三郎が 弘前にきて2度目の夏がやってきた
支店経験も 早や1年半を 経過していた やるだけのことはやりつくした想いをしていた三郎であった
これは どんな原材料から出来ているのだろう ふと そんな素朴な疑問が彼の心に芽生えた
原材料もわからぬ状態で 自分は販売していたのかと 改めてそのことを思い知らされ 冷汗が流れるのを覚えた
即、機会を見つけて 社長に現場の仕事任務につかせて欲しい旨の直訴をした三郎であった
たまたま現場に欠員が生じた 彼の要望は運が良い時期であった
初めて 現場を経験し なあるほど これはこういう原材料で こういう手順で 完成していたことを 知った
彼は 現場の物を創造する喜びに のめり込んでいったのだった
その時代は まだ現在のような ベルトコンベアーで品物が出来あがっていくような 時代ではなかった いわゆる 手職技術の頃であった
ここで 三郎はこういう技術は「年期」というものが 必要であるということを身をもって 実感した
営業は営業なりに 製造現場は製造現場なりの 「年期」がいかに大事なものであることかを
つづく