三郎は仕事にもようやく慣れ 余裕が出てきた
そんな夏の或る日 ふと 簿記の勉強をしたくなった彼だった
夜間の簿記学校へ 入学手続きをすませ その初日であった
或る若い娘が たまたま三郎の席の隣に腰掛けたのが きっかけであった
「すみません 筆記道具をうっかり忘れてきたのですが 鉛筆を貸してくださいますか」
「はい、遠慮なくお使いください」
これが 二人が巡り合った瞬間の会話であった
それから 学校ではいつも一緒の席に座るようになった二人だった
夏の 「ねぷた祭り」も浴衣で 出かけた二人
すごい人出の中 離れ離れになりそうに感じた三郎は
おもわず 彼女の手を握った 自然であった
彼女は 別になんとも感じていないのか それから手を握り合ったままであった
彼女の家は 母子家庭で 弘前の奥座敷 「大鰐温泉」にあった
弘前からは 電車で15分くらいであったろうか
気がつくと 学校のある夜は かならず 送っていくようになっていた彼であった
最終便の電車で 弘前の下宿先に戻るのが 日課となっていた
学校を仕事の都合で休むと 彼女は下宿先にその日の授業の内容を
教えにくるようになっていた 下宿のおばさんは そんな二人をあたたかく
見守っていてくれた
つづく