ぶんやさんち

ぶんやさんの記録

1月10日のFB

2018-01-11 12:52:18 | ツイッター
お早うございます。主の平和。1月10日、水曜日。宗像市は気温1度、日中最高4度。今日は雨や雪が降って、雪の可能性がある。10時就寝、7時半起床。夜中にトイレで4回程起きた。熟睡できたはず。今朝の体温:36.7度、血圧(127:83、84)。血液粘度:0.43。血液酸素:96%。データーは悪くはない。口内が炎症。病気疲れか?体調:快調。チュンチュン

46 Mabune Tatsuoさん、瀧本 直子さん、他44人

久保和男 文屋先生おはようございます。主の平和。

村田 多鶴子 おはようございます~♪
冷え込みの厳しい朝です。浜松は晴れ、最高気温は9度、強風・波浪注意報が出ています。
お守りとお支えをお祈り致しておりますm(__)m

Mabune Tatsuo おはようございます。
今日も主によって守られますように!
アーメン。

小貫 ツマ お早うございます。主の平和。
東山 富昭 こんにちは😃。先生のことを、お祈りしています。私は、身体が怠いですが、なんとか、動くようにします。主なる神と主イエス・キリストにあって歩みます。よろしく、お願いします。

文屋 善明
昨日の日誌:
朝、採血、その結果はあまりよくないよう。午前中に抗がん剤の点滴。
昼食後、家内と息子が来てくれて、3日ぶりでシャワーを浴びる。気持ちがいい。
よる、林修の「今でしょう」、風邪に対する処方。及び、1960年代1970年だを振り返る。田原総一朗の態度が知ったかぶり過ぎて、感じ悪い。10時就寝。

28 中尾 ケトラ 香鶴子さん、瀧本 直子さん、他26人

文屋 善明
お目覚めの花。昨日の採血の結果があまりよくないので、今日は輸血をする予定。病院生活も疲れるものです。
画像に含まれている可能性があるもの:植物、花、自然、屋外
38 瀧本 直子さん、磯野 眞紀子さん、他36人

村田 多鶴子 疲れが癒されますようにm(__)m

文屋 善明
2018 日々の聖句 1月10日(水)
主よ、わたしはあなたに感謝します。あなたはわたしに向かって怒りを燃やされたが、その怒りを翻し、わたしを慰められたからです。(イザヤ12:1)
神は、わたしたちを怒りに定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによる救いにあずからせるように定められたのです。(1テサロニケ5:9)
私の黙想:
今日の聖句では「その怒りを翻して」という言葉が注目される。が、口語訳ではこの言葉はない。単に「その怒りはやんで」である。ついでにいうと、「怒りを燃やされた」も単に「怒られたが」で「燃やす」という言葉も見られない。新共同訳ではこの二つの言葉「燃やされる」と「翻す」によって、怒る神が「慰める神」への転換が殊更に強調されている。多分、その方がイザヤの時代に神の民には相応しいとされたのであろう。ただし、これは第1イザヤの時代で「神の怒り」はそれ程鮮明ではなかったであろう。原文ではどうなっているのか興味深いところである。
それはそれとして神にとって「翻し」をどう受けとめるのか。天地の創造者で、すべてを「良し」とされた、神が「反省し、悔い、翻す」、ということはいかにもなじまないが、それはそれとして、聖書の神の一つの性格でもあり、そこに神における「人格性」が秘められている。人格性とは相手に応じて自分の態度(スタンス)を変えることに他ならない。

34 中尾 ケトラ 香鶴子さん、瀧本 直子さん、他32人

門叶 国泰 今日も「同じ」でしたね。私は、手当たり次第聖書を開いていますが、文屋先生は病室で!やはり「凄い」!

門叶 国泰 岩波は「怒りは去り」で特に注はついていません。

水草 修治 1サムエル15:29「実に、イスラエルの栄光である方は、偽ることもなく、悔いることもない。この方は人間ではないので、悔いることがない。」と同45「主もサウルをイスラエルの王としたことを悔やまれた」を思い出しました。

門叶 国泰 Ⅰサム15:29,35は「ノア」の語源である「ナーハム」のniph.形(イザヤ12:1の慰めと同じ)ですね。原意が「be sorry,console oneself」ですから「悔いる」に「優しさ」があっていいですね。

文屋 善明 イスラエルの思想史において「悔いるヤハウェ」というのは、非常に重要なポイントだったと思われます。その意味での「ノア物語」は困った存在だったと思われます。しかし、この思想を排除してしまうと、人格神という思想が薄められヤハウェは「機械仕掛けの神」になってしまう。私の黙想のポイントはそこにあります。

文屋 善明
今日の名言:@gandhi_tamashii
種は自分の役目を土の下で果たす。そして、その姿をなくすとき、新しい命の芽が地面から顔を出す。(『ガンディー 魂の言葉』)
<一言>イエスの「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12:24)を思わせる。この言葉一つだけで断定的なことは言えないが、ガンディーの「無抵抗主義」の原典はイエスにあったと思う。

29 瀧本 直子さん、磯野 眞紀子さん、他27人

文屋 善明
今日の「折々のことば」はいわゆる知性が陥りやすい陥穽について。要するに知性は最短距離を進む傾向がある。一つの答えが出たら、その答えに固執して他の可能性が見えなくなる傾向がある。
これは私の主観的な感想であるが、鷲田先生は昨日の「天声人語」に対して反応しておられる、と思う。鷲田先生は阪大総長を務められたので、この度の不祥事を他人事のようには受けとめられなかったのであろう。私も孫娘がこの大学を出たので、他人事のようには受けとめられなかったのだ。

https://web.facebook.com/photo.php?fbid=1573545676056221&set=a.200492220028247.51380.100002024109092&type=3&theater

19 磯野 眞紀子さん、福澤浩子さん、他17人

文屋 善明
今日は朝食後から、点滴、続いて輸血とおよそ3時間ほどかかり、かなり疲れた。

40 中尾 ケトラ 香鶴子さん、瀧本 直子さん、他38人

加藤 佑三 ガンバレ、負けるな--!。

文屋 善明 ありがとうございます。頑張ります。

中尾 ケトラ 香鶴子 お疲れ様でした‼ゆっくりしてくださいね‼

北村 良輔 お大事になさってください。

宮﨑 達雄 支えられますように。

加藤 望 お大事に。祈ってます。

文屋 善明
「1月9日のFB」をブログにアップしました。

BLOG.GOO.NE.JP

7 磯野 眞紀子さん、安井 郁夫さん、他5人

文屋 善明さんが過去の思い出をシェアしました。
21時間前 · Fukuoka Prefecture福岡県 宗像市 ·
6年前のローズンゲン。非常に重要な批判なのに、その後展開されなかった。
6年前
この日の思い出を見るchevron-right

文屋 善明
#losungenj 今日のローズンゲン 1月10日(火):
衣を裂くのではなく、お前たちの心を引き裂け。あなたたちの神、主に立ち帰れ。(ヨエル2:13)
イエスの言葉:時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい。(マルコ1:15)
私の黙想:
人間は罪深いものである。しかしそのことと悔い改めとを直結してはならない。悔い改めとは具体的な罪を自覚し、その罪に悩むから意味がある。ところがキリスト教では悔い改めそのものが目的化している。悔い改めの神学が変な敬虔主義の温床になっている。

コメント1件シェア2件
15 小貫 ツマさん、眞野 玄範さん、他13人

10 磯野 眞紀子さん、安井 郁夫さん、他8人

Vladimir Zacchariah · 共通の友達: 東山 富昭さん、他1人
画像に含まれている可能性があるもの:1人以上、テキスト

長倉 崇宣 カトリックの旧約聖書学者・雨宮慧神父によると、旧約聖書で「悔い改め」と訳されているシューブは、原義から訳すと「立ち返り」であり、そうすると、日本人が考えるような「後悔」につながるような意味での「悔い改め」は、旧約聖書には存在しないのではないか、と。そして、新約でのメタノイアも旧約のシューブを踏まえているということを念頭に置くと、新約でも50数回出てくる「悔い改め」も、本質的には「立ち返り」であって、日本人が「悔い改め」という言葉でイメージすることについて、聖書は全く語っていないということになると仰っています。
そうなると、変な敬虔主義の温床となっている悔い改めの神学は、非聖書的ということになりますね。

文屋 善明 サポートありがとうございます。

最新の画像もっと見る