ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

おかしな「聖火リレー」

2008-04-01 17:11:14 | ときのまにまに
北京オリンピックは何かおかしい。ギリシャのオリンポス山で太陽を利用して採火された聖火は、俗な意味で「神聖」な火であり、オリンピックの開催中、聖火台で燃え続けることによって、そこで行われるすべての競技が神への捧げ物であることを象徴する。
その意味で、オリンピックはただ単なる人間の能力の優劣を競い合う「記録会」ではない。そこにオリンピックの精神が象徴されている。だからこそ、オリンピックは勝つことが最終目的ではなく、参加することに意義がある。だからこそ、オリンポスの山で人間の技術ではなく、太陽という原始の光りから採られ、開催地まで多くの人の手を経て、届けられてこそ意味があり、最後に聖火台に点火する選手には名誉ある仕事となる。
ところが、まさに「ところが」、北京オリンピックの聖火はおかしい。ちょっとや、そっとのおかしさではない。オリンピックの伝統的な意味を台無しにし、しかも全く冒涜的な意味付けをしてしまった。聖火はギリシャから北京へ直接空輸された。そこまでは、現代技術の粋としてまだ許されるかもしれない。しかし、聖火台に誰が点火したのか。それもまぁ、スポーツ選手ではなくても人間だから、まだ許されるだろう。
最も、おかしいのは、それから聖火リレーが世界中を回るという。変じゃないですか。この火はもはやオリンポス山から採られた火ではなく、北京から出発する火である。北京の火が世界中を巡り、北京に戻ってくる。その火はもはやオリンピック精神を象徴する「聖火」ではなく、北京の中華思想を象徴する「覇権主義」の象徴にすぎない。北京政府自らがチベット問題の本質を五大大陸全体に宣伝している。

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