「おはよう、ママ!」と真夏は大きな声で言う。千秋は笑いながら、「おはよう、真夏」と答える。夫は挨拶もせずに、さっそくテーブルについて、朝ご飯のみそ汁をすする。
「今日は幼稚園で、みさこちゃんと遊ぶんだ」と真夏もテーブルにつきながら言った。千秋は、へえ、そう、と言いながら、真夏の小さなお茶碗にご飯をついだ。真夏はうれしそうにご飯をぱくついた。
「みさこちゃん、うんていが上手なんだよ、二段とばし、できるんだよ」
真夏はおしゃべりだ。こっちが何も聞かないのに、ひとりでしゃべっている。夫も千秋もどちらかといえば物静かな方なので、家の中では、真夏だけがにぎやかにしゃべっているという感じだった。
「ほら、ごはんつぶ落としてるわよ」
千秋が注意すると、真夏はこぼしたご飯粒をつまんで口に運びながら、おもしろそうに笑って言った。
「みさこちゃんとうんていで遊ぶんだ。でもうんていやってると、いつもしゅん君が邪魔しにくるんだよ。それでけんかするの」
五歳児とは思えないようなしゃべり方で、真夏はしゅん君とみさこちゃんのけんかを説明し始めた。千秋は困ったように笑いながら、先に食べてから話しなさい、と言った。
食事が終わり、洗顔と歯磨きを終えると、真夏はタンスの前に行って、自分で服を引きずり出し、それを着始めた。何でも自分でやるのが好きな子なのだ。しかし勝手にやらせておくと、いつも自分の好きな服ばかり着るので、千秋が口を出す。
「そっちの緑のにしなさい。そのピンクのはもう暑いでしょ。半袖がいいわ」
「でも、みさこちゃんもピンク着るんだよ」
「みさこちゃんは関係ないでしょ。ほら、袖にフリルがついててかわいいわよ」
真夏は不満そうだったが、結局は千秋のいうことを聞いた。あまり強情は張らない子なのだ。きりのいいところで、親の言うことを素直に聞いてくれる。そこがまたかわいかった。フリル付きのモスグリーンのワンピースを着て、カバンをかけ、帽子をかぶると、真夏は嬉しそうに玄関に走っていった。
「みさこちゃんと遊ぶんだ!」真夏は玄関で足踏みしながら、父を待っていた。
真夏を幼稚園まで送っていくのは、夫の役目だった。
「いってきまーす、ママ!」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
千秋は夫と真夏を送り出すと、ふうとため息をつき、台所に行ってテーブルを片付け始めた。