ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

昨日のツイート 11/30

2014-12-03 08:36:39 | ツイッター
お早ようございます。主の平和。午前、整形外科、買い物。午後息子の家族が来訪。村井則夫『ツァラトゥストラの謎』を読む。哲学と文体、「読む」とは。夕食後、敬夫婦が車椅子を手配してくれた。夜は「ダークスーツ」を見て10時半就寝、4時半起床。体調、快調。チュン、チュン。

木下 豊さん、清水 晴好さん、岸本 望さん、他14人が「いいね!」と言っています。

村田 多鶴子 おはようございます~♪待降節第一主日礼拝が祝されますようにとお祈り致します。
先生ご夫妻の今日一日が守られ祝されますようにm(__)m

文屋 善明 今日は1人で八幡聖オーガスチン教会の礼拝に参加します。

萩野 秀子 おはようございます。アドベント礼拝、大掃除、チラシ配りをします。祝された時となりますように。お祈りします。
posted at 04:27:59


文屋 善明
今日の名言:RT @Indianteachings:
朝起きたら、太陽の光と、おまえの命と、おまえの力とに、感謝することだ。どうして感謝するのか、その理由がわからないとしたら、それはおまえ自身の中に罪がとぐろを巻いている証拠だ。(ネイティヴ・アメリカン、テクムセ・ショウニー族の首長)
<一言>もなし。

東山 富昭さん、清水 晴好さん、Satoshi Mizotaさん、他17人が「いいね!」と言っています。

播 稔 これは近代人で有名な人の言葉とおもった。
posted at 05:28:35

「昨日のツイート 11/28 電子ピアノの修理」をブログにアップしました。
http://blog.goo.ne.jp/jybunya/e/406d2500a29c3a8694efa1d4c7f8bcc…
posted at 05:51:13


文屋 善明さんが写真2枚を追加しました。
11月30日 5:20 ·
お目覚めの花。「今日は主日、しかも教会暦の最初の主日」「いわば教会のお正月」「そうとも言えないことはありませんが、『おめでとう』をいうのは12月25日まで待っててね」「教会の1年は『待つ』ことから始まるのよ」。
文屋 善明さんの写真

柳沢 有紀夫さん、加藤 治さん、西村 逸郎さん、他53人が「いいね!」と言っています。

村田 多鶴子 目の覚める美しさです~♪(^^♪

播 稔 じつにすばらしい「紅葉」写真です。 東京では武蔵野以西でないとみられないんだよねー。

Toshitaka Sameshima · 共通の友達: 藤本 満さん
見事な「紅葉」ですね。下関も長府庭園という旧毛利邸の紅葉もきれいですけど。

文屋 善明 これはうちのご近所の普通の民家の生垣の上に見えました。何しろ田舎なので敷地面積は広いようです。


文屋 善明
2014日々の聖句 11月30日(日)
主の霊を測りうる者があろうか。主の企てを知らされる者があろうか。(イザヤ40:13)
キリストの言葉:わたしはアルファであり、オメガである。最初の者にして、最後の者。初めであり、終わりである。(黙示録22:13)
私の黙想:
今日は教会暦の初日である。教会から新しい年が始まる。私たち人間にとって、この年がどういう年になるのか、ある程度予測を出来たとしても、全体については知り得ない。しかし神の中ではすべてがもう既に決定されているのであろう。もし、それを私が知り得たとして(『主の企てを知らされた」として)、今、私は何をどうしようとするのであろうか。実は何もできない。もし何かできることがあるとしたら、ただそれをすべて無条件で承認に受け入れるだけである。それだからといって、私の態度決定によって、神のご計画が変更されるわけではない。すべては私の内部での問題である。
今日の聖句、口語訳は面白い。「だれが、主の霊を導き、その相談役となって主を教えたか」。どこが、どうなって、この翻訳の差が出て来たのであろうか。文語訳を参照すると、口語訳はほぼ同じ文章になっている。新改訳は更に面白い。「だれが主の霊を推し量り、主の顧問として教えたのか」。まるで大統領や首相の演説を誰が書いたのかというようなニュアンスである。フランシスコ会訳では一寸カーブをかけて「誰が主の霊を測り、その助言者として主に指図したのか」。裏で「指図した」者がいると言わんばかりである。まるで高級官僚の仕業だと言わんばかりである。勿論、ここでは、そんなものはいないということを強調しているのであるが、言葉としてはそういう含みがある。新共同訳は、そこら辺の事情を勘案した翻訳(解釈)なのであろう。ともかく、ここでのメッセージは、初めから終わりまですべて主がお決めになっているのだから、あんたの出る幕はないよ。年頭に際して、このことだけは肝に銘じておけ、ということであろう。

木下 豊さん、東山 富昭さん、清水 晴好さん、他26人が「いいね!」と言っています。


文屋 善明
今日から降臨節、待降節と呼ぶこともある。要するに「待つ」ということが主題の季節が始まる。かなり以前に「待つ」ということについて2つの文章をブログに掲載したことがある。ご参考に成れば。
http://blog.goo.ne.jp/jy…/e/75de1d67d7174e43acbdafbeec59a462
http://blog.goo.ne.jp/jy…/e/0cb841b2309432776e106d3fa3f18e93

鷲田清一『「待つ」ということ』 (角川選書) - ぶんやさんち
哲学者鷲田清一氏の『「待つ」ということ』 を読んだ。非常に面白い。「面白い」という言い方は誤解を生むだろうので、少しキザな言い方だあるが、「読む値打ちがある」とか、「示唆に富み、教えられることが沢...
BLOG.GOO.NE.JP

藤井 衞さん、Mae Nishioさん、村田 多鶴子さん、他23人が「いいね!」と言っています。
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植村 光郎 降臨節、待降節no

播 稔 待つと言う言葉には、なにか「期待」が有るように思えるのです。デート相手なら1時間まっても。

文屋 善明 昨晩、テレビの「夢の扉」という番組で「美味しい魚の新鮮さを保つ」技術開発に、ほとんど全財産を投じた家族のことが放映されていました。この人たちは他の全ての人が「不可能だ」と思っていることに挑戦し、それを成功させた、マグロを始めほとんどの魚を新鮮なままで保つ技術を開発しました。この人たちはその内外苦悩の果てに「可能性」を信じていました。「待つ」とはそういうことでしょうね。

Kouko Egasira シェアさせて頂きます。

植村 光郎 FBの扱いに未熟な私です。聖書や教会用語の翻訳に苦労された書先輩。適当な日本語がなく造語連発で、降臨節、待降節など多くの傑作を作りました。名作もあります。「イエスは・・・につまずく」「婚宴」「隅の親石」など、良くぞの感ありです。

文屋 善明 最高の傑作翻訳が「神」、これに定着するまでは「天主」等いろいろの試みがなされましたね。

播 稔 キリスト教の「神」,神道の「神」本来神には名前がない。ただ「神」なのです。キリスト教の聖四文字は人が付けたものです。「主」は便利です「父なる神」「子なるかみイエス」両方につかえる。

植村 光郎 文屋先生!本当ですね。「神」いい響きです。

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