~窓をあけよう☆~

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夜に逃れて  夜奔

2015-06-25 06:17:31 | 銀幕


1999年製作2000年発表、徐立功(シュー・リーコン)監督作

アジア系映画を積極的に上映してきた映画館シネマート六本木が6月14日をもって閉館されました。
閉館されるまでの数か月は新作上映と並行してこれまで上映されてきた名作や人気作を上映し、6月6日~12日の7日間はLast Presentとして選りすぐりの4本の映画を上映されました。
そのうちの1本がこの台湾映画「夜に逃れて 夜奔」
未見でしたが上映発表の時にホームページに書かれたあらすじを読んで感じるものがあり楽しみにしてました。
昼間に上映されるのは8日(月)、9日(火)、12日(金)の3日間しかなく、多分曜日的に人が少ないであろう月曜日に見に行きました。
鑑賞した後、余韻が心に染み込んできてすぐに12日(金)も見に行くことを決心。でも帰宅してのちもこの映画の事が頭から離れず、金曜日に雨が降ったら見に行けないかもしれないし、待てない気持ちになって翌日火曜日にも映画を見に行き、合計3回鑑賞しました。

映像はあらかじめDVD上映で画質があまりよくないことが断り書きに書かれてました。確かに画面は若干荒く、音響もサラウンドではなく前からしか聞こえてこないのですが、暗い室内で集中して見てると話に引き込まれあまり気にならなくなりました。



今回はかなり詳しいネタバレで書いてゆきます。あまり詳しく知りたくない方はご注意ください。




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映画はまずチェロでバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番プレリュード」を奏でる人物が現れます。チェロと弾く手だけを映してるので誰なのかはわからないのですが、心地いい響きの余韻を残して話が始まります。
アメリカニューヨークに住む一人の中国系老紳士が現れます。彼は耳も遠い様子。

その老紳士は回想する。
時代は1930年代。老紳士は若い頃、中国、天津の名家で銀行頭取の子息でした。名前は徐少東(シュー・シャオトン)

幼いころから金融を勉強するためアメリカに留学してます。チェロを愛し腕前も素晴らしく冒頭の演奏は彼であることがわかります。

彼には親が決めたいいなずけがいます。

韋英兒(ウェイ・インアー)
やはり資産家の一人娘で英語の教師をしている。二人は会ったことは無いのだけど、英兒の発案で文通をしてお互い親密な心の交流をしていた。

英兒の父は劇場「雲天楼」を買い取り経営するほどの芝居好きで、英兒も父の影響で芝居をこよなく愛している。
この映画での芝居は京劇や崑劇などの伝統芸能を指します。四角くせり出した舞台で裏手で音曲を演奏する人がいます。
ある日北京から「榮慶班(ロンジンバン)」という崑劇一座が興行をしにやってきて、滞在する予定だった建物が貿易会議で使用できなくなったために英兒の父の計らいで韋家の屋敷の一部を貸してあげることになる。
一座が丸ごと住めるくらいの広さを持った英兒の屋敷は中国式の建物で、奥の敷地は家人のプライベート部分で中庭を囲んで平屋の建物を通路でつなげている構造のようです。だから英兒の部屋も平屋建てで部屋の扉を開けると中庭に直接出れるようになってます。これが後で意味を成します。

榮慶班の興行が始まり、一家で桟敷席で劇を鑑賞する。


歌舞伎の見取り形式のように、複数の演目の人気場面のみを集めた狂言が順に演じられます。
そして、一番の出し物、花形役者林冲(リン・ツォン)が演じ舞い謡う『水滸伝』の中の人気狂言「林沖夜奔(リンツォンイエベン)」が始まる。

若い武生(ウーション・・・武者役)の瑞々しい佇まいに観客は熱狂し「好!」と口々に叫び、英兒も魅せられる。
もう一人、熱く舞台を見つめる者がいました。もう一つの桟敷席で部下たちと鑑賞する街の有力者の御曹司黄子雷(ホアン・ツーレイ)

まるで平安時代みたいな模様のある長袍を着て長い髪を束ね、言葉遣いもネチネチして怪しげな雰囲気を漂わせている彼は、北京で林冲の狂言を見て魅せられ一座を天津に呼んだ人で金銭的にも援助している一座にとっては大切な存在でした。


そのころ少東が帰国。英兒も少東の両親と一緒に出迎えます。手紙のやり取りはしていたけど、初めて会った二人。少東は英兒へ記念にガラス製のチェロの置物をプレゼントします。

二人はすぐに仲良くなって英兒は少東を榮慶班の崑劇鑑賞に誘います。だけど少東はつまらなそうにしているのに気づいて出て行こうとしたら
「林冲夜奔」が始まる。

音に敏感な少東はその歌声に引き込まれ物語の世界に入り込む。

奸臣の計略で罪をかぶせられ逃亡する林冲の姿が幻想で現れる。故郷の家族を思う気持ち、裏切られた口惜しさを激しい踊りとともに謡う姿に心奪われる。
翌日は自発的に観劇した少東。
舞台裏に足を運んだ彼は林冲の手を取り賛辞を述べる。

そこへ黄子雷もやってきて林冲は彼の招待する宴会に向かった。

林冲は地味な印象で礼儀正しく物静かでいつも感情を押し殺したような無表情でいます。座長からは常に一座の命運はお前にかかっていると言われていて、その重責にじっと耐えている風情です。

少東は英兒を誘って林冲に崑劇を教えてほしいと願い出て三人での交流が始まる。まず英兒がいなくては彼が崑劇一座に近寄ることはできないもんね。
無邪気に崑劇の世界を楽しんでる英兒は林冲が少東に聞かせている横笛の音色にうっすらと何かを感じる。

屈託のないお金持ちの子女二人は開演時間を気遣って不安げな林冲を誘ってドライブに出かける。英兒は「私たちの夜奔よ」と言って少東と明るく夜奔の一説を口ずさみ着いた先は万里の長城。気持よく崑歌を歌う英兒に少し離れて少東は林冲に矢継ぎ早に質問し、彼はやはりうつむいて答える
「故郷はどこ?時々は帰省するのかい?」
「僕は捨て子です。座長に拾われました。だから故郷はありません。思い出もない。名前は今「林冲夜奔」を演じているから林冲。これから先の名前は・・・わからない・・・」
そして役者の身である自分を卑下する。それに対し少東は鑑賞した観客がみな喝采を送るアーティストだと称賛する。
少東に促され万里の長城に林冲の歌が響く


その日の舞台は素晴らしい出来で黄子雷がほめに楽屋に向かったら、林冲はすでに少東たちに誘われて出て行った後だった。座長に不機嫌をあらわにする黄子雷。
林冲はひと時の青春を楽しんでいた。川魚を焼いて食べたり車の運転に挑戦したり、自然に笑顔があふれる。夜中にこっそり塀から帰宅する時、英兒を無事塀の中に下ろしてからちょっと戻って少東に言う。
「僕の中に君がいる」

翌日、少東は劇場の舞台にチェロを担いでくる。そして音響の良い場所を確認してバッハを弾く。
ここでチェロを弾いたのは表向きは英兒へ聞かせるためだが、見ている私達も本当の目的が飲み込める。。
気が付くと英兒がいなかった、青い紗の弾幕の向こうにうつむいた影が見える。林冲は幕の向こうにいてこちらに来ようとしない。ゆうべ座長に背中を打ち付けられた傷を見せたくないから。身分の違いを自覚させられたから。


その日の夜舞台が終わり少東は珍しく一人で楽屋に入るとほどなく黄子雷もやってくる。
そこへ林冲が舞台から戻ってきて少東を見て一瞬笑みを浮かべるが、黄子雷を見てこわばらせる。

黄子雷はまたも宴会に林冲を誘う。金で人の自由を奪うなと反論する少東を制止して林冲は黄子雷に同行する。

少東は帰宅して心を諌めるようにチェロを弾き、そして女性のトルソーのようなチェロの胴体をなぞる。

彼もようやくわかったのだ、宴会の意味を、林冲の置かれてる立場を。

それから一座は新しい滞在場所に移り、三人での交流は途絶える。

しばらくして少東はクラブハウスでテニスを楽しんだ後、広い浴室で林冲と再会する。挨拶もせずにいる林冲に少東は非難しようとして林冲に口をふさがれる。
察した少東。
もう一人察した黄子雷。彼は連れてきた林冲がいないことに気づき、少東のラケットが置き去りにされているのを発見する。

少東は林冲を車に乗せて連れ去っていた。まるで王子様がお姫様を救い出すようだと思いました。
待ち合わせをしていた英兒との約束もすっぽかして。劇場は騒然として、少東の家族も探し回る。

騒ぎをよそに二人は雪の夜の荒野で動かなくなった車の中にいた。林冲は幸せな気持が表情にこぼれる。
曇った車のドアガラスを手で拭く少東の手が綺麗だとといい、そっと手を取り静かに顏を寄せキスをしようとする。
きっと何気ないように見えて林冲は精一杯の勇気を振り絞ったのでしょう。でも、少東は戸惑い振り払って車を出てしまう。林冲は再びうつむいて表情を押し殺してしまう。
少東が気持ちを落ち着かせて車に戻ると林冲はもういなかった。


御曹司と役者の夜の逃亡はスキャンダルになり、おそらく新聞社に情報を流した黄子雷は社交場で少東の父の前で大げさに吹聴する。怒った父は少東を軟禁する。

林冲は、一座の宿泊場所に歩いて戻り、熱をだし、治りかかった頃、弟弟子が座長に関係を強要されているところを見てしまう。
「また被害者を増やす気か!」怒る林冲。たぶん彼もそうだったのでしょうね。この子は次の花形役者になってパトロンに供されるのでしょう。
「何が悪い!私はお前の命の恩人だぞ」と居直る座長に激しく怒り
「この命返してやる!」と叫び座長を殴り座長は死んでしまう。
この展開には驚きました。かけつけた座のみんなは驚き、でも林冲に「早くお逃げなさい」と促すのです。この座員の対応にも驚きましたが、みんな林冲を慕ってたのかもしれません。

暗闇の中、逃げる林冲は英兒の部屋のドアをたたく。そう英兒の部屋は直接中庭につながっていて、しばらく住んで家の構造を知っている林冲はそっと部屋の前に行くことができるのです。
ドアを開けた英兒に事情を話し、少東に伝えてほしいと願う。英兒は涙ぐみながら直接少東に言いなさいと言う。
「私が気づいてないとでも?友達がいのない人ね」でも、話を聞く
「二人で幸せになって。林冲夜奔の歌の中に僕は生きている」
英兒は部屋にあるありったけの金目のものを集めて林冲に持っていきなさいと渡す。林冲は少東に渡してほしいと横笛を英兒に渡すと、彼女は更に少東からプレゼントされたガラスのチェロを持たせる。


林冲を見送った後、英兒は言伝と横笛を渡すべく洋館の一室にいる少東に会いに行く。鍵が開いて部屋に入ると少東は一見落ち着いているが憔悴していた。
英兒を抱きしめ、すぐ結婚しようと言う。英兒は冷静だった
「いいえ私は二人の間の愛情に入れない。」
「僕は君を裏切っていない、でも混乱してしまってるんだ。彼を愛するなんてありえない・・・」
彼女は涙ぐみながら言う
「行ってもいいよ。また手紙を書くから・・・。」
逃げるようにアメリカのニューヨークにまた渡り、チェリストとして生活する。親からも勘当同然となり便りを交わすのは英兒のみ。

ある日ダウンタウンの中華食堂で麺をすすっているとどこからか「林冲夜奔」が聞こえてくる。驚いて音楽が流れるところに行ってみると近所の古物商の老いた店主が蓄音機でレコードをかけて聞いていたのだった。
その夜少東は嗚咽する。
故郷を離れ、家族とも離れ逃げてきた自分と崑曲があまりにも似ているから。
林冲はまさに自分自身だった。そして多分、林冲の自分への想いの深さ、拒否された痛みに気づいたのだと思う。


時代は戦争へと突入し天津は日本軍が占領。街は殺伐として暗くなり「悲しみの街」となる。少東の家族は南の街へと引っ越してしまった。
英兒は苦力(グーリー・・荷役夫)となった林冲とばったりと出会う。


「この街に戻ってきたならなんで言ってくれないの。」と言いつつも林冲を気遣う。そして「少東とは何もないのよ」と彼に告げる。
林冲は名前を変え、重労働でわずかな日当をもらい二人で暮らしていた。
家が没落し、アヘン中毒で死にかけてる黄子雷を「ほっとけない」と介護していた。
黄子雷は林冲が失踪した後必死で探しまわり最悪な時に助けてくれたそうです。その恩義を林冲は忘れない人なんだね。黄子雷も、彼なりに本気だったんだね。
別れ際に英兒は林冲に少東のアメリカの住所をメモして渡すが、後から彼は字を読めないことに気づく。恵まれた家庭に育った英兒や少東のあたりまえなことが彼には遠い存在なのである。
それでも部屋の隅でメモを開いて見つめ大切に小袋に入れ懐にしまう。
いよいよ生活に困り質屋にガラスのチェロを差し出そうとしたが質屋に断られ、むしろホッとした表情でチェロを大事に抱えてしまう。

黄子雷が逝った後、彼はアメリカ行きの船に密航する。その船は途中で行き先を変えて・・・

戦争が終わり何年もたった頃、ふいに英兒がニューヨークの少東の住むアパートに尋ねてくる。
英兒は彼の部屋にかつて林冲に渡したガラスのチェロがあるのに気づく。彼女は少東の家族の近況を伝えるがチェロのことは聞けない。
果たして林冲は少東と再会できたのか・・・


少東はガラスのチェロが彼のもとに来たいきさつを話し、林冲の消息を話す。
それは雪の日の二人で車中で過ごした夜の様だった、林冲はひたすらに恋慕い、ずっとずっと耐えて遠回りしてのちようやく近づいて、でもすんでのところで届かない。それでも林冲はどんな時もじっと耐え続け自分を失わなかった。
希望を失わなかったからなのだと思うのです。少東への想いが生きる希望そのものだから、自分の国の字すらも読めないのにアメリカの広大さもわからないのに小さなメモを頼りに異国へと旅立つ勇気も持てた。

彼は泣き伏す。ここ数年しょっちゅう林冲の夢をみていた。あの雪の日彼を探し回る夢を、彼のもとへ駆けつける夢を、そして夢の中で彼に愛を告白する。


夜が明けて二人は洋服を着たまま一緒に横たわっていた。

少東は言う
「君は僕にあのガラスのチェロを彼に渡したとは言わなかったね。」
英兒は答える
「ええ。私も彼をずっと愛していたから。」

英兒の愛は人間的な感情なのか、男性に対する感情なのかちょっとわからないですが



そして老紳士が画面に現れます。もうみんな先立っていまは彼一人になったけど穏やかな表情をしてます。花束を買い、墓地に向かうと3つの小さな墓があった。
人は言う、なんで三つなんだと、勿論1つは彼がいずれ入る墓ですが、彼は答える
「一つは私の妻、そしてもう一つは私の恋人の墓だ」その三つの墓の真ん中に入るのは妻の英兒だと


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中国伝統芸能の花形俳優と男女の三角関係そしてマニアックなパトロンが現れるドラマというとやはり「さらば我が愛、覇王別姫」を思い起こしますが、感じる印象がずいぶん違いました。
「覇王別姫」は自分が生き延びるために相手を蹴落とし裏切るのを躊躇できない過酷さと、人の喜び悲しみ憎しみも全て歴史の巨大な歯車に巻き込まれ潰されていく悲劇の重さがありますが、話の展開に引き込まれ、京劇の艶やかさレスリー演じる蝶衣の美しさが魅力を放ってとても惹かれていきました。わたしにとって中華映画にはまるきっかけとなった大切な映画です。

「夜奔」は林冲の幸薄い人生を描き歴史の変転を描きながら、後味が暖かいのです。それは英兒が暖かく二人を受け入れているからのように思えるのです。
彼女が恵まれた家庭で英語の教師をする才媛でもあって視野を広く持てた事は大きいと思いますが、どんなにお嬢様で才媛でも性格の良くない人も中にはいるでしょう、英兒の人柄がいいのでしょうね。
彼女は林冲に金品を与えただけじゃなく、ガラスのチェロを渡して林冲の心の支えを持たせてあげ、アメリカの少東の住所のメモを渡すことで彼に会える希望を持たせてあげた。見返りを求めていない。
だからこそ、林冲は彼女を信頼し、二人で幸せになって欲しいと言えたのだと思いました。
少東にも責めず自由を与え、手紙で心の支えにもなっている。そして彼が林冲への愛を告白すると受け入れてあげる。
二人のつながりをずっと守り続けてきたのは彼女でした。
英兒って芯が強く素敵な女性だなあ、と思ったのです。

そして更に決定的に違うのは主人公たちが戦後中国にいなかった事。彼らは間違いなく標的になる悲劇を免れている。

映画の中で登場人物たちは何度も夜奔を想起させる行為をする。それは自由への脱出だったり逃亡だったり、人生の冒険だったりすこしずつ姿を変えて。それはまるで変奏曲のように畳みかけるように夜奔のテーマが何度も浮上する。

林冲はあまり表情を顔に出さず、始めはそっけない雰囲気に感じたのですが、一座のために気持を抑えているのがわかり、それでもなお純粋に少東を思い続けている姿に胸を打たれてきます。古い価値観の世界で生きてきたけれど、西洋の教育を受け新しい価値観をもつ二人に出会って、林冲は人生を歩みだした。だけど、それは崑劇との別れ、人生の転落となった。それでもわずかな青春、初めての友達を得て、人を愛することを知った。想いながらも近づくどころかどんどん遠のいていく存在に何度焦燥し苦しみそれを静かに耐え続けて行ったのだろう。彼には後悔があっただろうか?それは推し量ることができなかったけど・・・

しみじみとした慕情が物語の後半を包み込むように存在し続けていて
私の胸の奥まで染み込んでいきました。

そんな彼の思い出を忘れず二人で大切に持ち続ける。
もしかしたらこの映画は中国でロケをしながらも台湾スタッフが制作した映画だからなのでは、とも思いました。小さな島国で人が暮らす場所が限られているから、人と人とのかかわりが密になり、お互い寄り添っていかないとむしろ生きてゆけないから。映画にもお互いを思いやる文化がにじみ出るのかしらとも思いました。


もう一つこの映画で感じたのは西洋の文化と中国文化の邂逅の物語でもあるという事です。
幼いころからアメリカに住んでチェロでバッハを弾く少東。バッハはもちろんクラッシック音楽の父のような存在で、無伴奏チェロ組曲はバッハの曲の中でも親しみやすく人気の高いスタンダードナンバーです。

そして崑劇の花形役者林冲。崑劇は京劇より歴史が古く優雅さを持っていると聞きます。特に「林冲夜奔」は人気が高くしかも難易度の高い狂言なのだそうです。
動画で「林冲夜奔」の舞台を見てみましたが、激しい踊りと朗々とした歌声、そして所作の美しさであまり伝統芸能をしらない私でも心躍る爽快さを感じました。

バッハの無伴奏チェロ組曲と林冲夜奔が交互に流れてきます。
それは
西洋文化の粋と中国文化の粋が出会い恋をしたのです。もとは違う場所に住む文化なので両者を引き合わせ融和させる役目を持った人が必要。それはまさに劇場主の娘で中国芸能をよく知っていて、なおかつ英語の教師をしていて西洋の文化も馴染んでいる英兒なのです。
その重要な女性英兒の役を演じた劉若英(リュウ・レネ)は好きな女優さんになりました。ファッションも素敵でした。

少東役の黃磊(ホアン・レイ)は大陸の俳優さんで、1995年にレスリー・チャンがプロデュース、主演の映画「夜半歌聲 逢いたくて、逢えなくて」でレスリー演じる主人公の意志を次いでシェークスピアの舞台で主役を演じる若い俳優を演じてます。そのころはほっそりとした少年のような風情でした。この人声がいいなと思いました。
この「夜奔」が2000年に発表された事を思うとレスリーを思わないではいられません。レスリーはまだ存命で、自分が「夜半歌聲」で選んだ俳優が主演し、しかも設定が「覇王別姫」と似ている映画ならば必ず鑑賞されたのではないかと思うのです。そして設定は似ていても味わいの違うこの映画にどう感じたのだろう。
もしかしたらどこかで彼の感想が記されているかもしれません。

林冲を演じた尹昭(イン・シャオトー)はどちらかと言えば地味な顔立ちの俳優さんだと思いました。でも、内向的で控えめな林冲と雰囲気があってました。そして話が進んでいくとどんどん林冲が美しく見えてくるんです。

黄子雷を演じた戴立忍(ダイ・リーレン)は台湾の名優なのだそうです。今回Last Present4作のうちの一つに選ばれた「あなたなしでは生きていけない 不能没有你」の監督もしている才能豊かな人だそうです。
「夜奔」の監督インタビューを読んでみたら、始め、戴立忍氏は林冲の役を希望したのだそうです。うーん林冲を演じるにはお顔に華がある人だなと思うので内向的な林冲には向いてないなと私も思いました。
でも黄子雷のねちねちしたマニアックな雰囲気を巧みに表現してました。そして純情な気持ちも入っている意外さを名優は表現してます。


鮑比達(クリス・バビダ)氏の映画音楽も浪漫を感じて気に入り、33分のサントラの動画をよく聞きながら家事をしてます。さすがに33分は長いので
最初の音楽「天津」。英兒が自転車で走っているときに流れてました
夜奔 - 天津


33分の全曲盤はこちら→

 
徐立功監督は「グリーンデスティニー 臥虎蔵龍」のプロデュースをされた方で「夜奔」は初監督作品だそうです。


そういう訳でかなり長文を書いてしまいました。
この映画の日本での再上映の可能性がもうないとLast Presentの説明で書かれていて、DVDも日本版が発売されてない状態なので思い切って詳しく物語を書いてみました。
そして肝心なところをうっすらとぼかして書いてます。いつの日か日本で見る機会があるときのために少しだけそういう部分を残しました。


最後に、この映画を見れる機会があった幸運を感じるとともに
それがシネマート六本木の閉館に伴う特別企画だからこそ実現したということに複雑な思いを感じました。
ここで観た映画は一つ一つ印象深かったです。大切な思い出です。
ありがとうございました


9 コメント

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ゾクゾク (Lizi)
2015-06-25 12:39:41
こんにちは、Liziです。
映画の詳しい内容と感想ありがとうございました。
内容も感想もゾクゾクしながら読ませていただきました。
感想にあった西洋と東洋の出会いとう点に惹かれて、どこかでぜひ見てみたいなぁと思いました。

中華映画はあまり見たことがないし映画館もほとんど行かないのですが、閉館ということを聞いて残念に思っている中華映画ファンは多いですよね。
また違った形でいろんな作品が見られるようになる事をいのります。
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そう言ってくださり♪ (blueash)
2015-06-25 17:23:38
Liziさん
読んでいただきありがとうございます!
そしてこの映画を見てみたくなったと言ってくださり、とても嬉しいです
この映画、2001年のアジアフォーカス福岡映画祭(現・アジアフォーカス福岡国際映画祭)で上映されて以来日本では上映されなかったそうです。
そういう埋もれた作品を取り上げて上映するシネマート六本木のスタッフの方々の慧眼て素晴らしかったですね☆
六本木駅からも近く行きやすかったので本当に閉館が残念です。
映画はあまり見られないとのことですが、ドラマの解説、特に台湾方面は殆ど知らない状態なので私の方が参考にさせてもらってます!
「夜奔」は台湾のDVDはネットで買えるようだったので今取り寄せ中です♪2週間以上たってもまだ来ないけど
林冲のように乗った船が途中で行き先変更になってしまってないか今ちょっと不安です(汗)
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完読 (パブロ・あいまーる)
2015-06-25 23:24:59
なにせ、『美少年の恋』が大本命だったので、
完全スルーだったんです(;^ω^)
むろん、いい映画だってことは聞いてたのですが。
それに、レオンさん、好きだし(笑)
レオンさんがいい仕事してて、嬉しいです!
って、このレオンさん、若いな~←当たり前w

多分、観れる機会はないと思ったので、ぶるーさんの渾身のレビュー隅々読ませていただきました。
こんなに詳細に書けるなんて通った甲斐があるね~(笑)
いえ、アタシはたとえ通ってもこんなに心に響くアツイ文章は書けないわ(;^ω^)
ホントに、素晴らしいです!

そして、あの時、会えてよかったです。
観る前、観た後のぶるーさんを見ることができたし(笑)
ある意味、キチョーでしょ?(^w^)
返信する
レオンさん∬∬(-ω-)∬∬ (blueash)
2015-06-26 09:08:33
P子さん
読んでいただきありがとうございます!
そして
あの時は声をかけてくださりありがとうございました♪
実は火曜日は用事を変更したり端折ったりして多少後ろめたい気持ちで映画館に向かったので、うまく対応できなくて(汗)もっと素直を喜びたかったなと後から思いました。でもすっごく嬉しかったです(^o^)/
「美少年の恋」私も前日に見ましたよ。P子さんもあの週は3回鑑賞されたんですよね!やっぱり愛ですねえ。ステちゃん(馮徳倫さん)コケティッシュでちょっとかわいそうなシーンにキュンとしました。そしてP子さんのblogの感想も愛をいっぱい感じましたよ♪
「夜奔」のレオンさん(戴立忍さん)実はかなり熱演でした。特に長いエメロンヘアふぁさーってした時のシーン!。あれだけ癖のある役を自然体で演じてしまうんだからすごい俳優さんですねえ
観る前、観た後・・・えへへ多少ばつの悪い時と、見てホッとした時ですね。前日は涙涙でした。私は観た後と観る前のp子さんを見れたようです♪
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はじめまして (のぶ)
2016-01-16 22:28:03
中国在住のものです。
つい最近、思い立って『夜奔』をこちらの動画サイトで見て、日本語の紹介がないかと検索してからこのレビューにたどりつきました。
幸運にも私は福岡の国際映画祭でこの作品を見ました。それからすぐに中国に移住したこともあり、この作品がその後、公開されることがなかったのも知りませんでした。こんなに素敵な作品なのに残念。日本語で今後も紹介されることがないのであれば、このレビューは貴重な資料となるでしょう。
素敵なレビューを書きのこして下さりありがとうございました。
それをお伝えしたくて書き込みさせていただきました。
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読んでくださり・・・ (blueash)
2016-01-17 05:07:02
のぶさん
こちらこそ初めまして。訪問して読んでくださり、コメントをいただきとてもうれしいです。
そして貴重な資料と言ってくださりありがとうございます。思わず初めてこの映画を鑑賞した時を思い出しました。
エンディングでハンカチを目に押し当てて涙を止めてロビーに出たのですが、そこで「夜奔」のサントラが流れたのでまた涙があふれてしまいました。
のぶさんが15年前に鑑賞されたこの映画がいまも印象に残ってるのを知るとやはりいい映画だったんだと改めて思いました。
この映画の存在を知ってほしいという思いであらすじを思い切って詳しく書いてしまいましたが、自分の視点の言葉がこの映画の良さをぼやかしてしまうのではないかという怖れを感じました。
そしてすべてを書ききるにはためらいがあり、一番衝撃を受けた部分を書かないで残しました。去年14年ぶりに上映された奇跡を思うと、またいつかあるかもしれないし、興味を持って台湾のDVDで鑑賞される方もいられるかもしれないと思ったので。
中国で住まわれ、現在進行形の生の中国文化と常に接していられる方からコメントをいただき、とても光栄に感じました!

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Unknown (のぶ)
2016-01-26 18:29:17
ご丁寧にレスをいただきありがとうございました。
本当に言葉では表せない余韻の残る作品ですよね。
私には洞察力も文章表現力も持ち合わせていないので、的確かつ詳細なレビューを読みながら「そうそう」と自分の感覚を確認する、という作業をしていました。
一番衝撃を受けた場面が何だったのか個人的には興味があるところです。
さて、15年ぶりにこの作品に触れて劉若英が演じたヒロイン寄りに見ていたような気がします。
2人の男性に対しての行動は「そうせずにはいられなかった」というのが個人的にはしっくりしています。若いながらも母性があって正義感も強い。そんな彼女にとっては自然な行動だったのだと思います。それに、二人の男性に対してそうしなかったら一生後悔することになりそうだから。
小東に対してはやっぱり初恋の相手だから(多分)、大切な人。
林沖に対しては人間的な感情もあり、彼への憧れもあったのかと。男性としてよりもアーティストとしての憧れもあるし、自分ができることで相手の役に立つことがあるなら喜んで行動するように見えました。
「我也愛他。」
の言葉も自然に感じました。
まわりにこの作品を見たことがある方がなかなかいなく感想を語る相手がいないので、つい、つらつらと私の感想を書いてしまいました。失礼しました。
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Unknown (blueash)
2016-01-27 16:43:33
のぶさん
私もこの映画を共に語る方にあえて嬉しいです

2人の男性に対しての行動は「そうせずにはいられなかった」というのが個人的にはしっくりしています

たしかに
英兒@劉若英のそんな暖かい人柄がこの映画と2人の男性の救いになってますね。
のぶさんの感想を読んで改めて英兒という女性の人となりを想像してみました。
良家の子女で英語の教師であるということは・・・必ずイギリス人かアメリカ人の女性教師についてほぼ毎日個人レッスンを受けているはず。かなり親密な交流があって、その人から他者への奉仕とか新しい価値観を教わり、そして女性同士だしお互いハグを自然にし合っていたのでは。

そんな英兒はこの映画を展開してゆく鍵を握る人。
二人を引き合わせ、二人がそれぞれ逃亡する時、林冲には少東からもらったガラスのチェロを、少東には林冲から託された横笛を渡す。だから二人はずっとお互いを忘れられない存在でい続けた。英兒が自分から林冲をハグするのが印象的です。それは親愛の気持ちを精一杯表現したのだと思いました。自分が裏切られた気持ちもあったけど、もう許すよ、それよりもっとあなたが大好きだし無事を祈ってるよ。
林冲は少東と英兒が二人で幸せになっていると思って天津に戻っても遠慮してひっそりと暮らしていた時に偶然あった英兒は少東とは結婚してないことを知らせ、だからアメリカに行く決心をした。
婚約者が自分以外の人に心惹かれているのに気づいても、本人も混乱している状態だしこのまま結婚すれば何とかなるとは思わなかった。毅然と元のペンフレンドに戻ることを告げる。それは少東からしがらみを解放させてあげる意味もあった。そして少東の心の支えになり、林冲の近況も伝える。
強い女性ですね。損得で動かないで、まずは自分にとって正しいと思う事に誠実に生きたいと思っている。
私も英兒の存在に気持ちが入りました。溌剌とした表情とやさしさ、そして服装も好きで二回目の鑑賞からは自分が英兒になったつもりで映画を見ていました。
三人の愛情が響き合った物語。男性同志の愛情物語では女性は障害になる事が多いのに、この映画ではむしろ絆を深める存在です。そしてだからこそ英兒がとても魅力を発している。
そして音楽も良かったです。特に最後の 永远 という曲が流れてアメリカの街を一人少東が歩くシーンはしみじみと心に沁み込みました。
のぶさんのコメントを頂いてから、サウンドトラックが全曲入った動画をリンクしました。よろしかったら聞いてみてください。
そうそう、衝撃を受けた事は、雪の日の別れから再会した時のいきさつです。
返信する
追記 (blueash)
2016-01-28 11:48:18
サウンドトラックの全曲入った動画ですが、最後の曲「永远」は29分40秒から始まります。
この曲だけをお聞きになるときの参考にと思いまして・・・
返信する

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