鏡海亭 Kagami-Tei  ウェブ小説黎明期から続く、生きた化石?

孤独と絆、感傷と熱き血の幻想小説 A L P H E L I O N(アルフェリオン)

生成AIのHolara、ChatGPTと画像を合作しています。

第59話「北方の王者」(その1)更新! 2024/08/29

 

拓きたい未来を夢見ているのなら、ここで想いの力を見せてみよ、

ルキアン、いまだ咲かぬ銀のいばら!

小説目次 最新(第59)話 あらすじ 登場人物 15分で分かるアルフェリオン

第57話(その3)見よ、五柱の力!!

目次これまでのあらすじ | 登場人物 鏡海亭について
物語の前史プロローグ

 


3.見よ、五柱の力!!


 
 五属性・六人の御子たちの声が揃い、高まる彼らの想いがひとつになったとき――いにしえより密かに受け継がれながらも、これまでただ一度も発動されたことのなかった御子の秘奥義  《五柱星輪陣(ペンタグランマ・アポストロールム)》が、遂にその全容を現すこととなった。現実と幻の狭間、何処とも知れない暗闇の表象に満ちた世界に、時計のような文字盤を背後に従えた五芒星陣(ペンタグラム)が浮かび上がる。時を告げる鐘が幾重にも響き渡り、次いでガタンと低くこもったような音を立て、五芒星陣が時計回りに動き始める。12時の位置に、闇の紋章の刻まれた星の頂点に代わって、風の紋章の記された頂点が回って来る。
「最初はカリオスさん、お願いします!」
 エレオノーアがカリオスとテュフォンの方を見て頷く。風の御子たちの答えであるかのように、そよ風がどこからともなく吹いた。銀色の髪を涼しげに揺らしながら、エレオノーアは今度はアマリアと視線を合わせる。
 ――星輪陣の扱いを知っているのはアマリアさんだけ。その意を汲んで、他の御子たちをリードするエレオノーア。すごいな、エレオノーアは。さっきのイアラさんのことといい、いま御子たちが結びついているのは、アマリアさんと何よりエレオノーアのおかげだ。
 感心しきった様子で見ているルキアンに、エレオノーアが、緊張感のある中にも可愛らしい声でささやく。
「任せてください、おにいさん! わたしは、おにいさんや皆さんをできる限りサポートします。おにいさんは、他のことは何も気にせず、星輪陣に《闇》属性の魔力を注ぎ込むことに全力を尽くしてください」
 さらにエレオノーアは、ルキアンに耳打ちした。彼女の唇が触れそうなほど距離が近寄りすぎて、ルキアンは平静を装いつつも頬を赤らめている。
「それに、おにいさん。私たちにはリューヌさんがいません。パラディーヴァがいなければ、足りない魔力を自分たちでどこかから調達しないとですね。ですから、わたしの《アーカイブ》に、あれがありまして、それで、あちこちから、いろいろ、こしょこしょこしょ……と」
「え? そんなことって、できるの……かな? でも、この戦い、そうできたらいいな。僕たちの想いだけじゃなくて。分かったよ。やってみる」
 エレオノーアとお揃いの銀色の前髪、その向こうで同じく青い色のルキアンの瞳が、希望と困惑の入り混じった光を浮かべた。
 その一方、カリオスたちは魔法の詠唱に入っている。
「僕の力を使って、カリオス。僕に続いて呪文を唱えてよ」
 テュフォンは実体化を解き、空色の光となって、渦を巻くようにカリオスの周囲を上昇しながら、彼の体に溶け込んでいった。
「この力は……。パラディーヴァと一体化すると、これほどまでに人の力は変わるのか」
 指先ひとつひとつに至るまで、全身に漲る魔力にカリオスは驚きながらも、自らの役割を果たし始めた。
「五柱星輪陣、《闇》の《風》!!」
「我は吹き鳴らす風神の呼び笛。三度(みたび)大気に響いたならば、集え、天空に遊ぶ風の精たち」
 カリオスが呪文の詠唱を開始したとき、御使いの四頭竜が、深手を負った身体をかばいながらも星輪陣の方に向かって突き進んでくる。だが詠唱の時点ですでに風の魔力が発動を始め、カリオスに集中してきており、いつの間にか星輪陣を取り巻いていた嵐の壁が四頭竜を押し戻す。その間にもカリオスは粛々と詠唱を続ける。襲い来る巨竜を前にしても微塵も怯まない彼の姿、さすがに練達のエクターだけのことはある。
「風精(シルフ)たちの歌声で目覚めよ。暴風と轟雷の主、失われし空の王国の守護者」
 呪文が終わりに近づくにつれて風は飛躍的に強まり、その凄まじい風速に巻かれた竜の体にすでに異変が生じ始めた。見えない無数の風の刃にふれ、身体の表面に切り傷がひとつ、またひとつと増えてゆく。そして傷は深くなる。
 その様子を見たアマリアが星輪陣の力を実感している。
 ――《闇》属性をまとった風の刃は、神竜の体を守護する《光》の防壁と鋼鱗すら切り裂く。まだ呪文が完成すらしておらず、本来は《炎》属性に対して不利な《風》属性であるにもかかわらず、ここまでできるとは。
「その限りなき翼を広げ、荒れ狂う風獄で敵を断ち、その雄叫びで稲妻を呼び……」
 カリオスが呪文を唱え終わろうとしている。最後のいくつかの言葉が発せられるのに合わせて、彼の背中に翼のごとき霊気が立ち昇り、大きく羽ばたいた。
 
「いかずちの鉄槌で打ち砕け、《鳳翼風雷破(フリューゲル・フォン・シュトゥルム・ウント・ドナー)》!!」
 
 空が歪み、黒雲から呼び出された嵐の結界が、闇の魔力を帯びた爆風が、御使いを呑み込み、四つの首を苦しげに振り乱す竜に対し、幾筋もの雷鳴がひとつになり、巨大ないかずちの柱となって撃ち下ろされる。
「手ごたえはあった、カリオス。敵は瞬時に防壁を張って防ごうとしたようだけど、雷撃は貫通したよ」
 テュフォンの声がカリオスの中で響いた。四頭竜の体のあちこちが焦げており、12枚の翼も幾つか折れ曲がり、見た目にもカリオスの雷撃が痛打となったことは分かる。
 
「やりましたね、カリオスさん! 次は《炎》、グレイルさんの番です」
 戦いが有利に展開していることを承け、エレオノーアの声にも力強さが増しており、これに導かれるように、再び暗闇の中で五芒星陣が時計回りに動いた。歯車が鈍く鳴る音。先ほどまで風の紋章が輝いていた12時の場所に、今度は五芒星陣の炎の紋章をもつ頂点が来た。
「五柱星輪陣、《闇》の《炎》」
「……のお!」
 フラメアとグレイルが二人で叫んだ。だが両名のテンポが少しずれ、グレイルの声が遅れて最後に響く。フラメアが呆れた顔をして、じっとりした横目でにらんでいる。
「グレイルさん、敵は《炎》属性の攻撃に圧倒的な耐性があります。ですから、わたしがフラメアちゃんに伝えた魔法でお願いします」
 エレオノーアがそう言うと、フラメアは頬を膨らませ、溜息を付きながら首を振った。
「……ちゃん? あのねぇ、あたしはアンタより遥かに長く生きてるお姉さんなんだけど」
「まぁ、見た目がそんな子供だから。いや、でも若く見られる分にはいいじゃないか、フラメア」
「あはは、そうね。そういうことね」
 エレオノーアは、グレイルとフラメアのやり取りを不可解そうな目で見つめている。そんな二人は呪文の詠唱を始めた。フラメアが告げる言葉をグレイルが繰り返す。
 
 陰黒(いんこく)の火精(サラマンダー)よ、
 我が呼び声に応え、
 煉獄の隠されし洞(ほら)より出でて、
 汝の力をこの指に宿らせよ。
 不滅の炎を黒曜の爪となし、
 我らの敵に
 禍毒の焔(かどくのほむら)を染み渡らせよ。
 
「中からしっかり料理してやる、《呪焔の毒爪(ブレネンデ・ギフトクラウエン)》!!」
 
 今度はマスターとパラディーヴァの声がぴったりと揃う。グレイルの人差し指に魔力が一瞬で集中し、その指先を向けられた四頭竜めがけて銃弾を撃つような動作をした後、解放された魔力の強烈な反動で、グレイルがよろめきながら後ずさりした。
「お……?」
 わずかな沈黙があった後、グレイルが首を傾げた。
「……何?」
 特に変化もなく空中に浮かんだままの御使いの竜を、フラメアもきょとんとした顔で見ている。炎属性の魔法らしい派手な爆発や、燃え盛る火焔が敵を一気に呑み込むような様子は何も起こらないからだ。
「はい、狙い通り、効いているのです。グレイルさん、フラメアちゃん」
 エレオノーアがそういって目を細めた瞬間、突然に竜が悶え苦しみ、その腹部に赤い《炎》の紋章が浮かび上がり、みるみるうちに大きくなっていった。
「この術は膨大な霊気を凝縮し、《炎》属性の銃弾のようにして敵に打ち込みます。弾は敵の内部で呪いの黒い炎を発し続け、相手の命が尽きるまで決して消えません。炎系のかなり珍しい暗黒魔法を私の《アーカイブ》から検索して、あなたの《パラディーヴァ》のフラメアちゃんに転送したのです」
「ケンサク? テンソウ? 何だか聞いたことない言葉だが。それに、この術、地味だけどな?」
 じきに元の状態に戻り、一見、特に深刻な攻撃を受けたようにもみえない御使いを前にして、グレイルが苦笑した。
「それでいいんです。神竜は《自然治癒(リジェネレーション)》の光魔法を常時発動している状態ですから、そのままでは、こちらが与えた傷をいつの間にか回復されてしまいます。そこで《呪焔の毒爪》を撃ち込んで、闇属性を帯びた炎のダメージを与え続ければ、リジェネレーションの効果を相殺できます」
「なるほど。じわじわと敵を焙り倒す、怖いわね。まぁ、あたしの好みは、もっと、こう、一撃でドカーンと……」
「でもさすがです、フラメアちゃん。鱗の比較的薄い竜のお腹を狙って、見事に直撃なのです!」
「だから、《ちゃん》じゃないってば」
 
 いつの間にか《炎》の組と打ち解けているエレオノーアは、即座に襟を正し、今度は彼女なりに真剣な眼差しでイアラに語り掛けた。また五芒星陣がゆっくり回転し、《水》の紋章を描いた頂点が12時の位置に来る。
「イアラさん、次の《水》属性の魔法が勝利のカギとなります」
「は、はい!?」
 やや慌てた調子で、声を裏返らせてイアラが返事をした。長身のアムニスに背後でしっかり支えられ、イアラが精神集中し、目を閉じる。
「どうしてかな。呪文が、言葉が浮かんでくる。いま私にできる一番の魔法を使う。アムニス、あなたの力を貸して」
「了解した。わが主イアラよ」
 アムニスが青い光となり、背中から彼女の中に溶け込んでいったように見えた。一瞬の静寂に続いて、イアラのオーラが爆発的に高まる。
 ――緊張……する。怖い。でも、私のこと、みんなが頼りにしてくれてる。なんとか、頑張り、たい。私がもって生まれた、《予め歪められた生》の呪いも……全部、凍り付かせて……やる。
「五柱星輪陣、《闇》の《水》!」
 《水》属性の一環である《氷》系魔法最上位の呪文のひとつを、イアラが唱え始めた。
 
 我は解き放つ水王の御蔵(すいおうのみくら)。
 目覚めよ概念の禁剣、封じられしグラキアルス。
 汝の極限の刃で
 繋ぎ止めよ、楔となりて。
 異界を渡り、
 死せる吐息を静かに歩ませよ。
 世界の脈動よ、停まれ。
 
 イアラの様々な思いが入り混じり、爆発した。それは彼女の中に鬱積した何かを解き放ったかのようでもあった。彼女のフードと髪が舞い上がり、右目に水の紋章が姿を現す。
「万物の営みを……零(ゼロ)に帰せ」
 露わになった左目の《竜眼》をイアラはもはや隠そうともせず、その燃えるように赤い瞳と、同じく竜である御使いの目が合った瞬間、彼女は叫んだ。
 
「《絶対零度(アブソリュート・ゼロ)!!》」
 
 閃光とともに、蒼ざめた色でゆらめく影が、剣のようなかたちをした何かが現れ,御使いの竜を刺し貫いた。突き刺さった刃から、竜の体表に沿って音もなく凍結が始まる。四頭竜は、体全体を焼け付くような高温にして氷結の進行を止めようとするも、静かに、だが確実に広がっていく氷の膜は、次第に厚みを増して氷塊となる。四頭竜の胴体は、たちまち氷の中に囚われた。
「やりましたね。すごいです、イアラさん! この魔法は魔力の制御が特に難しいのに。初めてで、これって……」
 エレオノーアが青い目を丸くして、イアラの方に手を振った。
「とても静かですが、こうしている間にも極低温の凍気が竜の体に浸透しています。内側では、グレイルさんの撃ち込んだ弾が炎を生み出し続けています。《闇》の力を付与された灼熱と冷気に次々とさらされ続け、竜の体はどんどん脆くなっていきます」
 極度の緊張から解けたイアラは、ようやく黙って手を振り、エレオノーアに応える。ふらつく彼女の肩をアムニスが受け止めた。常に怜悧な彼の表情に、刹那の笑顔が浮かんで消えた。
「わが主イアラ、よくやった。頑張ったな……」
 
 《絶対零度(アブソリュート・ゼロ)》で動きを封じられた御使いの竜に致命の一撃を与えるため、《地》の御子、アマリアがすでに魔法の準備に入っている。《地》の紋章が、五芒星陣の頂点でひときわ強く光を放った。
「イアラさんが戦いの流れを決めてくれました。いまです、アマリアさん! あなたの力で勝利を」
 手を合わせて、いや、思わず手を握って見守るエレオノーアをはじめ、御子たちがアマリアに期待を託す中、彼女は落ち着いた調子で呪文の詠唱に入る。
 エレオノーアの隣に立ちながら、ルキアンも《紅の魔女》の姿を食い入るように見つめた。
 ――やっぱり、僕たち他の御子と比べて、アマリアさん、術士としての経験が段違いだ。それに今のアマリアさんは本気だ。なんとなく分かる。
 ルキアンは小声で何事かをつぶやきつつ、別の何かを続けている。エレオノーアに耳打ちされた例の件だろうか。
 聞き覚えのある呪文がアマリアの口から紡がれる。
 
 大地にあまねく眠る元素を司る者たち、
 この地、かの地に棲まう精霊たちよ。
 我が呼び声に応え、地表に集いて帰らずの園を拓け。
 取り囲め、汝らの贄を狩れ、
 貫く万軍の槍、煌めく鉱石の梢、無限の結晶の森。
 
 ――今度は、最初のようには甘くないぞ。
 アマリアの右目に《地》の紋章が輝く。先ほど《永劫庭園》を使った際には無かった一節、この魔法の真の力を解き放つ呪文が付け加えられた。
 
 凍れる十月(とつき)の夜のもとで
 惨絶の門の戒めを解き、
 その狂える姿を現せ贖罪の庭園。
 
「五柱星輪陣、《闇》の《地》。《永劫庭園・弐(ツヴァイテ・シュトゥーフェ・デス・エーヴィゲン・ガルテンス)》」
 
「地獄へ、ようこそ」
 その言霊が向けられた相手を、心底から震わせるような、アマリアの冷たい声が響いた。
 
【続く】
 
 
 
 
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