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■「この20年間、アメリカに押しつけられた改革で日本が失った2つのもの」 現代ビジネス(講談社) 2011.11.16 島地勝彦(集英社)、中谷巌(三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長) 

2022-04-10 04:41:37 | 日記

 

■「この20年間、アメリカに押しつけられた改革で日本が失った2つのもの」

現代ビジネス(講談社) 2011.11.16 島地勝彦(集英社)、中谷巌(三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長) 

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/26619

 

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【島地】 

20年間と区切っていわなくても、戦後、アメリカは日本を楽に支配しようとして、まず教育をいじり、いまでは国歌さえ歌わない、また国旗さえ掲揚しなくなった誇りなき国民にしてしまったことでしょう。

これはアメリカにとって大成功しましたよね。

いま日本人は完全に骨抜き人間にされてしまったといえます。

 


【中谷】 

大きくいえばその通りでしょうが、直近でいえば、まず1つは日本の官僚システムに手をつけたことです。

いままでアメリカの横暴さに立ちはだかったのは、じつは日本の優秀な官僚たちだったのです。

これまで一般の日本人も能吏たちを信用してきたのですが、アメリカは「日本の官僚は悪い奴らだ」と日本のマスメディアを使ってディスインフォメーションを流した。

新聞、テレビ、雑誌がこれに乗っかって大衆を洗脳したんです。

 


【島地】 

これは重大な問題ですね。

日本の優秀な官僚システムが崩れたことはゆゆしいことです。

明治以来の堅牢な官僚組織に対して「官僚は悪い。すべては官僚が悪い」という風潮が激しくなったのはいつごろからでしたか。

 


【中谷】 

旧大蔵省官僚たちの「ノーパンしゃぶしゃぶ問題」がマスコミで取り上げられて騒ぎ出したころからです。

 


【島地】 
じゃあ1990年代の後半か。

アメリカは巧みにマスコミを使って、日本の大衆を煽るのはむかしからじつに巧いですね。

 


【中谷】 

結果、官僚の世界に、いま優秀な学生が行かなくなってしまった。

これは将来の日本のことを考えると、大問題です。

東日本大震災の復興も遅れているのも、日本が誇る官僚の力が落ちてきたことが原因の1つでしょう。

第一、いま災害地に官僚の姿がみえないじゃないですか。

結局、日本独特の官僚組織をズタズタにしようとしたアメリカの思う壺にはまっってしまったんです。

この20年むちゃくちゃに省庁再編なんてやって、日本の官僚の力を削いでしまった。

いま官僚たちはまったくやる気をなくしてしまった。

官僚たちが明治以来日本を支えていたのに、それが潰された。官僚の底力を日本から失われたのがまず1つです。

 


【島地】 

なるほど。よくわかりました。

 


【中谷】 

アメリカは日本のメインバンク・システムをいろんな規制をかけて崩壊させたんです。
いわゆる銀行潰しです。

日本にはメインバンクというものが存在していて、借りる企業側と銀行が仲良くやっていた。

例えば事業会社が10億円借りたいといった場合、銀行は長年の付き合いで、その事業会社の能力がわかっているので、「よっしゃ、わかった。おまえそれをやってみろ」という具合に銀行は長期の貸し付けができた。

それが戦後の企業の繁栄に寄与したんです。

たがいにどんどん成長して、銀行の力も増大になってきた。

そして1980代の後半、バブルがやってきて、よせばいいのにアメリカ本土の摩天楼や名門ゴルフ場を買ったりして、アメリカの虎の尻尾を踏んづけてしまったんです。

もともとアメリカは金融立国ですから、「この野郎、とんでもない。こいつら潰さないとどうにもならない」と、銀行潰し、いわゆる、ジャパン・バッシングがはじまったわけです。

まず銀行の自主規制がはじまる。

自主規制というのは、国際業務を行なう大きな銀行は総貸出残高のうちの8%は銀行内部に保留しなければならないということです。

いままでの日本の銀行と企業の慣習は、貸し付け契約は2年でも、2年経つとロール・オーバーして借り換えしていく。

10年、20年経っても、借りた元金は返さない。

それでも銀行としては、ちゃんと金利を払ってもらっているから文句をいうことないと思っていた。

ところが欧米の考えでいえば、それは不良債権だ、早く回収しろといいだした。

これに準じて日本の銀行は長期貸し付けができなくなって、企業と銀行はだんだんギクシャクしだす。

銀行の資産内容も劣化して、ついにメインバンクは崩壊する事態になったわけです。

 


【島地】 

それってまったく日本の銀行イジメですね。

 


【中谷】 

そしてBIS規制がますます激しくなり、バーゼルワンとかバーゼルスリーという細かい規制までやりだした。

日本人はA型人間が多いから、決められた厳しい規制をトコトン真に受けてやっちゃうから、この10年、会社のなかの雰囲気は極めて悪くなってしまった。

それに派遣社員や契約社員と正社員の格差があって、忘年会など開いても盛り上がらない。

だから日本にとって、この20年間で失われたものはかなり大きい。

いまじゃ、会社に内部観察者がいて会社員同士が監視し合っている暗い時代になってしまった。

 


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「この20年間、アメリカに押しつけられた改革で日本が失った2つのもの」
現代ビジネス(講談社) 2011.11.16 島地勝彦
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/26619

 

 

【中谷巌】 

三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社理事長、一般社団法人不識庵 理事長、「不識塾」塾長。1942年、大阪生まれ。一橋大学経済学部卒業後、日産自動車に入社。73年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)同大学研究員、講師を務めた後、大阪大学助教授、教授を経て一橋大学教授。細川内閣「経済改革研究会」(平岩研究会)委員、小渕内閣「経済戦略会議」議長代理、ソニー取締役会議長などを歴任。著書に、『日本の「復元力」~歴史を学ぶことは未来をつくること』(ダイヤモンド社)、『資本主義はなぜ自壊したのか』(集英社インターナショナル)、『痛快!経済学』(集英社文庫)など

 

【島地勝彦】

1941年、東京都に生まれる。青山学院大学卒業後、集英社に入社。『週刊プレイボーイ』『PLAYBOY』『Bart』の編集長を歴任。現在、コラムニストとして活躍。『PEN』(阪急インターナショナル)、『メンズプレシャス』(小学館)など連載多数。著書に『乗り移り人生相談』(講談社)、『水の上を歩く』(開高健との共著)など。


■近代自由・資本主義経済の矛盾と日本の非常識 東京商工リサーチ時局レポート 2016.11.18 芦屋暁

2022-04-10 04:41:20 | 日記


■近代自由・資本主義経済の矛盾と日本の非常識

東京商工リサーチ時局レポート 2016.11.18 芦屋暁

https://www.tsr-net.co.jp/news/situation/20161118_01.html


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(1)バブル経済破綻の前に予見されたアメリカ流自由・資本主義の弊害


 小生がその心意気で、近代の行き過ぎたアメリカ流の自由・資本主義経済の矛盾と詭弁を抱き、その挫折と世界の主導的地位からの脱落を予見し、わが国のアメリカ一辺倒の盲従や亜流を戒め、適当な距離を置いて興隆する必要があるという「脱アメリカ」の考え方を初めて文章で表明し提唱したのは1988年(昭和63年)、つまり日本のバブル経済全盛期、その後の破綻の前前年のことであったので、当時は消極的で弱気な悲観論者と、嘲笑され、否定され、異端視されてさんざん叩かれたものであったが、昨今になって、トマ・Jピケティの「現代の資本主義体制の下では貧富格差は拡大する一方で、弱者は一生涯浮かび上がれない」との論文も発表され、世界中が、超大国アメリカの威信低下や主導時代の終焉を感じ、認めるようになってきた。


 ご参考までに1988年(昭和63年)頃のわが国の政治・経済情勢について略記しておくと、この年は干支は「戊辰(つちのえ、たつ)の年」であり、十干の「戊」は大きな刃のついた矛(ほこ)の象形文字。

十二支の「辰」は動物の習性に準える架空の動物の「龍」とは全く関係なく、従って昇竜の勢いが続く好調な時期ではなく、むしろ「辰」は震動、妊娠、屈辱の辰に通じ、二枚貝が殻から足を伸ばしだした形象文字であり、妊娠初期の悪阻で苦しむ不安定期だが、その時期の生活態様の是非が新生児の成育に大きく影響するように、新しい局面への過渡期にあり、前触れの激動と混乱が生じ、その対応次第で結果が左右される要注意の時期といえる。


 この年のわが国は、土地と株式ブームのバブル経済絶頂期にあり、国鉄分割、消費奨励などの功績を上げた日米蜜月時代の中曽根内閣を継いだ竹下政権下で、米国が対経済制裁措置を強める姿勢に転じ、牛肉・オレンジの輸入解禁を強引に迫られ、売り上げ税の導入実施を図ったが、国民の反発・抵抗が強く、翌年には倒閣に至ったし、天皇が発病され、翌年に葬去され平成時代に変わった激動と変革の年であった。


 干支で2周期前の1868年(慶応4年・明治元年)から翌年にかけては、新政府軍と幕府軍との間で、鳥羽伏見、会津、上野公園の彰義隊、函館の五稜郭戦争などと最後の戦いが展開され、倒幕、大政奉還、明治維新へと転じたように、世界的・歴史的にも、政治・経済・社会の大変革の転機となる重要な年である。


 60年周期の次回の戊辰の年は2048年であり、2050年頃っを世界・人類の世紀的な大転機になるであろうと警告を発する根拠もここにある。

 

(2)巨大アメリカの挫折は終焉でなく、矛盾の露呈


 案の定というべきか、ここに来て世界的にもこの予見が現実の姿となって顕著になってきたが、誤解なきように先ず断っておくが、自由・資本主義体制そのものが根底から陳腐化し否定される「終焉(死に臨むこと)」を迎え、社会主義体制にとって変わると申し上げているのではなく、また、封建的な世襲の階級制度の制約を受け、限られた特定権力者の独裁に支配され、その許可と承認なしでは何も出来ないといった社会主義の方が今後は好ましいと言うのではなく、誰でも公平・公正に、各自の意志と努力と才覚次第では、成長・生活向上の機会が与えられ、そのための進路や就業、起業や開業を求め、自由選択の幅が広がり、闊達な活動が認容されているという自由主義の長所や、資本力の無いものが自由な金融市場から篤志的な融資や投資支援を受けて、資金調達手段が多様化し、より巨大で効率的な事業運営をすることが可能になるといった本来の資本主義の良い点は十分に認めるものである。


 しかしここでいう真に好ましい自由さは、自己都合だけの自由権の主張ではなくて、あくまでも、他者や弱者の立場も斟酌・尊重し、その活躍の自由も認めるということ、自由の代償は自己責任と自律であり、自由さの権利だけは主張するが、その一方での義務や責任は果たさず、失敗の尻拭いは他者の責任に転嫁したり、公的支援や保護を期待するよう身勝手さは許されないこと、自由と勝手気ままとは異なり、お金儲けや競争での勝利などといった自己目的達成のためには手段は選ばずといった無節度さは許されず、理性ある人間としての尊厳と矜持を放棄せず、阿漕なモア・アンド・モアの過剰欲望を道徳・倫理観と自律で抑制し慎むこと、公益や公序良俗、公衆道徳的秩序の維持のための、双方の合意に基づく適度な制約やルールの制約は認め、遵守すべきこと、他国や他者との協調や互助の精神も重視すること、自然界の摂理や生態系の秩序、好ましい政治や経済事業経営の原点の理念や原理・原則は無視・放念せず、謙虚に尊重・遵守・実践することである。


 ところが近年になって、前世紀末に世界で唯一の超巨大国家となり、独占的な覇権を制したアメリカ流の自由・資本主義体制では、こういった本来の自由・資本主義の原点を忘却し、正道を逸脱した行き過ぎ行為があったため、その「矛盾」から、貧富格差の増大、一部の豊かさの陰での失業者の増大、自国に都合の良いグローバル・スタンダードや自由貿易の門戸開放の強引な押し付けに対する他国、とりわけ弱小国やまた快適弱者からの反発が強まって、この抜本的な大修正が声高にもとめられるようになったのである。


 終焉ではなく、あえて「矛盾(Contradiction)」と強調表現している理由は、矛盾の「矛」は大きな刃がついた斧に長い手持ちの防を取り付けた武具、「盾」はそれによる攻撃を受けて堅固な防具の盾で、古代中国楚の先賢韓非子が、矛と盾の両方を、どちらも絶対に大丈夫で、敵を破り、敵を防ぐと称して売りつけようとする者に対して、それなら自分の矛で自分の盾をついてたらどうなるかと問いかけ、答えられずに困ったという故事に基づき、その両者を組み合わせて生まれた熟語であり、この世では強者も弱者も無く、また、どちらが絶対に勝ち、負けすると決まったものでもなく、要は双方それぞれなりの存在を認め、その長所を活かし弱点をカバーし合い、互恵・互助と中庸の精神で均衡・調和を図る適度とバランス感覚を悟ることこそが寛容と教えるのもである。


 このことは中国やロシアに代表される社会主義体制においても同様で、長所も短所もあり、問題点や行き過ぎの解消や修正が求められる時期を迎えており、いずれも、大は大なり、強者は強者なりに、威圧的で傲慢な行為の奥底では、それぞれなりの問題や苦労も、危機感も、恐怖感も秘蔵しているのである。


 したがって、弱小国も、必要以上に財物的な豊かさを羨んだり、僻んだりして、いじけて卑屈になり、それに屈して迎合することなく、武力的反抗や卑劣なテロ行為に突っ走らずに、これからの時代の新世界秩序の再構築に際しては、双方が互いに胸襟を開いて、特定者への極端な富と力の偏在の是正、再配分・還元の適正化と世界平和と核兵器の廃絶の実現を目指して、大局的見地kら堂々と率直且つ冷静に話し合い、主張すべきは主張し妥協すべきは妥協し合い、理解を深め合って、改善の方法を探求することが大切であろう。
 これは決して単なる理想論で済ませる問題でなく、実現不可能なものでもなく、全人類っがその気になって真摯に真剣になって取り組めば、全ての変革は、人間意識や価値観の転換、刷新から始まるものであるから、短期間では無理でも、決して不可能なことではないし、それは先ず余裕のある強者から率先垂範することが成功のためには鍵となる。

 

(3)大きいだけが良いことか?~過ぎたるは猶及ばざるが如し


 現在世界の政治・軍事・経済などあらゆる面で大きな影響力を持ち主導している大国といえば、自由・資本主義圏の代表国アメリカと社会・共産主義圏の代表国中国である。

 しかし残念ながらこの両国とも、口先きでは美辞麗句で国際貢献を表明しているが、心底は別で、真に良識ある主導国として模範を示し、自国の負担が重くなっても、世界の平和と発展のために積極的に主動力を発揮しようとはしておらず、むしろ、自国の安全と経済的利益主体、損得打算優先の拝金主義国であり、「兵は詭道なりい」を信奉し、狡猾で、それゆえに駆け引き外交と情報謀略に長けており、詭弁を弄して白を黒と言いくるめたり、相手を丸める込み、手なづけ従属させることが巧みであり、常にNo.1の地位と覇権支配、優越性確保を望むプライドと野心が強く、それを脅かす存在を許さず、台頭して敵対・抵抗する相手に対しては、難癖や塀理屈をつけてでも、圧倒的な軍事力や経済力という数っと力で、徹底的な軍事力や経済力という数と力で、徹底的に叩き潰そうとし、やられたら倍返しをし、執念深く、負ける戦いは絶対に仕掛けないが、不利となればさっと身を引いて、変節するとことも厭わない。

強者である自国にとっては都合の良い自己流を正義や常識とし、グローバル・スタンダードとしいて、弱小国にまで画一的に押し付け、会議を開いて相手の言い分も聞いたといった形は手続き上つけるが、聞き流し、本当に弱者である相手の立場を理解・尊重し、支援したり、譲り、妥協し、協調しようとはしないエゴと傲慢さである。


 大きいだけが良いことでなく、過ぎたりは猶及ばざるが如しであり、優越的な強者ほど、それに相応し節度と品格が要求される。

 こういった彼らの巧妙な罠に嵌められ、都合よく利用され、振り回されて、褒め殺しにあったのが日本ではなかろうか。


 武器をもった自衛隊の海外派兵を可能にさせた改正新安保条約にしても、決して日本の防衛支援のためだけでなく、アメリカの世界軍事戦略の一環としての日本引き込みであり、本当にいざ日本が他国から攻撃を受け、戦局不利となった場合、アメリカは戦略手段の変更として手早く引き上げかねず、何処まで日本支援のためにだけに一緒に戦ってくれるかの保障は明確でない。


 このことは、これは領土問題を巡る中国、韓国、ロシアの不当な行為についても、自国とこれら諸国との関係を懸念し及び腰であることからも、またいかに選挙戦での発言とはいえ、強いアメリカへの回帰を主張し排他的で低劣な暴言をするトランプ候補を支える民衆が結構存在するということは、彼がアメリカの本音を代弁していると歓迎する意識が潜在していることなどからもご理解願えよう。


 国家という概念は、同一民族・言語の集合体(国民)としいてまとまることが自然であるというのが国際的な常識でありで、国民と領土と国家主権統治体制が整い、多数の他国から承認されることが国家として基本的4条件であるが、そもそもアメリカは、本来的にアメリカ人という民族は存在せず、古くから永年占用・居住していた領土があったものではなく、比較的に200年余と建国からの歴史も浅く、イギリス人の移民(WASP)が、新しく他国人により発見された未開の新大陸を、武力で先住少数民族を放遂して侵略奪取したり、占領地として買い取ったりして独立し、その後開拓の労働力として雑多な民族の隷属的な導入を図って発展してきたのであり、現在は人口構成比でWASPの約40%と3%でしかないユダヤ系アメリカ人との2大勢力、それも実質的には、ユダヤ系のアメリカ人が、政治、法律、経済、金融・投資市場、軍需産業、資源メジャー、情報産業などの主要部門を掌握し、GDPの約85%を支配し主導して運営されている国であり、所得分配の適正さを示すジニ係数は約66%と主要先進大国中ワーストのトップにあり、国内争乱発生の可能性ありとされる危険値をすでに突破し、国家財政と貿易収支は赤字で、借金と他国からの投資呼び込み、輸入に依存し、投資金融市場相場の差益で国民は派手な消費生活を楽しみ、国家総体としての外観的数値の大きさを誇って虚勢を張っているので、市場活動の自由さと好調さに障害が生じ、株式などの相場急暴落の発生が最も恐ろしい事態となるという脆弱性を秘めている。これが近代アメリカ流の行き過ぎた自由・資本主義、投資金融市場至上主義経済の結果であり、実態である。


(4)見習うべき良い点と、改めるべき点との峻別を


 それを敗戦後、アメリカ占領軍の日本弱体化戦略としての洗脳教育を受け、すっかりアメリカ崇拝主義者となってしまった日本の指導階級者や学者達、多くの民衆までもが、明治維新時の日本の欧米風近代工業立国を目ざしながらも、良い点は積極的に見習い導入したが、伝統的な日本的治世や事業経営の特性の優れた点見捨てなかったのと異なり、国土面積の狭さや資源の乏しさといった点も配慮せず、国土面積が日本の26倍もあり、天然埋蔵資源も豊富で自給自足力を有する強大国のアメリカの亜流で良しとし、卑屈にアメリカ一辺倒の盲目的従属国のようになって、その正体や問題点にも気づかず見抜けず、独立主権国家としての矜持も、主体性まで忘却・放棄してしまったのではなかろうか。


 ところが昨今になって、まだ一部の良識者に過ぎないが、逆にアメリカ人自体の方が、本来の日本の伝統的理念や手法の優れた点を認め、その誠実で細かやかな国民性や精密技術、根底に流れる哲学思想、精神文明を学び直そうと、禅修業に励むなどといった傾向が、日本人いじょうに高まっており、この傾向は欧州諸国や多くの発展途上国にも、敵対的なような中国・韓国の純粋な国民の間でも、見受けられるようになってきつつあるのだ。

 

(5)近代アメリカ流自由・資本主義経済の問題点と、今後の日本の対応


まとめに代えて、行き過ぎた近代アメリカ流の自由・資本主義経済の問題点を列挙し、それを参考に今後の日本の対応留意点を述べておこう。


 1.あまりにも自企業と大株主収益優先に走り、好ましい政治、経済、事業経営の原点、即ち、「経世済民」、最大多数の最大幸福の追求や、需要と供給の均衡、経営道徳律、優越者の風格(ノブレス・オビリージェ)ばかりか、本来の資本主義の理念まで忘却し、一発狙いの投機的になり過ぎていること。

 2.地球の自然環境が、有史以来の需要関係の逆転、資源の枯渇かが叫ばれる中で、依然として自然の破壊による富の獲得競争、財物的豊かさの追求に注力し、長期的将来を展望した基本理念や政策方針の転換が遅れていること。

 3.その結果、相変わらず生産や消費重視の政策で、富の再分配経済への配慮がなく、その結果、貧富格差を危険水準にし、庶民の満足志向を無視し、マーケティング・マインドが「儲けティング」になってしまったこと。

 4.企業は人なりだが、効率性と収益生産性重視のあまり、人間性無視や労働者の啓志、使い捨てとされ、その不満が爆発寸前に至っていること。

 5.借金による消費経済が改められず、双子の赤字拡大など、不健全、不安定な経済構造になっていること。

 6.主要産業や企業の海外脱出、生産比率が高まり、多国籍化というより無国籍化で、中国や発展途上国の経済浮沈の影響を受けやすくなり、不安定化し、自国内生産力が老朽・弱体化の傾向にあること。

 7.自らが提唱し推奨したグローバル・スタンダードや情報・技術の自由化の結果、自分の首を絞めるという因果な結果を招き、創業者利益や自国なりの特性を薄めることとなったこと。

 8.財物的豊かさや便利さの反面で、民衆の士気や精神文明が荒廃したこと。

 9.これらの結果、国際的威信と良識国との信頼やイメージ低下し、世界を統率する国の不在、国際秩序の混乱を招いたことなどである。


 したがってわが国としては、アメリカとの相対的な力関係を正しく認識し、特定国一辺倒の亜流や追従を改め、見習うべき良い点は学びつつも、温存・継承すべき日本の伝統的長所は活かし、両社の峻別とアレンジで、身の丈や置かれた環境に適応した独自の戦略で対応し、体格より体質での優位性を確保を目指すことが寛容である。


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■近代自由・資本主義経済の矛盾と日本の非常識

東京商工リサーチ時局レポート2016.11.18
芦屋暁

https://www.tsr-net.co.jp/news/situation/20161118_01.html


■【隷属状態からの脱出が日本の最重要課題だ】日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か 東洋経済オンライン 2018/07/26 白井聡:京都精華大学教員/國分功一郎:東京工業大学教授

2022-04-10 04:40:59 | 日記

 

■【隷属状態からの脱出が日本の最重要課題だ】日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か

東洋経済オンライン 2018/07/26

白井聡:京都精華大学教員/國分功一郎:東京工業大学教授

https://toyokeizai.net/articles/-/229556


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・責任を追及しない日本社会


國分:白井君が『国体論――菊と星条旗』を書いたいくつかの出発点のひとつは、なぜ安倍政権は潰れないのかという素朴な疑問だと思います。

安倍政権はひどい政策をずっと続けているのに、なぜか長きにわたって政権を維持している。

ここには合理的には説明のつかない力が働いており、私たちはそれに従わされている。

白井君はそこに「国体」という構造を見いだしているのだと思います。

この国体を代表するのは、戦前の日本では天皇です。

しかし、敗戦と占領期を経て、アメリカが国体を代表するようになる。

『国体論』ではフルモデルチェンジという言い方がされていますが、日本がアメリカに負けたことで、国体の頂点は菊から星条旗に変わったものの、人々が国体に従うという構造に変化はなかった。

そう指摘しているわけですね。

白井:そうです。「戦後の国体」となった対米従属構造を維持することで、権力を保持しているのが安倍政権に代表される日本の支配層です。

 

國分:そこで疑問として残るのは、なぜ日本はアメリカにきちんと負けられなかったのかということなんです。

僕はここがポイントだと思っているのですが、アメリカと戦争して負けたわけですから、本来ならば「いつかアメリカを倒してやるぞ」となるはずです。

ところが、日本はそうはならなかった。それどころか、マッカーサーがアメリカに帰国するときには、マッカーサーとの別れを惜しむ声まで上がった。

これはやはりきちんと負けなかったために起こったことだと思うんです。

 

白井:戦後直後から今に至るまで、日本人はアメリカに負けたという事実から目をそらそうとしてきました。

8月15日を「敗戦の日」ではなく、「終戦記念日」と呼んでごまかしていることから始まって、戦後の日本は「敗戦の否認」を続け、アメリカに従属していることを直視しないでいる。

でも、そうした支配を否認する日本人の心理的な構造は、戦後に始まったものではない。

わかってしまえば、簡単なことです。

戦前の日本人には、疑うことなく「国体」に付き従うというマインドがインストールされていた。

 

白井:かつ、「国体」は、明治維新によって一瞬でできたわけではない。

誕生から崩壊までいくつかのプロセスを踏んでいる。

「戦後の国体」への従属、つまり対米従属体制も同じで、今のような自己目的化した従属がずっと続いてきたわけではない。

しかし、そもそも、敗戦の時点でも「アメリカ許すまじ」とはならなかった。

それはひとつには、アメリカに負ける前にすでに己に負けていたからだと思います。

たとえば、特に悲惨を極めた南方戦線では、弾に当たって死んだ兵士よりも、餓死やマラリアで死んだ兵士のほうが断然多かった。

これはもはや戦争と呼べるようなものではなく、飢えた兵隊が熱病に冒されながらジャングルを彷徨(ほうこう)していたと言ったほうが正確です。

だからあの戦争が終わったとき、人々の間にはとてつもない解放感が広がったわけですね。負けたことよりも、とにかくこんなばかげた状態が終わってうれしいということになった。それは要するに「国体」から解放されたということだった。

そういう意味では、アメリカに負ける前に自分たちの社会の病理のようなものに負けていたということではないでしょうか。

 

・思考を奪う「国体」という病


國分:それは別の言い方をすると、そもそも日本は戦争に勝とうとしていなかったということになりますか。

去年の夏にNHKがインパール作戦の番組を放映して話題になりましたが、イギリス軍がたとえば兵站(へいたん)でも合理的な作戦を立てて戦争に臨んでいたのに対し、日本軍は精神論で突き進んでいった。

合理的な作戦を立てている軍隊に対して精神論で挑んでも、勝てるはずがない。

これを見るかぎり、日本軍が本気でイギリス軍に勝とうとしていたようには思えない。

日本は最初から戦争に勝とうとしていなかったから、実際に負けたときにも、負けたことに対して何とも思わなかったのではないかという気がします。

 

白井:負ければ大変なことになる、そして現実に敗色濃厚になりつつある。

それらは自明だったわけですね。

そうなると、もうそんな現実は見たくない、というメンタリティではないでしょうか。

そういう意味では1945年の敗戦以前に「敗戦の否認」をしているのですね。

「国体護持」を唱えながら、国を真剣に守るという思考が停止していたのです。

で、敗戦の事実が確定した後にも、それをだらしなく続ける。

だから、関係者たちの責任が放置され、今日でも追及が甘い。

インパール作戦では、作戦を立てた牟田口廉也(むたぐち れんや)の責任は極めて重いわけです。

この点についてはインパール作戦を検証する番組などでも論じられます。

しかし、牟田口が戦後も何の罰も受けずに天寿を全うしたことはほとんど取り上げられません。

彼はあれほどひどい作戦を遂行したのに、畳の上で死んでいるんです。

そのことには全然光を当てない。

これは731部隊もそうですね。

731部隊が戦時中にいかにひどいことをやったかについては何度も論じられているので、そのことは広く知られているわけです。

だから今日では、731部隊の連中が戦後も活躍し、ついには薬害エイズ事件まで引き起こしてしまったということに関心を向けさせるべきです。

 

國分:それはイラク戦争についてもそうですね。

最近イギリスはイラク戦争について膨大な量の報告書を発表しましたが、日本はわずかA4数枚の報告書だけで済ませています。

第2次世界大戦についてもまともに責任を追及していません。

関係者の責任を追及しないというのが日本のお家芸のようなものになってしまっている。

 

・欧米へのコンプレックスとアジアへのレイシズム


國分:そこで白井君のビジョンを聞きたいのですが、日本国民はきちんと責任を取る近代的主体になるべきだと考えていますか。

『国体論』は近代的主体を肯定しているように見えると同時に、そういう安易な解決策を拒否しているようにも見えます。

この点についてどう考えていますか。

 

白井:それは結局のところ、どのような政治秩序を目指すべきかという話になると思うんですが、僕はあまり「こうあるべきだ」という理想がないんです。

アメリカやヨーロッパではデモクラシーが理想とされていますが、彼らのデモクラシーが今うまく機能しているようには見えません。

それではデモクラシーが無理だからといって、中国やロシアのように権威主義でいけばいいかというと、こちらにも多くの問題があります。

政治について研究すればするほど、それに期待することが少なくなりました。

まあ大体において政治なんてろくなもんじゃない。

重要なのは、政治ではなく、国民が元気でいられるかどうか、です。

国民に元気さえあれば、政治はろくでもなくても、それなりの秩序を形成できると思います。

たとえば、中国の人たちと話をしていると、彼らの中にナショナリズムと非ナショナリズムが共存していることがわかり、すごく面白いんですね。

彼らは「共産党なんてろくでもない」と思っている一方で、「共産党しかない」とも思っている。

それで自分は何をするのかというと、自分の商売を頑張る。

こういう発想なんですね。

これは「自民党なんていいとは思わないけど、自民党しかない」として自民党を支持している日本国民とは似て非なるものだと思います。

日本の場合は政治に対してすごくナイーブなんですよ。

 

國分:いまの問題に関しては『国体論』の中に1つの答えが出ていて、白井君はそれを「奴隷」という言葉で表しています。

ニーチェが言ったように、奴隷は自らが奴隷であることを否認し、自分の現状をすばらしいものだと思い込んでいる。

そして、「お前は奴隷なんだぞ」と言ってくる自由人たちを誹謗中傷し、自分の惨めな境遇を押し付けようとする。

この奴隷根性に関して非常にショッキングなのは、白井君の本によく出てくるアメリカの元国務長官、ジョン・フォスター・ダレスの分析です。

ダレスは日本について、日本人は欧米人に対するコンプレックスと同時にアジア人に対するレイシズムを持っており、この2つをうまく利用すれば日本を支配できる、と言った。

実際、日本はそれをうまく利用され、支配されてきました。

戦後の日本がアメリカの支配の中で受け取った価値観は、自由主義でも民主主義でもなく、結局のところ近隣のアジア諸国を差別する権利だったわけです。

こうしたコンプレックスの中にいるかぎり、日本の奴隷根性がなくなるはずがない。

これに対して、「共産党はろくでもないけど共産党しかない」と言っている中国には、奴隷根性はないわけですね。

そこが「自民党しかない」と言っている日本との違いだと思います。

中国の学生たちを見ていても、彼らには奴隷根性はないでしょう。

 

・『国体論』の先にある日本にとって重要な課題


白井:そう思いますね。中国の学生たちが会社に就職したあとにまず何を考えるかというと、どうやってその会社を辞めて独立するかということですからね。

最初の問いに戻れば、支配されているという事実、日本の状況がどんどん悪くなっているという事実から目を背けている奴隷根性が、安倍政権を支えている。

 

國分:この奴隷根性から脱出することが日本にとって重要な課題であり、『国体論』のひとつの課題でもあったと思います。

ただその際、奴隷根性から脱出したあとの姿があまりイメージできないということも事実です。

僕は『国体論』を読み、その問題意識に強く共感すると同時に、奴隷根性から脱した先のことを具体的に考えていく必要があると思いました。

この問題は今後も白井君と一緒に考えていきたいと思っています。

 

白井:まずは「国体」のもと、支配されていることを否認するという病癖に日本人が気づくことから始めるしかないでしょう。


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【隷属状態からの脱出が日本の最重要課題だ】日本人から思考を奪う「国体の正体」とは何か
東洋経済オンライン 2018/07/26
白井聡:京都精華大学教員/國分功一郎:東京工業大学教授
https://toyokeizai.net/articles/-/229556

 

 

 

【白井聡(しらい さとし)】政治学者。1977年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位修得退学。博士(社会学)。専攻は社会思想、政治学。京都精華大学人文学部専任講師。おもな著作に『永続敗戦論』(石橋湛山賞、角川財団学芸賞受賞、太田出版)、『属国民主主義論』(共著、東洋経済新報社)など(撮影:恩田陽)

 


【國分功一郎(こくぶん こういちろう)】哲学者。1974年生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業、東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専攻は哲学。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。おもな著作に『中動態の世界』(医学書院、小林秀雄賞受賞)など(撮影:恩田陽)