変な時代に建築を選んでいた。
その建築が今までの激変の33年を物語っている。

情報とは勝ち取るもの

2011年03月24日 21時58分42秒 | 生活・文化
むやみに流れてくるだけの情報には価値がありません。
情報は本来勝ち取ってもらいたがっているのです。
勝ち取った者にこそ価値のある情報が届くのです。
情報は生きているのです。強い生命力へなびくものです。
価値ある情報を得るには強い受け皿を作る必要があります。
情報は公共性から民営化へ、どんどん個性化しているのです。

情報化がもたらすもの

2011年03月23日 17時58分43秒 | 生活・文化
情報化が盛んになって、人と人とのつながりは濃くなったのでしょうか?
いろんな人とめぐり合える半面、古くからつながりある人々とはだんだん距離が遠くなっていってしまっているのではないでしょうか。
情報化がもたらすものは自立なのでしょうか、それとも大群とともに流れることなのでしょうか。
大群とともに流れることが楽しいですか?そんなはずはありません。
しかし、情報化が進むと大方の人間は同じ体制に流されることになるでしょう。
その大きな体制が滅ぶ時、情報化社会は終わりを告げるかもしれません。
その後は情報を必要としない、若しくは断ち切られた社会が到来するでしょう。
つまり言いなり、または命令の社会です。

今の私たちは情報に対する理由を必要としています。
鵜呑みに情報の全てを信じて行動することは情報化社会の意味をもちません。
情報が単に記号化された時、情報化社会は終わるでしょう。
今の私たちに残された自由は「疑う」ということでしょう。
意味のない情報とは戦っていかなければなりません。
今の情報は「技術」を渡って来ます。
「技術」とは戦っていかなければならない現実です。

情報化と建築

2011年03月22日 11時28分49秒 | 建築デザイナー
情報化が進むということはどういうことでしょうか?
人は誰もが真実を知りたがるものです。
しかし、真実を知った頃にはその真実がまかり通らない今の現実を知るのです。
そこで、自身で真実の通り実行するより、真実を有能な人物に任せてついていこうとなるわけです。
つまり、情報化と有能な人物とはアンバランスな関係にあるように思います。

生活の基本原則「衣・食・住」の中で情報化に最も関わりの深いものはどれでしょう?
私は「住」、つまり建築だと思います。
なぜならば、情報化とは個々の人間の真実への暮らしを追求させるものだからです。
「衣・食・住」の中で「住」が最も個々の人間のプライベート性を求める生活習性だと思いますし、独立心を喚起させるものです。
情報のない状況での生活は一つの地域に有能な人材を中心に集落を築き、共同な助け合いによる集団的生活習慣が根付いています。
情報化がもたらすものは、個性に応じた個々の生活への欲求であり、集落を離れ新天地への人々の移動の始まりです。
つまり、新たな開拓地の整備・開発が盛んになっていくことによる、情報化=都市化となるのです。

都市化は即ち、定まった有能な人物を必要とせず、自らのことは自らに役立つ情報を取り入れて、情報を自らの生活の糧として暮らすことです。
有能な人物から離別する、それが建築なのであり、情報化がもたらすものです。

今、国の政治がままならぬと批判する人は大勢います。
しかし、情報化と政治家とはいつもアンバランスの状態にあるのです。
ある意味では情報化が進むということは大物の政治家の存在は必要ないという根本的な判断にもなるのです。
政治家にとって情報化というものは最も大敵なのでしょう。
情報化の時代には情報基地を役わる役所のほうが政治家よりももてはやされて当然のことです。

建築はもはや、政治家を頼る産業から官庁を中心とする産業へと大きくその根源である振り出しに戻らなければならないのです。
情報化に建築が遅れている昨今の現実は、建築が情報に追いつくことが本当の情報化社会の到来であり、個性化の時代の始まりなのです。