ご隠居さん:自我や世間の枠にとらわれず、社会の潤滑油となりたいものです。 AI時代は 人間らしい自由な発想がカッコいい

年を重ね、経験を積むにつれ、その時々の思いも変わっていく。その足跡を残しておくために

那須茶臼岳

2016年11月11日 | 旅 行事
昨日まで2日間、那須湯本で仕事、その合間に茶臼岳ロープウェイと那須湯本温泉を楽しんだ
新幹線で那須塩原、ここから那須ロープウェイまでバスで1時間15分、ちょうど30年ぶりの駅舎と山容に記憶がよみがえる。

途中、バスから見る湯本までの上り坂の両側には、お菓子の店とか戦争博物館など、洒落た店が目につく。ところどころ紅葉も鮮やか!
山肌は大小の岩石がゴロゴロして、丸っこい山頂の横には白い湯気が上がっている。
茶臼岳の名の通りすり鉢状で、標高も1900mを超える。わずかに雪が残り、イオウの染みた岩も見える。
ロープウェイは、20分間隔でほんの4-5分で終点、気温1度だが風がほとんどなく快晴に恵まれてハッピー!
30年前、子ども達と来た時は、山頂まで20分くらいと思ったけど、案内板に50分とあり、ほんのちょっとの山登りであきらめた。あの時は、二人が小4と小2くらいか、石の上をヒョイヒョイと一気に山頂まで登った感じ。
息子が「良いこと考えた、お母さんにおみやげ」と、水筒にきれいな空気を入れてきちんとフタを、、、子どもの発想は豊かだ。
眼下に、那須野が原のなだらかな斜面が広がり、好天の日には筑波山も見えるとの説明。30分ほど眺望を楽しみ、またバスで湯本に引き返す。
大きな鳥居は、那須温泉神社で630年舒明天皇の御代の創建という。
ここから鹿の湯へ急な階段を降りると、川沿いに民宿が並んでいる。民宿の主人が出迎えてくれた。

宿のすぐ前が共同温泉♨️、早速浴衣とゲタばきで一風呂頂く。
すぐ上流の殺生石からの泉源とかで、硫黄分の強い掛け流し、昔風の温泉場にくつろぐ。浅草とか成田からの常連さんと話がはずむ。宿の食事も、一通りの日本料理で、朝晩2回とも残さず平らげた。
氷点下の朝風呂も、体の芯が温まる感じ。
2日目の出かけ前、民宿通りを散策、所々にちょっとした見どころがあり、なかなか奥が深い。1856年十数人の死者を出した山崩れの記念碑、聖徳太子の像、那須の与一と九尾の狐ゆかりの矢を祀った洞窟の稲荷神社など、古くからの言い伝えが守られいて、微笑ましい。


宿の主人のが自宅を提供してできた「昔語り館」には、湯本温泉の繁栄を物語る写真と説明が展示され、町おこしへの希いが込められている。
ここ20-30年で、温泉街はすたれ、韓国料理や飲み屋の看板、それも空き家が目立つ。久しぶりに、鄙びた温泉の雰囲気に浸ることができた。

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