ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のツイート 07/03 付録「ありがとう」の方言

2012-07-04 06:07:57 | ツイッター
お早ようございます。主の平和。今朝4時頃から5時頃まで雷鳴と稲光のため寝られず。 2度寝、6時過ぎに起床。身体がだるい。昨夜は7時から3時間「たけしのTVタックル」を見た。政治家の質の低下が著しい。もう誰がリーダーになっても駄目だろう。10時半に就寝。体調快調。チュン、チュン。
posted at 06:27:58

#losungenj 07.03(tue) 恵みを示す者があろうかと、多くの人は問います。主よ、わたしたちに御顔の光を向けてください。(Ps4:7)
キリストの言葉:わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。(Joh8:12)
posted at 06:48:38
#losungenj 私の黙想:
絶対的な神が人間を、しかも具体的に一つの民族を、さらにいうと一人の人間に対して「恵みを示す」ということは、想像を絶することである。あまりにも立場(存在)が隔絶しすぎている。人間に比していうならば、人間がバクテリアに対するようなものである。そんなことはあり得ない。あり得ないと考える方が常識的である。だから詩人は言う。それらの常識を打ち破るために「わたしたちに御顔の光を向けてください」と。
posted at 06:52:37

今日の名言:RT @meigenbot:
人に小言を言われた時に腹を立てるな。腹の立った時に小言を言うな。 (同志社大学創立者)
<一言>新島先生はこういう人物を育てるために、同志社大学を設立したのだ。そこが善良なクリスチャンを増やすためのミッションスクールの違いだ。ついでに付け加えると偉そうにする官僚を育てる国立大学とも違う。
posted at 07:08:03

「昨日のツイート 07/02」をブログにアップしました。 http://t.co/LMH6jKQh
posted at 09:38:13

「今週のローズンゲン 06/24~06/30」をブログにアップしました。 http://t.co/p5UWgrbM
posted at 10:03:09

<FBより>
「お友達」の辻学さん(広島在住、新約聖書学者)の投稿を頂きました。

昼飯食いに入った飲み屋「さかなや道場」(もちろん定食を食べに入ったのである)、箸袋に全国の方言で「ありがとう」が書いてあった。

(標準語)ありがとう (北海道)ありがとう (青森)ありがとうごす (秋田)えがった、おおきに (岩手)ありがとうがんす (山形)もっけ、ありがとうさん (宮城)ありがとうがす (福島)たいへん、してもらって (長野)ありがとうござんす (愛知)ありがとうさん、おおきに (岐阜)きのどく、うたてー (新潟)ごちそうさまです (富山)ごちそうさま、きのどく (石川)きのどく、ようした (福井)おおきに、きのどく (大阪)おおきに (兵庫)おおきに、ありがとうおます (鳥取)だんだん、ようこそ (岡山)ありがとうござんす (広島)ありがとうあります (山口)たえがとうございます (高知)おおきに (愛媛・島根・大分)だんだん (長崎)ありがとうござす (佐賀)おおきに (宮崎)おおきに、だんだん、かたじけない (熊本)だんだん、ちょうじょう (鹿児島)ありがとうごわす (沖縄)にへーでーびる (宮古島)たんでぃがーたんでぃ

兵庫で「ありがとうおます」って言ってるのはあまり聞いたことがないような気もするが。広島で「ありがとうあります」ってのも未聞。世代や男女の違いにもよるし、県で分けるってのにそもそも無理があるんだろうけど。でも面白い。

「きのどく」ってのが東の方で結構あるな。「おおきに」は西で広まってる。「だんだん」も。

杉浦 紀明 山形で「もっけありがとさん」というのはあまり聞いたことがないです。私は置賜地方にいたので、最上庄内あたりで使うのでしょうか…。山形弁の「ありがとう」は置賜地方の(米沢弁?)「おしょうしな」が大河ドラマの直江兼続ブーム以来、全国区になっていると思うのですが…。私の母の郷里である福島弁では「ありがとうなす」が一般的でした。「たいへんしてもらって」というのも聞いたことがないです。

金井 由嗣 神戸で、「ありがとうおます」なんて聞いたことありません!播州ではあるのかな。三千春さん、フォローお願いします。その箸袋の方言、かなり怪しいですね。(-_-;)

門叶 国泰 松江では「だんだん」でした。「だんだん、だんだん、だんだん・・・」と重ねます。

中井 信郎 佐賀県生まれですが,佐賀弁として「おおきに」を使ったことはありません。

杉浦 紀明 それと、気付いたのですが、秋田弁で「おおきに」も違和感かと…

澤木 俊和 最後の(おます)は言いません(播州弁)

<補遺>教会史における「派遣」の意味の変遷はなかなか面白い。まさに文化と社会の変遷と対応関係にある。宗教と医療との分離の意味。また、現代では逆に宗教と医療との関係が密接になってきている。

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