「心を商品化する社会」

これは小沢牧子さん中島浩籌さんの2人の著書(洋泉社新書)のタイトルである。
社会全体に「心のケア」といった内容のよびかけがはいりこんでいる。「不適応」に陥つてしまつた人への早期発見 早期対応もまた強調されてきている。不登校に関しても同じ。

中島さんの記述を引用しておく。(P124)
「それにしても、このような予防的まなざし、早期発見のまなざしに、問題はないのだろうか。早期発見ということは、常に問題傾向がないかどうか監視されるということであり、予防的に介入するということは、「普通」の人が「普通」の状態にいる時にも介入されるということである。つねに監視され、いつ介入されるかわからない。二日間休んだだけなのに、学校で自分のための会議が開かれてしまう。こんな姿勢・まなざしは、誰にとっても息苦しく感じられるものではないだろうか?そうしなければ深刻な事態になってしまうと言うかもしれない。では、その深刻な状態とは何を意味するのだろうか。「不登校」も早期介入の対象となっているが、「不登校」にとって深刻な状態とは、学校を休むだけでなくやめていってしまうことを意味している。しかし、学校に通わなくなるということはそんなに深刻な事態なのだろうか。

札幌市の上田市長のマニフェストに「不登校対策」として「心のサポーター」を配置するとある。これに学校退職者を当てることも記している。

いろいろな場面でカウンセリングが言われ、心のケアの必要性が叫ばれ出してきた。こういう状態への警鐘の書であり、ことの本質を見直すことを提言している書でもあるように思う。

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