似顔絵とは何か?
「似顔絵とは、似顔絵である」
呆れるほど当たり前のことなのだが、それにようやく気付いた。
美大生時代に、教授に
「デザインとは何か?」
とたずねたことがある。
「それはこれからみんなで考えていきましょう」
・・・・失礼ながら腹が立った、自分の考えはないのかと。
もう一人の教授は、たずねる前に自分から言い出した。
「デザインとは、合目的的な・・・」
・・・失礼ながら腹が立った、間違ったことを言っていると。
けれど、今となっては後者の教授のほうがためになった。
「私の考えるデザインではない」
「私がやりたいのは、(一般的な)デザインではない」
とはっきりしたからだ。
「似顔絵とは何か?」
自問し、答えを出そうとすると、必ず破綻する。
それも、「自己否定」という形で。
しかし、答えが間違っていたとしても、常に出したほうがいい。
例えば、山藤章二塾長は、「風刺精神」というキーワードを出されている。
当然ながら、
「風刺は、似顔絵の要素ではない」
という人が出てくるだろう。それでいいのだ。
「真の似顔絵」というのが存在しないように、
「似顔絵とは何か?」の真の答えなどない。
「○○とは何か?」がニヒリズムに陥る理由もそこにあるのかもしれない。
でも、あえて答えを出すのだ。
そして、その答えを自分自身で打ち砕く。
「風刺精神」が出しゃばる自分を、自分が排除し、
「アートにしよう」とする自分を、自分がこき下ろす。
「否定からは何も生まれない」という人もいるが、
私は自論を否定することによって、自分では描けないはずの似顔絵を創作してきた。
自分にとって心地悪いものも描き続けた。
肯定したらどうなるか。そこで、自分の似顔絵の成長はとまるだろう。
矛盾と自身の対立のなかで、似顔絵は活性化し何かが生まれる。
否定することで、こだわりの仮面がはぎ取られ、一つ大きな似顔絵が現れる。
「似顔絵とは何か?」
この問いは、泥沼に陥る。
だが、新しい似顔絵を生み出すには、
答えを出し、自身を分断し、結合を繰り返すことが鍵に思える。
そうすることによって、自分の「似顔絵」を深め広げていく、マニアックな楽しみがある。
「似顔絵は、似顔絵である」
の後者の似顔絵は、もう変わり続けているのだ。
【追記】
哲学的なアプローチをしても、「理性」より「感情」優位なので、結局のところは「分からない」でいつも終わる。
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「似顔絵とは、似顔絵である」
呆れるほど当たり前のことなのだが、それにようやく気付いた。
美大生時代に、教授に
「デザインとは何か?」
とたずねたことがある。
「それはこれからみんなで考えていきましょう」
・・・・失礼ながら腹が立った、自分の考えはないのかと。
もう一人の教授は、たずねる前に自分から言い出した。
「デザインとは、合目的的な・・・」
・・・失礼ながら腹が立った、間違ったことを言っていると。
けれど、今となっては後者の教授のほうがためになった。
「私の考えるデザインではない」
「私がやりたいのは、(一般的な)デザインではない」
とはっきりしたからだ。
「似顔絵とは何か?」
自問し、答えを出そうとすると、必ず破綻する。
それも、「自己否定」という形で。
しかし、答えが間違っていたとしても、常に出したほうがいい。
例えば、山藤章二塾長は、「風刺精神」というキーワードを出されている。
当然ながら、
「風刺は、似顔絵の要素ではない」
という人が出てくるだろう。それでいいのだ。
「真の似顔絵」というのが存在しないように、
「似顔絵とは何か?」の真の答えなどない。
「○○とは何か?」がニヒリズムに陥る理由もそこにあるのかもしれない。
でも、あえて答えを出すのだ。
そして、その答えを自分自身で打ち砕く。
「風刺精神」が出しゃばる自分を、自分が排除し、
「アートにしよう」とする自分を、自分がこき下ろす。
「否定からは何も生まれない」という人もいるが、
私は自論を否定することによって、自分では描けないはずの似顔絵を創作してきた。
自分にとって心地悪いものも描き続けた。
肯定したらどうなるか。そこで、自分の似顔絵の成長はとまるだろう。
矛盾と自身の対立のなかで、似顔絵は活性化し何かが生まれる。
否定することで、こだわりの仮面がはぎ取られ、一つ大きな似顔絵が現れる。
「似顔絵とは何か?」
この問いは、泥沼に陥る。
だが、新しい似顔絵を生み出すには、
答えを出し、自身を分断し、結合を繰り返すことが鍵に思える。
そうすることによって、自分の「似顔絵」を深め広げていく、マニアックな楽しみがある。
「似顔絵は、似顔絵である」
の後者の似顔絵は、もう変わり続けているのだ。
【追記】
哲学的なアプローチをしても、「理性」より「感情」優位なので、結局のところは「分からない」でいつも終わる。
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