東井義雄氏の著『根養えば樹は自ら育つ』の中に
「(前略) 妻の足なんか拝む気にはなれません。やめておこうかと思いましたが、それでは徳永先生に申訳ありません。大急ぎで拝む格好だけしておいて足袋を脱がせたのです。
私はギョッとしてしまいました。妻をもらって三十八年目 妻の足の裏を見たのは初めてです。もう少しはかわいらしい足の裏をしているのかと思いましたら、まあ、なんというがめつい足の裏でしょうか。(中略)山奥の貧しい私の家に嫁いで、毎日毎日、険しい山道を薪を背負って通い、山道いっぱいに広がっている岩の道を、すべらないように、指の先に力を入れて、踏みしめ、踏みしめ、三十八年もそれを続けている間に、こんな足の裏になってしまったのだろうかと思い、家を留守にして、毎日毎日とびまわっている私に代わって、畑を耕し、こやしを運び、たねを播き、土と共に、三十八年生きてきたために、こんな足の裏になってしまったのだろうかと思うと、胸がつまり、気がついてみたら、本気で妻の足を拝んでしまっていたのです(下略)。」
東井氏のお人柄や もくもくと生きていられる奥さんが偲ばれます。
足をもっての人間の生きざまなり その生活観なりを
そこに教えられるのです。
一歩一歩と足を運んでの活動
両足をふん張っての活動
足を二つに折っての静座
人間生活の基盤であるこの足を よくよく考えれば ・・・
なんと有難いことか ・・・ と 思わずにはおれません。
(2010/5/25 撮影 エジプト)
「(前略) 妻の足なんか拝む気にはなれません。やめておこうかと思いましたが、それでは徳永先生に申訳ありません。大急ぎで拝む格好だけしておいて足袋を脱がせたのです。
私はギョッとしてしまいました。妻をもらって三十八年目 妻の足の裏を見たのは初めてです。もう少しはかわいらしい足の裏をしているのかと思いましたら、まあ、なんというがめつい足の裏でしょうか。(中略)山奥の貧しい私の家に嫁いで、毎日毎日、険しい山道を薪を背負って通い、山道いっぱいに広がっている岩の道を、すべらないように、指の先に力を入れて、踏みしめ、踏みしめ、三十八年もそれを続けている間に、こんな足の裏になってしまったのだろうかと思い、家を留守にして、毎日毎日とびまわっている私に代わって、畑を耕し、こやしを運び、たねを播き、土と共に、三十八年生きてきたために、こんな足の裏になってしまったのだろうかと思うと、胸がつまり、気がついてみたら、本気で妻の足を拝んでしまっていたのです(下略)。」
東井氏のお人柄や もくもくと生きていられる奥さんが偲ばれます。
足をもっての人間の生きざまなり その生活観なりを
そこに教えられるのです。
一歩一歩と足を運んでの活動
両足をふん張っての活動
足を二つに折っての静座
人間生活の基盤であるこの足を よくよく考えれば ・・・
なんと有難いことか ・・・ と 思わずにはおれません。
(2010/5/25 撮影 エジプト)