ちんちん電車で向かった先は、昼間に一度来た思案橋。
昔の思案橋跡から、 このアーケードを潜り、テクテクと。
なんとなく、ちょっと・・・田舎な新地、みたいな感じ?
アーケードの両脇の電柱には、異人さんや芸子さんみたいな色んな人の切り絵様なデザインがあって、見てると楽しい
日も暮れてきました。
途中、 福砂屋さんの本店。
運転手さんには、同じ福砂屋さんでも長崎で買う方が、卵が濃厚だよってオススメされたんだけど、いっぱいカステラ買っ・・・たと思ってたから、今回は買わなかったんだ~
家帰ってお土産開けたら、いつもの如くで、あれ?こんだけだったっけ?って思うのは、なんでなんだろう・・・
丸山公園隣にある派出所は、レトロな建物!
この辺りの町名は、大体同じ職業の人が集まっていたそうで、鍛冶屋町とか油屋町、籠町などなど、町名に名残が残っているんだって。
日が暮れると、花街の少し妖しげな空気に代わります。
そして、今日お伺いすることにした卓袱料理のお店は、 史跡料亭「花月」さんです。
いくつか卓袱料理のお店はあるんだけど、こちらでは昔の古い建物を使い、坂本龍馬が付けた刀傷を見ることが出来たり、史跡としての価値もある料亭だったため、奮発してこちらに寄せて頂きました。
・・・といっても、うちの在阪大蔵省が払うんだけどw
門をくぐって、大きな古い日本家屋の入口へ。
もともと長崎の丸山は、吉原、島原と並ぶ天下の三大遊郭として栄えた場所でした。
そこに遊女屋引田屋として開業し、引田屋を廃業した後、その場所で料亭として営まれています。
歴史の香りがしながらも、なんとなく艶っぽい雰囲気でした。
床の間のあるお部屋に案内していただきました。
龍馬の刀傷が見れる大広間は二階にあるのですが、団体のお客さんが宴会をされているそうで、お料理が終わってから案内していただけることになりました。
卓袱料理は、色々と変わった作法があって、面白いです。
和華蘭(わからん)の名前の通り、料理は中国とオランダの要素を取り入れ、和風にも混ぜてアレンジされています。
身分関係なく皆でご飯を食べるという意味で、円卓テーブルとなります。
そして、大皿に盛られた料理を直箸で食べ、基本的には取り分け用のお皿はたくさん出てきません。正式には2枚までなんだって。
というのも、家庭でもてなすための料理なので、洗い物が沢山でないように、という気配りだという。
最初に女将さんがご挨拶に来られました。
乾杯や挨拶の言葉などは、御鰭をいただいてからになるそうです。
料理は、女将の「御鰭をどうぞ」の言葉が始まりの合図です。
鯛の胸鰭が入った吸い物を御鰭(おひれ)と言い、「お客様1人に対して、鯛一尾を使っておもてなしさせていただきます」という意味が込められているんだって。
なので、一番最初に椀物が出てきて、具も入ってるのにそれを食べきるまでは女将さんがテーブルの横に付いたままという・・・(笑)
結構これ、、、気まずいんだなー
急いでモグモグモグモグ・・・・・と必死に飲み込む私w
お椀を食べ終わると、そこでようやく乾杯となり、お料理が運ばれてきます。
初めて食べた・・・クジラの肉・・・
コリコリしてて美味しかった!
美味しいお肉は、おいしいんだね(笑)
薄いベーコンみたいな。
お料理色々。
そして、実は今年、母が還暦を迎えます。
予約の電話をしたときに、「何かお祝い事とかはありませんか?」と聞かれて、
私「・・・・うーん(゜-゜)?」
花「例えば、誕生日とか・・・御還暦とか・・・」
私「!!!Σ(゜Д゜; 母が還暦ですっ(`・ω・´)」 となったという(笑)
なので、御還暦用にお赤飯とか準備しておきますと言ってくださっていたので、「わーい、お赤飯お赤飯~(*´▽`*)」と私一人で思っていたのですが。
お部屋に入ったら、なんと、赤いちゃんちゃんこが・・・
な、なんと・・・有難い・・・
ということで、娘はただ便乗しただけという(笑) おめでとう。これからも元気でね。
乾杯用に日本酒を注いでいただきました
珍しい「バスティー」 。
パッと見・・・アップルパイみたいだから、何か甘めのものなのかな?って勝手に思ってたら、普通にご飯だった(´・ω・`)笑。
上のパイを崩すと・・・ スッポンとかキクラゲとかシイタケとか、出汁の利いた料理
・・・なんといえば伝わるのか分からんけど←
薬膳っぽい味?なのかな?
ちょっと苦みが・・・大人の味でした・・・ ←お子ちゃま舌
こんな可愛い盛り付けで、 また大人の味。笑。
角煮~
最後はお赤飯に デザート
でも、卓袱料理は「椀に始まり、椀に終わる」というそうで、〆は お汁粉でした
上の階ではお座敷に芸妓さんを呼ばれてるみたいで、テンツク 風情のある三味線や太鼓のお囃子が流れてきたり、楽しそうだった
今の時代にも、芸者遊びを出来る人が居るんだなぁって、私、こういうところに来るのは初めてだったから、興味津々。
私たちのお部屋が2人にしては広いので、遠くから聞こえてくる音を聞きながら黙々とお料理頂いてると、、、
なんだか、隣でどんちゃん騒ぎをしてるお大尽に「けっ お金持ちは羨ましいこった」とか悪態吐きながら、ヤサグレて徳利傾けつつ 湿気てる弥次喜多道中・・・みたいなシチュエーションが面白すぎた(笑)
こういった芸妓さんを呼んだときは、お座敷が終わると、玄関でお酒や唄、お囃子でお見送りをするらしく、玄関のすぐ横のお部屋だったので、お座敷で流れていたお囃子とはまた違った、賑やかな音が聞こえていました。
お部屋から立派なお庭が見えます。
そして、上のお座敷がお開きになったので、仲居さんが建物の中を案内してくださいました。
登る階段がすごく急でビックリした!
もっとびっくりしたのが、階段どうぞ上ってください、と言われて上に上がったら、何故か仲居さんが着いてたこと(笑)
スタッフ専用の階段があったり、お部屋もお客さんが出入りする襖と お料理を持ってくる仲居さんが出入りする襖が、別々にあったり。
こういう料亭だから、鉢合わせしちゃいけないお客さんをテレコで通すための通路とか、色々ありそうだな~って思ってました( ´艸`)
忍者屋敷みたい?笑。
二階のお座敷は広間になってました。
長崎は坂の街だから、敷地内にも高低差があるようで、二階からお庭を見ると、下にあるんじゃなくて、同じ高さにあるのがなんとも不思議です
そして、この床の間の柱に、龍馬がつけたという刀傷が残されています。
こちらでございます~(笑) 数か所、キッチリ刃が入ったものや、かすり傷になってるものなど。
こういう花街に通って、遊ぶだけじゃなくて情報交換や会合を開いたりして、歴史を動かしていったんだろうな~。
他にも、歴史的なものが「集古館」に色々と展示されているので、連れて行ってもらいます。
新館もあるみたい。
色んな掛け軸とか。
映画「長崎ぶらぶら節」で有名になったという名妓・愛八さんの諸々とか
焼き物や、 孫文直筆の書、 お龍さんが好んだという月琴。
そして、坂本龍馬直筆の書。
イカルス号事件の際に、花月で飲食していたはずの海援隊士に嫌疑がかかったことについて、奉行所へ苦情書を送るための下書きだそうです。
推敲した後がいっぱいあった。
一番最後のお客さんだったみたいです 日もどっぷりと暮れてます。
最後は女将さんも一緒にお見送りしてくださいました。
良かったら、、、と提灯を持たせていただき。
せっかくのお祝い事なので、とお箸と手ぬぐいまで頂いてしまいました。
決して上客ではない私たちなのに(笑)、丁寧におもてなしして頂いて、本当に素敵な長崎の夜を過ごすことが出来ました。
ただのお料理屋さんではなくて、史跡としての価値を次の世代に繋いで行かなければならないという、大きな責任を背負って務められているのだと思います。
これからもずっと大切に伝えて行っていただきたいなぁと思いました。
こういうところには行ったことが無かったから、色んなお作法とか分かってないし、どうにも個人的に、こういう女将さんとか こういう場所にやたらと緊張してしまうため、行く前にはどうなることかと思ってたけど(笑)お料理だけでなくて歴史もお茶屋さんの雰囲気も楽しむことができて、良かったです
お腹も心もいっぱいになって、ホテルへ帰ります。。。
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