<40のロシア民謡集>
リムスキー=コルサコフの《神の人アレクセイの詩》(カンタータ)の元ネタ探しですが、これはあっさり判明しました。
というのは、彼が《プスコフの娘》第2稿で挿入したこの巡礼歌を「フィリポフの民謡集から採った」と自伝で書き記しているからです。
テルチー・イヴァノヴィチ・フィリポフ(1826-1899)は帝政ロシアの政治家で、リムスキー=コルサコフと交流のあった人物。ついでに書くと死んだムソルグスキーの遺言執行者でもありました。
フィリポフはアマチュア歌手としても知られる一方で、地方の民謡の収集にも熱心に取り組み、彼が採取したメロディにリムスキー=コルサコフがピアノ伴奏を付けて出版されたのが《40のロシア民謡集》(1880年出版)です。
この民謡集はリムスキー=コルサコフの作品リストにも登場するもので、早速調べてみると、案の定「神の人アレクセイ」は「巡礼歌」のカテゴリーに収録されていました。その譜面・テキスト(歌詞)はこちらで確認できます(1番目に収録)。
40 Russian Folksongs (Filippov, Terty) (IMSLP)
https://imslp.org/wiki/40_Russian_Folksongs_(Filippov%2C_Terty)
この民謡集に寄せたフィリポフの序文が次のサイトに掲載されていました。その一節、「民衆の歌は永遠に去り、何世紀にもわたってその霊感を得た歌の無限の循環を生み出した、民衆の崇高で厳格な芸術的気分を復活させる力は自然界にはありません。」は、民謡が失われてしまうかもしれないという当時の危機感をよく表しています。
Т.И. Филиппов Предисловие собирателя песен
http://dugward.ru/library/filippov/filippov_predislovie_sobiratela.html
<巡礼歌の再現>
さて民謡集の「神の人アレクセイ」の楽譜は1ページに収まるものでしたので、これをMIDlデータとして入力して再現してみました。
Song of Alexey, the Man of God (from "40 Russian Folksongs")
♪「神の人アレクセイ」(《40のロシア民謡集》より)MP3ファイル
調性は異なるものの、聞いてみるとまさにカンタータと同じ旋律。
声部は一応2部となっていますが、導入部がソロとなっている他はほとんどがユニゾンで、低部が所々で数音3度とか5度下になるといった素朴な感じです。
これは作曲された音楽作品とは明らかに異質のもので、巡礼歌として歌われていた原型をとどめているようですね。