人は精神から老いていく。 ねえ、何歳から老人というんだろう。新しいシニアを目指して素敵に老いる力を

新しいシニアを目指して素敵に老いる。高齢社会というけれど、高齢者が何を考えているかわかりますか?老いる力と幸せを考える

老いの入り舞い

2019-11-15 13:40:00 | 高齢文化 高齢者の学び シニアライフ

「老いの入り舞い」という言葉がある。

・・・・・

「入り舞い」とは、舞い手が退場する寸前にもう一度中央で華やかに踊ることをいう。


だから、「老いの入り舞」とは、「年をとってから最後の一花を咲かせる」ということになる。


実に興味深い言葉だと思う。


それに、このブログのタイトルが


「人は精神から老いていく」というのだから、

ますます身に染みてくる。





歳を取っても凄いものは凄い


風態だけを見て


価値を下したり好き嫌いを言っていると


大外れのことが多々ある


鋭い眼や鋭い感覚は歳には関係ない


カッコウばかりが人生じゃないよ




今日も訪問ありがとうございます。風邪ひいて熱っぽくて、今になりました。
どうぞいい日になりますように。


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あなたはあなた

2019-11-14 05:24:00 | 高齢文化 高齢者の学び シニアライフ

茹で卵は


あなたのお好みの茹で加減でいいのです


あの人の半熟


この子の固さ


もうそんなことを考えるのはやめましょう


あなたのお好みの茹で加減で


あなたの味を喜んでもらうのです


あなたはあなたなんだから


あなたの気持ちにそって動くのです


もう一度言います


あなたはあなたなんだよ
(くろほとき)




(電線ばかりの富士。これはこれでいいか。)・・風邪で熱があるので、今日はこれで。


今日も良き日でありますように。

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人生というゴールが薄っすらと見えている

2019-11-13 05:46:00 | 高齢文化 高齢者の学び シニアライフ



「人生というゴールが薄っすらと見えている」


この表現の実感的意味は、若い人にはわからない。


「あっ、今日も生きている」


このつぶやきの実感的意味も、シニアにしかわからない。


だから、


「人生というゴールが薄っすらと見えてきた時」のなんとも言えない気持ちなんて、シニアにしかわからない。


もっと正しく言うと、「薄っすらと見えてきた瞬間」をつかまえたシニアにしかわからない。


「人生というゴールが薄っすらと見えている」という表現は、


草柳大蔵の『ひとは生きてきたようにしか死なない』の中に何度か出てくる。


私はこの表現が好きで、いろんな場所で(シニアの授業で、お年寄りばかりの会議で、現役を引退したばかりの人たちの会で)使っている。


「死地に向かう旅のはじめ」なんていう表現よりずっといい。


•••••


今日は晴れるかな。


さて、起きて今日を始めるよ。




みずみずしい頃があった


飾りけのない日々があった


たくさんの悩みを吹き飛ばす若さがあった


希望を抱いて眠り、目標を刻んだ朝があった


その日から何年も何年も過ぎ去ってしまったけれど


私の眼はまだ輝きを失ってはいない
(くろほとき)





今日も訪問ありがとうございます。
今日が良き日でありますように。
幸せが訪れますように。

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人生の締めくくり方の学び その2

2019-11-12 06:16:00 | 高齢文化 高齢者の学び シニアライフ


今日は、数年前の私の小論の一部を載せます。ちょっと硬い文ですが、読んでみてください。
・・・・
      ・・・・・

人生の締めくくり方の学びは、


実は、


幼児期から始まる生涯学習として考えていくことが大事なんだろうと思うのです。


生涯学習に関しては、


小中高等学校教育の中でも「学校教育と生涯学習」という視点で考えられてきました。


また、「命の大切さ」ということで言えば、


就学時前から幼稚園や保育園でも指導されてきているのです。


高齢者になったから、急に、さあ、人生の締めくくり方を考えましょう、


ではだめなんじゃないかと思うのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

例えば、義務教育で行われている、


体育嫌いをなくす、理科離れを防ぐ、算数のつまづきを解消するなどという実践は、


将来の生涯学習の基礎になるはずだ、という仮定も入っています。


また、どの園(幼稚園・保育園)でも行われている


「生きものを大事に」「命を大事に」という教えや、


小中高等学校の「命の大切さを実感させる教育プログラム」なども、


究極のところ、人生の締めくくり方の学びにつながっていくのだと思うのです。


人生の締めくくり方の学びは、高齢者になったから始まるのではなく、


小さい頃からずっと続いてきている「生」を、


自分のオリジナルな生き様プロセスの中で考えて行く。


そのことによって、より濃密な締めくくり方を考えられるようになる。


そう、思うのです。



日本の国では、いじめ・不登校が激増し、自殺者が増えるのと併行して


「いのちの教育」の必要性が、より強く叫ばれるようになりました。 


また、老若男女合わせた自殺者の数が、交通事故死よりも多いという現実も、


「命」や「生きていくことの価値」を、もっと考えなければいけなのだ、という流れをつくってきました。


これから生の頂点に向かう命の教育(幼児期、若者層)と


すぐそこにある死を意識した命の教育(高齢期層)とが、


人生の後半期の大きなうねりとなって、


『人生の締めくくり方の学び』の重要な構成要素になっていくのだと思います。


そうすることによって、自分だけの狭い個人史ではなく、


社会の大きな流れの中に身を置いた個人史を再創造しながら、


かけがえのない


「自分のダイナミックな人生の締めくくり方の学び」


が成立していくのだと思います。



どの時代の、どこの、だれの人生にも、


ダイナミックで、独自で、貴重な物語が存在するのだと思います。



今日も訪問ありがとうございます。今日も良き日でありますように。

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あなたらしく 自分らしく 素敵に

2019-11-11 05:27:00 | 高齢文化 高齢者の学び シニアライフ




朝は大事


一日の始まりだから


いろいろあっても


気持ちだけはリセットできそうな気がするから


実際は、そんなに簡単にリセットできないけど


思うことが大切だから


深呼吸したり


自分を励ます言葉を言ったり


音楽を聴いたりして


負けない、負けないって暗示をかける


そうやって今日を始める
(くろほとき)





いくつもの日々を重ねて花は花になる


いくつもの場面を通って人は人になる


今ある花も、今いる人も


みんな輝きたいと願ってここまで来た


今日も小さな決意を新たにして


あなたらしく、自分らしく、素敵に


一所懸命生きていこう
(くろほとき)




今日も訪問ありがとうございます。寒くなりました。でも、深呼吸してトリャーって気合を入れて出発の月曜日です。
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今日も良き日でありますように。


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