今回はデイープ・パープル初来日公演の話をしましょう。
1972年8月15日~16日大阪フェステイバル・ホール
8月17日日本武道館
日本公演プログラム ライブ・イン・ジャパン
僕が見に行ったのはもちろん8月17日日本武道館です。日本公演の記録は、「ライブ・イン・ジャパン」としてアルバム化されているのでご存知だと思います。あれは大阪と東京のベスト・テイクをミックスしていますよね。これを聴くと、あの時の興奮が甦ります。まさに怒涛のハードロック!すごい演奏バトルでしたよ。
演奏はCDで聴けるし、語りつくされてるから別の事を書きましょう。
会場内の警備が厳しかった:入り口でテープレコーダー、皆取り上げられてましたね。まあ、これはツエッペリンの時もそうでしたし、当然でしょう。
客がスタンデイング出来ない:熱狂して立ち上がろうとするとすぐガードマンがやって来て椅子に座らせられちゃいました。コンサート中、ずっとそんな事が続くので、客のフラストレーションがたまり、方々で小競り合いが勃発。
とうとう前の方で大喧嘩が始まってしまったんです。見たらそれが、結構インパクトある喧嘩で・・・。立ち上がった長髪の兄ちゃんを座らせようとしてガードマン(ガードマンと言っても制服を着ているようなのでなくバイトのお兄さん達)が注意したら、長髪が激怒してTシャツ脱いで殴りかかったんです。
そしたらその兄ちゃん、背中一面すごい刺青で、腕っ節が強い。ガードマン、やられてました。周りの客が喜んじゃってすごかった。もしかしたら日本武道館内にいたすべての人の中で一番強かったんじゃないかと。それ位の勢いで激怒してました。何人かのガードマンに取り押さえられてどこかへ連れていかれましたけど、拍手喝采になってました。アリーナにいた人、皆知ってるんじゃないかな~??(大笑)
教訓としては「人は見かけによらない」と。(笑)
演奏はライブ・アルバム化されているので、当然素晴らしかった。デイープ・パープルが日本でのライブをまさかライブアルバム化するなんて、思ってもみなかった。これはすごくファンは喜びましたよ。だって日本なんてロック状況はまだまだだったですから。日本が認められた~なんて思いました。身近に感じましたね、パープルを。
イアン・ギランは、先ほどのように、客が立ち上がらないので(実際は立ち上がれない)
ので、怒っていたようでした。「お前ら、何でノラねんんだ~!!ガッデム!!」って。リッチー・ブラックモアはギター壊しパフォーマンスやってました。ストラトもったいねえな~、と思いましたが、後で友達と「あれって絶対フェンダーじゃないよな~?」
って盛り上がってました。(笑)
彼らよっぽど日本が好きになったらしく、1973年「紫の肖像」で「ウーマン・フロム・トーキョー」なんて曲をやってましたね。第二期最後のアルバムです。
個人的にスタジオ録音盤では、第二期の最初の「In Rock」が一番好きで、その次は「Machine Head」につきます。
1970年作「In Rock」 1972年作「Machine Head」
第一期の大ヒット「Hush」1968年シングル盤
当時の情報では、リッチーブラックモアは固いセルマーのピックを使っていたそうな。
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1972年8月15日~16日大阪フェステイバル・ホール
8月17日日本武道館
日本公演プログラム ライブ・イン・ジャパン
僕が見に行ったのはもちろん8月17日日本武道館です。日本公演の記録は、「ライブ・イン・ジャパン」としてアルバム化されているのでご存知だと思います。あれは大阪と東京のベスト・テイクをミックスしていますよね。これを聴くと、あの時の興奮が甦ります。まさに怒涛のハードロック!すごい演奏バトルでしたよ。
演奏はCDで聴けるし、語りつくされてるから別の事を書きましょう。
会場内の警備が厳しかった:入り口でテープレコーダー、皆取り上げられてましたね。まあ、これはツエッペリンの時もそうでしたし、当然でしょう。
客がスタンデイング出来ない:熱狂して立ち上がろうとするとすぐガードマンがやって来て椅子に座らせられちゃいました。コンサート中、ずっとそんな事が続くので、客のフラストレーションがたまり、方々で小競り合いが勃発。
とうとう前の方で大喧嘩が始まってしまったんです。見たらそれが、結構インパクトある喧嘩で・・・。立ち上がった長髪の兄ちゃんを座らせようとしてガードマン(ガードマンと言っても制服を着ているようなのでなくバイトのお兄さん達)が注意したら、長髪が激怒してTシャツ脱いで殴りかかったんです。
そしたらその兄ちゃん、背中一面すごい刺青で、腕っ節が強い。ガードマン、やられてました。周りの客が喜んじゃってすごかった。もしかしたら日本武道館内にいたすべての人の中で一番強かったんじゃないかと。それ位の勢いで激怒してました。何人かのガードマンに取り押さえられてどこかへ連れていかれましたけど、拍手喝采になってました。アリーナにいた人、皆知ってるんじゃないかな~??(大笑)
教訓としては「人は見かけによらない」と。(笑)
演奏はライブ・アルバム化されているので、当然素晴らしかった。デイープ・パープルが日本でのライブをまさかライブアルバム化するなんて、思ってもみなかった。これはすごくファンは喜びましたよ。だって日本なんてロック状況はまだまだだったですから。日本が認められた~なんて思いました。身近に感じましたね、パープルを。
イアン・ギランは、先ほどのように、客が立ち上がらないので(実際は立ち上がれない)
ので、怒っていたようでした。「お前ら、何でノラねんんだ~!!ガッデム!!」って。リッチー・ブラックモアはギター壊しパフォーマンスやってました。ストラトもったいねえな~、と思いましたが、後で友達と「あれって絶対フェンダーじゃないよな~?」
って盛り上がってました。(笑)
彼らよっぽど日本が好きになったらしく、1973年「紫の肖像」で「ウーマン・フロム・トーキョー」なんて曲をやってましたね。第二期最後のアルバムです。
個人的にスタジオ録音盤では、第二期の最初の「In Rock」が一番好きで、その次は「Machine Head」につきます。
1970年作「In Rock」 1972年作「Machine Head」
第一期の大ヒット「Hush」1968年シングル盤
当時の情報では、リッチーブラックモアは固いセルマーのピックを使っていたそうな。
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