ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のツイート 12/09

2014-12-11 05:18:28 | ツイッター
2お早ようございます。主の平和。朝食はパンとベーコンエッグ。娘はホテルの朝食みたいと大はしゃぎ。薬を取りに整形外科に行って、銀行に行って、大忙し。昼食は夜久野の蕎麦。午後、病院へ。娘が帰って行きました。夕食はおでん。「SAKURA」、「示談交渉人」見て10時就寝、4時半起床。体調、快調。チュン、チュン。

松井 守さん、北村 良輔さん、松井 貴志さん、他22人が「いいね!」と言っています。

東山 富昭 おはようございます。今日も、よろしく、お願いします。晴れてくれたらいいのにと思います。

藤木 冨士子 おはようございます。

村田 多鶴子 おはようございます~♪お守りの内に、穏やかな時間をお過ごしになられますようにm(__)m

堀 俊子 おはようございます。(*^_^*)
posted at 04:38:41


文屋 善明
今日の名言:RT @B_Pascal_jp:
鍵の開扉力。鉤の牽引力。(パスカル)
<一言>「鍵」が問題なんですよ。鍵さえあれば、どんなに固く閉じられた扉もスーッと開くんですよ。でもね、鍵を持っていてもの「鍵穴」がどこにあるのかわからない人もいるんですよ。成る程。

Satoshi Mizotaさん、北村 良輔さん、寺田 由志子さん、他18人が「いいね!」と言っています。
posted at 05:44:26

「昨日のツイート 12/07」をブログにアップしました。
http://blog.goo.ne.jp/jybunya/e/5c7bf31b21dc1cad9142c72a2feac1c…
posted at 06:30:42


文屋 善明
お目覚めの花。「こんな姿をさらして申し訳ない。実は私はこんなものなんです。でもね、枯れすすきが好きな人もいるんですよ」「枯れすすきの魅力はすすきの山にではなく、巷の中でこそ人生を思わせるんですよね」「花の咲かないすすき、枯れてこそすすき」。

細谷 民子さん、北村 良輔さん、松井 守さん、他39人が「いいね!」と言っています。

村田 多鶴子 かつて、雨期と乾期しかない国から5年ぶりに帰国した時、道端のススキを見て、涙が出そうなほど感激したことを思い出します~♪

眞鍋 千賀子 · 共通の友達: 奥田 知志さん、他4人
自然が語り掛けている、人の心を揺さぶる、感動させる、天地の創造主の神である父に感謝!


文屋 善明
2014日々の聖句 12月09日(火)
わたしは、とこしえの愛をもってあなたを愛し、変わることなく慈しみを注ぐ。(エレミヤ31:3)
神はわたしたちを愛して、イエス・キリストによって神の子にしようと、前もってお定めになったのです。(エフェソ1:4~5)
私の黙想:
今日の聖句の直前の「主は遠くから彼に現れた」という言葉との関係で、「わたし」と「あなた」とが誰なのか、新共同訳も口語訳も曖昧である。その点で文語訳もフランシスコ会訳も新改訳も明瞭である。この言葉は主の言葉であるということが明瞭である。私たちに対する神の愛が永遠であること、変わらないことは、非常に有難いことではあるが、いわば当然のことである。何しろ神は永遠、不変であるから。むしろこの言葉の直前の言葉の方が興味を注がれる。「主は遠くからわたしに現れた(、言われた)」。ここでの文脈をイメージすると、ヤハウエのイスラエルの民に対する「愛の言葉」が「遠くから」預言者エレミヤに届いたという情景であろう。いわば遠隔恋愛の両者に対して預言者はラブレターの配達人の役割を果たしている。イスラエルの民にとってヤハウエは「遠い存在」になっている。だからヤハウエの愛に対する不信感が出てくる。ヤハウエは本当に私たちを愛しているのだろうか。そのような迷いの中にある民に「待ちに待っていたラブレター」が届いた。彼の愛には変わりはなかった。エレミヤ書を読むときの一つの鍵の言葉は「遠い神」と「近い神」、つまりヤハウエと民との「遠近感」である。
「わたしはただ近くにいる神なのか、と主は言われる。わたしは遠くからの神ではないのか」(エレミヤ23:23)。

寺田 由志子さん、Hanna Bunyaさん、森田 美芽さん、他17人が「いいね!」と言っています。

播 稔 「遠い神」「近い神」。素晴らしい考え方です。感謝。

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