堅バカおすぎのドタバタ人生ノンフィクション日記🎵

生きてると本当に色々な事が起こる。持病と闘いながら堅ちゃん救われて乗り切るリアルノンフィクションな日々です。

LIFE is・・・。(息子とおすぎ)~2~ 

2011年06月29日 | 実録!就職戦線実況日記

息子が 本当に見つけた自分のやりたい職業。

きっかけは 春に受けた映像関係の会社でした。

その会社を受けたのは そろそろ就活に入ろうか?って頃に(2月には始まっていく)

もともとは海保の学校や公務員試験を受けるとしていたけど

「こんな会社も求人来てるぞ」と先生から進められて もともとテレビの世界に興味があった息子は

受けてみることにしたわけです。

小学校の頃は「クリの助さんみたいなレポーターさんになって釣しながら美味しいもの食べる仕事がしたい~」とか

あほなことを言ってましたけど。

それは テレビに出る人の事で むいてないか?と言われれば むいてなくもない、そんな感じの息子。

だけど子どもなんて さっき言ったことも忘れたり 昨日はお医者さん、今日は消防隊員!とか

コロコロ夢が変わるものです。

そんな精神年齢が幼いまま、5年生になり就活に入ったとき 嫌でも現実を見なくちゃならない。

そこで初めて 夢みたいなことを言ってた自分と向き合ったのでしょう。

 

あの 最初の面接をきっかけに 放送業界の事を沢山今まで以上に知り

自分の今の勉強が 生かせて更に専門知識を身につければ やりたい仕事が出来る。

そんな仕事を見つけてしまったわけです。今頃。(これは親とか先生の本音)

 

見つかってよかったんだけど 見つからなくても良かったかな~~~?・・・・・・・・とか???

なんて 親でしょうね。

 

つまり 息子の口からでた 本音は

「映像技術の専門職に就きたい、そしてそういった特殊技術映像を作り出してそんな番組作りが出来る仕事がしたい」と言いました。

おすぎの頭の隅っこにあった「予感」みたいなもの どんぴしゃりと当たってしまいました。

 

今、航〇は制御情報工学と言うものを5年間高専でとりあえず成績はさておき学んできたわけで

たしかに その勉強していることは 彼の夢につながることで

だけど さらに上の勉強を身に着けたうえで 何度も放送業界にチャレンジしたい。

その為に卒業したら 放送技術専門の専門学校に実は行きたいと思ってる。と言われました。

 

海保も公務員もレポーターも医者も獣医もそんなのは 成長してくる過程に 彼に刺激を与えた職業で

その為の勉強もしたり調べたり そういったことはすべて 何一つ無駄な事はなくて

でも 今、初めて 本気で自分の気持ちを航〇は知って

諦めたくない、家の事情とかで諦めたくないとまで言うのです。

 

子どもなんて 口ばっかりで じゃあ そんなにそれになりたい、はいりたいなら

死に物狂いで勉強しなよ!って言っても いつもいつも食うか寝るか以外は勉強してますよ!みたいな神業は

出来ないでしょう。

だけど アイツの土壇場の集中力と 成し遂げ能力(普段はサボってるけど結果的に成し遂げる。諦めない)は

この目で見て来たので どんだけの時間がかかるのか わからないけど

私としては もっと詳しく勉強して 必ず夢をかなえてみせるとまで 言ったこともない航〇が言うのだから

ここはいっちょ~ 大学に行かせてると思って 後2年専門学校に行くのも間違いではないと思いました。

 

それくらいの 「強い意志」が あいつから めったに感じないあいつから感じたわけです。

 

だけど 前回のブログにも書いたけど

それには ただではそこに行けません。

越えなければならない 『挑もう』と思っただけで シュ~~~~・・・・・ッと直ぐ火が消えちゃうくらい

高い険しい壁が立ちはだかってます。

 

以前。航〇が 中学受験に挑戦したい!と

ラサールを受けたんですけど 受験対策の勉強を始めるのが遅かった(小5の冬から)のと

ま、親が親なんで ね、受かるわけはないと でも 挑戦したいから勉強したいなんて

一生に1回でもあるかいな?と思ったり コメントでじゅんさんの親御さんが言ってた

「後で恨まれたら嫌だし」とか思って みっちり1年塾に通い 

難関校受験クラスに入れて 受ける事ができたんだけど

見事 落ちまして、でも悲壮な気持ちはなく 航〇はその時は悔しさから

「もう1回高校受験でラサール挑戦するっ!」とか言って 他に受かった私立中学には行かずに

公立に行ったんだけど

その時に もうはらわた煮え返る事件があって。

大抵中学受験は1月中には殆どこっちの方では終わるんだけど

2月初めだったかな?

〇雲中学と言うところから 電話があって(そこは試験慣れするために受けていた)

「特待生と言う事で是非我が校に入学しませんか」と言うお誘いだった。

本人は ラサール以外は行く気が無かったので 一応聞いてみたけど

やはりその気はなくて 私も 行く気がない学校に行かせる気もなくて

有難いお誘いだったけどしょうがないと思っていたら

そこに食いついたのが旦那だった。

「せっかく特待で 来てくれって言ってんのに何でいかんとね」とか

「特待生は授業料免除だし 」とか とにかく 行く気は無いと言ってるのにしつこい。

終いには

「ラサールに落ちて、その塾にかかった金を返せよ」

「おお~~?(やくざみたいな人が相手に威嚇する時みたいな感じ) 幾らかかったとおもっとうとや?」

その間、立ちすくむ航〇の周りを腕組みしてクルクル回りながら 借金取りみたいにしつこくネチネチ言う。

とどめが

「じゃあ、かかった金、死んで返せ、死んで返せよ」と言いました。

もう、おすぎは 子宮が爆発するみたいにその言葉を聞いて 旦那に襲い掛かったのを覚えています。

あの言われてる最中の航〇の握りこぶしの震え。一点を見据えて耐えている顔。

おすぎが襲い掛かる直前に 航〇は二階へあがって行った。

あの時。

 

旦那を 殺しとけばよかった。

 

どんな イマ、この言葉を書いて 非難をうけるかもしれないけど

 

本当に こんな感じの事が その後も幾度となく 起こるたびに 自分を責める。

 

逆に降り飛ばされて おすぎの方が頸椎を損傷して腰椎も痛めて 全治2か月の重傷を負ったけど

それも 後々 何だか 頭が痛いのが治らんな~~~・・・。首が回せない。腰が痛くてたまらない。

卒業式終わったころに行ったら 病院で状態を聞いて真っ青になりつつ

直ぐに病院に行って DVで訴えればよかったと 自分の間抜けっぷりに後悔したもんです。

ま、その後2年後に 離婚調停と言う流れになるわけだけど

そんな親の状況を一番見てきてのは航〇で

言って親身に真剣に聴いてくれるひとか 頭から話が通じない人かって事がわかってる。

だからと言って 自分の人生を どうせ言っても・・・・。と諦めて欲しくはない。

 

子どもが 何も 働きたくもない、学校に行きたくもないって開き直ってるわけじゃない。

やりたいこと、やりがいを見つけたから さらに先に進みたいと言ってるのが

どこがおかしいのか? そう思うんだけど

 

我が家は普通じゃない。

 

普通じゃないから 困ってる。

 

おすぎが 自分の気持ちを今すぐに その気持ちに賛成ですって まだ言えない。

言って喜ばせて でも 旦那でダメだったら 本当にダメだから。

 

いっそ 離婚して

自分で働きながら専門学校の費用 貯めさせて 時間がかかってもいい。

奨学金制度や公的資金を利用して 人生を進めてやった方がいいのではないかとか

色々な事を 考えてしまう。

でも おすぎの子どもは 航〇だけじゃない。

兄ちゃん一人の都合に巻き込むわけにもいかない。

 

航〇は 可笑しなことを言ってるわけじゃない。

それは 私も昨日1日よくよく考えて そう思った。

どうせ変わり者の一家だ。

世間から どう見られようと 気にしない。

でも

旦那には 困ってる。

何を考えてるのか 何を言い出すのか。

 

解ってくれるのか わかっては貰えないのか・・・・。 解らないから困る。

 

航〇の人生 どう転がっていくのか・・・・。

見ているしかない おすぎです。