私の若い頃は熱血でした
自分のように頑張らない人が許せなくて雷を落としたり
(今考えると充分に頑張っていたのに)
世間の荒波に耐えられるようになってほしくて突き放したり
(相手には思いは通じず冷たい人間とされた)
熱血エピソードは山ほど( *´艸`)
思い起こすと今はその熱血が恥ずかしい(/ω\)
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自己犠牲で面倒をみてしまう私は傲慢なのだ
義妹がクモ膜下で倒れ障害が残り自立できるまで半年間同居して面倒をみてしまった
(28年ほど前)
7人の同居は凄まじい
今思えば家族で頑張らせるべきだった
不憫で二人の子供の母親代わりまでしてしまい(中学と高校に入学の時期)
もう十分できる年頃だった
せっかくの成長のチャンスを逃してしまった
当時は面倒見るのが当たり前だと思っていたから、、
我が家を出て行ってからちっとも協力しない姿に後悔した
やはり「親切というお節介」でした
しかし我が家の子供たちにはよい経験になった
リハビリの先生が「脳は半年が勝負です。半年でどこまで回復するか?その後は横ばいです」
と言われ子供たちに「○○ちゃんの一生がかかってる。半年我慢してくれる?」と了解を得た
小学1年生からのドリルから教えた
言葉を忘れた姿に驚き
覚えていく姿に驚き
脳の凄さを垣間見ました
家事ができる様にまでなって我が家を去った
私の関りで人生が変わった人が数人います
お節介で良い人生になった人もいますが
弟家族は私が関わらなかったらどんな家族になっていただろうと今でも時々思います