
白浜というところへ初めて行ったのは大学生の時でした。仲間3人で夜中になってから、どこかへ行こうという話になって、一人が父上のクルマで来ていたものだから、白浜まで走ることになりました。当時、阪和道も和歌山までしかなく、いわゆる「上の道」のまま、白浜まで行ける時代ではなかったので、和歌山市から42号線をも暗い中地道に走ったのでした。明け方の三段壁から下を覗いたら、「大丈夫、怖くないからね」という声が聞こえてきそうでした。三段壁以外は白浜駅へ行ったのは覚えていますが、温泉につかるわけでもなく、白良浜を見るわけでもなく、「てん」して帰ってきたのでした。
次に白浜を訪れたのは2005年3月。会社の旅行でした。白良浜近くのホテルに泊まり、ようやく「白浜へ行ったぞ」と言えるようになりました。温泉玉子を食べたものの、埼の湯に入れなかったのが残念。その次は2012年8月。
そして今回ですから実質3回目というところでしょうか。
白浜の町は、どことなく古びていて、懐かしい気分です。昭和30年代にこの温泉地は急成長したそうです。戦後の日本が豊かになりつつある中で、慰安旅行や家族旅行の地として白浜が定着していく。子供のころの記憶では白浜といえば(行ったことはないのに)円月島だったような気がします。最近は白浜といえば、アドベンチャーワールドか白良浜、または近大マグロの養殖でしょうか。絵はがきやペナントで見た円月島は、令和の今は影が薄い気がします。春分の日秋分の日前後は島の真ん中の穴に夕日が沈むのを撮るのに人が集まるらしいですが、今はその時期でもない。
太陽が沈みかけたころ、円月島を見に行きました。影が薄いと申しましたが、それでも訪れる人はそこそこいます。幸いなことに、海岸沿いの道路にはクルマを停めるスペースもある。釣り人も少なからずいて、道路の隅から防波堤越しに釣竿を立てている人もいます。
しばらくぶりに見る円月島は、私にとっては昭和時代のなつかしさでした。
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