FMICS平成20年2月の原稿を平成20年1月25日に書いたものです。
それに赤で加筆しました。
やれない理由を考える人はとにかく頭の中は「やれない理由をあれこれと考える」スペースがないとか人数が足りない、安全性にかける、保護者の理解を得られない等々。
この人たちは初めからやる気がない、やりたくない、動きたくない、ないないづくしで熱もパッションのかけらもないのです。(これが多くの人ですよ)
シュルツィ氏は「やれる確率よりも、やれる可能性に注目しろ」と言っていたそうです。
頭が良い人ほど確立で物事を考えて、やらない理由を見つける。(子供の頃に勉強が出来ると言われていた人に多いですね~)
しかし、本当に着目すべきは目の前に広がっている可能性のほうです。(松下さんのまずは、やってみなはれ!でしょ)
その可能性にかけられるパッションを持っている社員こそ、組織にとってもっとも重要な人材だと言いました。(これがなかなかいないし、育たない、育てられないと嘆いているアナタはどうなのよ)
社員の前で熱く吼えているシュルツィ氏の姿が目に浮かびます。
私は元来楽観主義なので、やれない理由を考えることがありません。
やれることを考えます。
たとえそれが、やりたいことの半分になってもいいんです、それでもできなけりゃ3分の1でもいいんです。
とにかくゼロから1を創りだすことが大切なことだと思って仕掛けます。(最初は周りからはバカにされますが、覚悟の上です)
先ずは理論や確率より先に、それが「必要か、楽しいか」から始まって理解してくれる同士を巻き込んで実現に向かって調整します。
やっとの思いで実現できたらこっちのモンです。
学校は1から2への変化は容易に出来ますから、なんといっても2年目は前年同様だけで通りますから。(笑)
学校でもホテルでも「あっつ~い想い」で顧客(学生さん)のために“何か”を創りだすためのパッションが必要だと感じました。先ずは自ら熱くなって吼え、「ミッション・パッション・アクション」を伝播させる。
昨年の暮れから真義さんは、「がくせいさんの“がぁぁ”」と吼え始めました。またしてもわからないキーワードになりそうですよ。
とまあこんなことを5年前に書いていました。
読売の松本さんが面白い記事を書いてくれました。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/campus/jitsuryoku/20131025-OYT8T00418.htm
これじゃ・・・パッションの欠片もないと言われても仕方がないでしょ。
未だにこういう大学があることは悲しい話ですね~
というより
こういう大学が多いのかもしれませんね
「学生への昼休みの対応」
これは大学選びの一つに付け加えてもいいカモです