ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のツイート 05/03

2016-05-05 06:31:09 | ツイッター
お早うございます。主の平和。ヨハネ17章仕上げ。小室直樹『天皇畏るべし~日本の夜明け、天皇は神だった』を読む。雑だけど面白い。成る程、こういう視点もあるのだ。昼寝30分、釣川堤防散策。夜、「駅弁刑事」を見て11時に就寝。5時半起床。血圧(140:74,69)・体調・快調。チュン、チュン。

23Luke Etsuzou Nomahさん、北村 良輔さん、他21人
コメント

久保和男 文屋先生おはようございます。主の平和。

村田 多鶴子 おはようございます~♪
先生ご夫妻が、お守りの内に、穏やかな愉しい時間をお過ごしになられます様にm(__)m

萩野 秀子 おはようございます。チラシ配布です。良き日となりますようにお祈りします。

東山 富昭 こんにちは。私は、仕事はしていないので、連休は関係ありませんが、来週からの生活を、どうするか、悩んでいます。今週も、よろしく、お願いします。

藤木 冨士子 こんばんは。


文屋 善明さんが写真2件を追加しました。
5月3日 5:55 ·
お目覚めの花。「今日は何の休日だったっけ」「え~と、え~と、そうや憲法記念日でんな」「こう、毎日、毎日、憲法、憲法、言う言葉を聞かされていたら、逆に憲法記念日忘れてしまうね」「そうやな、憲法が主張される状況って不幸でんな」。
文屋 善明さんの写真

37藤木 冨士子さん、Luke Etsuzou Nomahさん、他35人


文屋 善明
5月3日 6:24 ·
2016 日々の聖句 05月03日(火)
わたしはあなたの道を教えます、あなたに背いている者に、罪人が御もとに立ち帰るように。(Ps.51:15)
イエスの言葉:時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。(Mk.1:15)
私の黙想:
例によって翻訳の問題。口語訳では「そうすればわたしは、とがを犯した者にあなたの道を教え、罪びとはあなたに帰ってくるでしょう」。フランシスコ会訳は凄い。「わたしは咎ある人々にあなたの道を教え、罪人らをみもとに立ち返らせます」。新改訳は少々穏やか、「私は、そむく者たちに、あなたの道を教えましょう。そうすれば、罪人は、あなたのもとに帰りましょう」。かなり「姿勢」が違う。どの訳が正しいのか、私には分からない。参考に岩波訳では「私は教えましょう。背く者らにあなたの諸々の道を。すると罪人らはあなたに立ち帰りましょう」。新共同訳では「罪人が御もとに立ち帰るように」と言うことが「あなたの道」の内容になっている。岩波訳では「諸々の道」となっている。
こうして並べて見ると、何か牧師の役割というか、伝道する者の姿勢が問われているような気がする。
今日は、「ローズンゲン発足」の記念日、1728年5月3日に当時ドイツに在ったヘルンフート兄弟団で仲間たちの心を1つに繋ぐ「合い言葉」として始まった。まさに「御言葉による兄弟姉妹」である。今年は286年版である。今では時間と場所とを越えて「御言葉」によって繫がる世界の仲間たちである。

24藤木 冨士子さん、Luke Etsuzou Nomahさん、他22人
コメント

播 稔 伝道する者の姿勢、人間だからなー。


文屋 善明
5月3日 6:31 ·
今日の名言:@Maobot4
国家は乱れて、極点に達し、人類は苦しんで極点に達し、社会は暗黒となり極点に達している。救う方法、改造する方法の根本なる方法こそ民衆の大連合である。(毛沢東『体育の研究』)
<一言>それは「今でしょう」。

19藤木 冨士子さん、Luke Etsuzou Nomahさん、他17人


文屋 善明
5月3日 7:59 ·
NHKこころ旅。長野県、松本城から。安曇野、豊科南小学校へのこども病院の横の自転車道路。先ずは蕎麦を食おう。しっぽく蕎麦。旧開智小学校の前を通り、奈良井川沿いに走る。この後、北アルプスの麓、安曇野へ。

17藤木 冨士子さん、Luke Etsuzou Nomahさん、他15人


文屋 善明
5月3日 8:53 ·
歴史的社説!
(社説)個人と国家と憲法と
   歴史の後戻りはさせない(2016年5月3日)
「自由とはいったい何であろうか。一口にいえば自分の良心に従って生きることである」
「私たちはどんな考えを持ってもよい」「どんな会合をやっても、どんな団体をつくっても自由である」
これは、いまの憲法が施行された69年前のきょう、憲法普及会(芦田均会長)が全国の家庭向けに2千万部発行した小冊子「新しい憲法 明るい生活」が説明する「自由」だ。
「長い間私たちには、その自由さえも制限されていた。私たちは何とかしてもっと自由がほしいと願っていた。いまその願いが果(はた)されたのである」。冊子には、戦時下の息苦しさからの解放感に満ちた言葉が並ぶ。
国政の権威は国民に由来し、権力は国民の代表者が行使し、その福利は国民が受け取る――。憲法前文が明記するこの主権在民と代表民主制の原理は、フランス革命など近代の市民革命によって獲得された「人類普遍の原理」だ。
70年近くがたち、新たな社会のしくみは戦後日本に定着した。ただ一方で、国家が個人の自由に枠をはめたり、特定の価値観を押しつけたりしようとする動きがちらつき始めた。
☆改憲のさきがけか
10年前にさかのぼる。憲法と同じ年に施行され、「教育の憲法」と言われた教育基本法が、初めて、そして全文が改正された。「戦後レジームからの脱却」を掲げて政権についたばかりの安倍首相が、最重要課題としていた。
「我が国と郷土を愛する」「公共の精神に基づき、社会の発展に寄与する」。改正法には、個人や他国の尊重に加え、こうした態度を養うという道徳規範が「教育の目標」として列挙された。教育行政と学校現場との関係にかかわる条文も改められ、「個」よりも「公」重視、行政を律する法から国民に指図する法へとその性格が変わった、といわれた。
安倍首相は当時、教育基本法を改正しても「国家管理を強めることにはならない」と国会で答弁していた。ところが、下野をへて政権に復帰した安倍氏は、「改正教育基本法の精神」を前面に掲げ、新たな教育政策を次々と繰り出している。
その最たるものが、教科書検定の新しいルールだ。改正法で新たに盛り込まれた「教育の目標」に照らし「重大な欠陥」があれば不合格にできる。政府見解がある事柄には、それに基づいた記述を求める。高校の教科書に初めて適用された。
今年の検定では、戦後補償や世論が割れる集団的自衛権の行使容認などで、政権の主張が反映された記述になった。
また、文科相による国立大への「国旗・国歌」の要請は、学問の自由や大学の自治にかかわる問題だが、そのきっかけは「教育基本法の方針にのっとって正しく実施されるべきだ」との首相の国会答弁だった。
☆前面にせり出す国家
自民党が12年にまとめた憲法改正草案は、改正教育基本法のめざす方向と一致する。
草案では国家が過剰なまでに前面にせり出す。後退するのは個人の自由や権利だ。
草案前文の憲法制定の目的は「良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため」だ。現憲法の「自由の確保」や「不戦」とは様変わりだ。
また、「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」と規定する。
一方で、国民の自由や権利の行使には「常に公益及び公の秩序に反してはならない」(12条)との枠をはめている。
「憲法は立憲主義だけでなく、国柄をきちんと反映したものにもしたい」(礒崎陽輔前首相補佐官)というのが党の考えだ。だが、たとえどんなに多くの人が「道徳的に正しい」と考える内容であっても、憲法によってすべての国民に強いるべきものではない。
教育現場に詳しい広田照幸・日大教授は、政治の動きを踏まえて警鐘を鳴らす。「『こういう生き方をさせたい』という教育の場での政治的欲望が、こんどは憲法改正を通じて国民全体にふってくるかもしれない」
☆押しつけは筋違い
個人あっての国家か、国家あっての個人か。安倍首相は、自著でこう述べている。
「個人の自由を担保しているのは国家なのである。それらの機能が他国の支配によって停止させられれば、天賦の権利が制限されてしまうのは自明であろう」(『新しい国へ』)
他国の攻撃から国民を守るのは国家の役割だ。かといって権力が理想とする国家像や生き方を、「国柄だから」と主権者に押しつけるのは筋が違う。
それを許してしまえば、「普遍の原理」を社会に根付かせてきた歴史の歩みを、後戻りさせることになる。
文屋 善明さんの写真

36藤木 冨士子さん、播 稔さん、他34人
シェア3件
コメント

文屋 善明 日本の教育、小学校から大学までが崩壊したのは10年前の「教育基本法」の改悪によるのだ。あれが、現在の日本の行き詰まりの始まりだった。

三浦 三千春 人間が劣化した、ということも言えると思います。
外から強制しないと人間は善を為さない、という理論が通ってしまった。
民間の我々の責任も大きい。特に教会のそれは大きいと私は感じています。

三浦 三千春 あるいは対峙できるしなやかな「世の治め方」への提案ができなかった。

加藤 佑三 勇気ある「社説」に万歳。もっと、多くのマスコミが報じるべきだ。シェアします。

播 稔 個人あっての国家だ!


文屋 善明
5月3日 9:05 ·
「昨日のツイート 05/01」をブログにアップしました。

BLOG.GOO.NE.JP

10藤木 冨士子さん、北村 良輔さん、他8人


文屋 善明
5月3日 9:10 ·
イミタチオ・クリスチ(115):
自分の惨めさに気が付いていない人々は災いである。さらに災いなのは、この惨めな腐った人生に執着している人たちである。22:14

23藤木 冨士子さん、Hanna Bunyaさん、他21人


文屋 善明
5月3日 14:17 ·
なかなか聞かせたよ。
FEBC HANGOUT! 5/3 – FEBC Online

FEBC HANGOUT! 5/3 2016/05/03 に Staff05 が投稿 3 「分かち合う」って…。 ・パソコン・スマートフォン共通版を聴く 聴取期限5/16 (約12分) この投稿のカテゴリーは 神様が私にしてくれたこと 、タグは FEBC HANGOUT! 、投稿者は Staff05 です。ブックマーク用 パーマリンク
FEBCJP.COM

http://www.febcjp.com/2016/05/03/hang160503/

7藤木 冨士子さん、北村 良輔さん、他5人


文屋 善明
5月3日 19:15 ·
ちょうど、小室直樹の『天皇畏るべし』を読み終えたときに、徳善義和先生の『マルティン・ルター~ことばに生きた改革者』(岩波新書)が届きました。『天皇畏るべし』の方は言わんとするポイントは分かりました。要するに、日本の天皇は、社会に及ぼす影響という点から見るならば、キリスト教的意味における「神」と同じ働きをしている、ということで、まさに「畏るべき」システムだと言うことである。ポイントは明確でそれなりの説得力はあるが、細部になるとかなり杜撰な印象である。
その点で、徳善先生の『マルティン・ルター』は徹底的に「ことば」にこだわり、緻密なルター紹介となっている。今、読み始めた所なので全貌はまだ掴めていないが、非常に刺激的であることは間違いない。
文屋 善明さんの写真

49藤木 冨士子さん、Hanna Bunyaさん、他47人
コメント

Daniel Corl 傑作ですよ、これは。

最新の画像もっと見る