正月の一番の楽しみは、何といっても年賀状。
今年は、世界経済危機で迎えた新年だけに、気を引き締めるような添え書きが多い。
喪中欠礼の挨拶状も年々多くなる感じで、何となくさびしい気がする。
特に、昨年秋、ご主人を亡くされた家族の新年を迎える気持ちに思いを馳せる。
「それぞれの 思いや愉し 年賀状」
ハガキいっぱいに、近況と一年の計を書いてくる友のエネルギーにはいつも感心する。
地域演劇で恥をも厭わず、老若男女の市民コーラスで声帯を鍛えなおす、60の手習いで絵画教室など、老いてますます盛ん、生き生きとした高齢化社会を築いているようで頼もしい。
田舎の3年先輩は、年賀状は書で!とばかり、大学の書道部で鍛えた“己丑”の達筆ぶりに日本の伝統の良さを思う。
仕事で厳しかった先輩は、毎年同じ「ご活躍を期待します」という添え書きだが、遠くから怠け心を見透かされているようで、励みになるから不思議なくらいだ。
37歳、中年三羽ガラスと言われながら、素人3人で始めたテニスの友が、牛久と和歌山で相変わらず汗を流しているのは心強い限り。遅咲きのテニスへの目覚めというか、夏の炎天下に早朝から日没まで3日続けての特訓など、昨日のことのように思い出す。同好会からテニス部へと拡がって行ったのもうれしい。
会社では余り話したこともない後輩が、離れてからくれた年賀状が、不思議と長く続いている。
ウマが合うというのだろうか、お互いの家族の状況やら仕事上の変化など、年賀状の交わりですっかり親しい間柄になっている。
「交わりの 歴史をつむぐ 年賀状」
いくら考えても不思議なものもある。
たしか小学3~5年の頃、よく宿題を一緒にやった転勤族(警察署長?の息子)の友と、年賀状だけの付き合いが50年近く続いていることになる。その間、分かっていることは、住所から、彼がずっと水俣市に住み続けているということだけ。毎年、おきまりのあいさつ文だけ、何か添え書きがあった試しがない。
僕は数ヶ所移り住んだので、そのたびに賀状を辞めようとしたが、「継続は力」と諦めて続けている。
これはこれで、彼のまじめだった人柄が偲ばれて、味わい深いものがある。
僕にとって、年賀状は、形式的な面もあるが、正月気分や新年のけじめがなくなった現在、とっても貴重なしきたりに思える。
今年の年賀ハガキは、1枚1枚相手の様子を想いながら、添え書きをし、宛名は筆書きで厳粛な気持ちで仕上げた。
荘子に曰く「君子の交わりは、淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴(あまざけ)の如し」
年に一度の交わりで、自分の広い世界が保てるとしたら、実にありがたいことだ。
**参考:年賀状の歴史**
奈良時代;新年の年始回り
平安時代;貴族や公家が遠方などへの年始回りの代わりに書状
江戸時代;飛脚が書状を運ようになった
明治時代;1871年郵便制度確立、1873年郵便ハガキ発行によりハガキ年賀状が普及し、
M20(1887年)頃には年末年始の行事として国民に定着した。
今年は、世界経済危機で迎えた新年だけに、気を引き締めるような添え書きが多い。
喪中欠礼の挨拶状も年々多くなる感じで、何となくさびしい気がする。
特に、昨年秋、ご主人を亡くされた家族の新年を迎える気持ちに思いを馳せる。
「それぞれの 思いや愉し 年賀状」
ハガキいっぱいに、近況と一年の計を書いてくる友のエネルギーにはいつも感心する。
地域演劇で恥をも厭わず、老若男女の市民コーラスで声帯を鍛えなおす、60の手習いで絵画教室など、老いてますます盛ん、生き生きとした高齢化社会を築いているようで頼もしい。
田舎の3年先輩は、年賀状は書で!とばかり、大学の書道部で鍛えた“己丑”の達筆ぶりに日本の伝統の良さを思う。
仕事で厳しかった先輩は、毎年同じ「ご活躍を期待します」という添え書きだが、遠くから怠け心を見透かされているようで、励みになるから不思議なくらいだ。
37歳、中年三羽ガラスと言われながら、素人3人で始めたテニスの友が、牛久と和歌山で相変わらず汗を流しているのは心強い限り。遅咲きのテニスへの目覚めというか、夏の炎天下に早朝から日没まで3日続けての特訓など、昨日のことのように思い出す。同好会からテニス部へと拡がって行ったのもうれしい。
会社では余り話したこともない後輩が、離れてからくれた年賀状が、不思議と長く続いている。
ウマが合うというのだろうか、お互いの家族の状況やら仕事上の変化など、年賀状の交わりですっかり親しい間柄になっている。
「交わりの 歴史をつむぐ 年賀状」
いくら考えても不思議なものもある。
たしか小学3~5年の頃、よく宿題を一緒にやった転勤族(警察署長?の息子)の友と、年賀状だけの付き合いが50年近く続いていることになる。その間、分かっていることは、住所から、彼がずっと水俣市に住み続けているということだけ。毎年、おきまりのあいさつ文だけ、何か添え書きがあった試しがない。
僕は数ヶ所移り住んだので、そのたびに賀状を辞めようとしたが、「継続は力」と諦めて続けている。
これはこれで、彼のまじめだった人柄が偲ばれて、味わい深いものがある。
僕にとって、年賀状は、形式的な面もあるが、正月気分や新年のけじめがなくなった現在、とっても貴重なしきたりに思える。
今年の年賀ハガキは、1枚1枚相手の様子を想いながら、添え書きをし、宛名は筆書きで厳粛な気持ちで仕上げた。
荘子に曰く「君子の交わりは、淡きこと水の如し、小人の交わりは甘きこと醴(あまざけ)の如し」
年に一度の交わりで、自分の広い世界が保てるとしたら、実にありがたいことだ。
**参考:年賀状の歴史**
奈良時代;新年の年始回り
平安時代;貴族や公家が遠方などへの年始回りの代わりに書状
江戸時代;飛脚が書状を運ようになった
明治時代;1871年郵便制度確立、1873年郵便ハガキ発行によりハガキ年賀状が普及し、
M20(1887年)頃には年末年始の行事として国民に定着した。
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