セレンディピティ日記

読んでいる本、見たドラマなどからちょっと脱線して思いついたことを記録します。

読書ノート:手嶋龍一「ウルトラ・ダラー」(新潮社)

2006-06-11 17:48:29 | 文化
NHKのワシントン支局長だった手嶋龍一氏による現代の国際社会が舞台のドキュメンタリー風の小説。国際社会の構図がよくわかるのだが、もちろん著者の創作によるフィクションも交えてあるのだが、モデルらしき人物もいるので読者に誤った印象を与える懸念がある。
「ウルトラ・ダラー」とは識別できないほど精巧につくられた北朝鮮製のドルの偽札だ。この偽札製造と北朝鮮による日本人拉致が関連つけられて話が始まる。
主人公は日本人ではなく、BBC放送の東京支局員の肩書きをもつ英国諜報部員の男性だ。
読み始めて「テッシー(手嶋氏)はなかなか旨い。プロの小説家に遜色ない」と思った。でもちょっと立ち止まり、ひょっとしたら随所に描かれる日本の高級なあるいは古典的な文化的な舞台装置や、英米の諜報組織の知識に幻惑されているのかもしれないと思った。
しかしその後、パリのセーヌ川でのクライマックス的場面では、ハリウッド映画的な見せ場があり感心した。映画になるのではと思ったが、日本語がぺらぺらな英米人は多いが、演技力と観客を呼べるパーソナリティを持ったものを探すのはほとんど困難だと思った。
しかしその後の展開が不満である。小説的にはセーヌ川の場面で完結すべきだったと思う。
というのは、偽ドルあるいは偽ドルで稼いだ資金とウクライナ製の巡航ミサイルの闇取引を邪魔された北朝鮮or中国の諜報組織が復讐のため、主人公の恋人の日本人を誘拐して主人公を呼び寄せて、主人公と銃撃戦(日本で)すると言うもの。これは荒唐無稽だ。復讐はありえるかもしれないが普通の暗殺にすると思う。
これ以外に不満な点は以下のとおり。
日本の外務省の高官の国外逃亡はおかしい。
外務省の高官の妻と偽札探知機のメーカーの社長の不倫場面の写真による脅迫は、話の流れにほとんど影響を与えていない。現実の世界では無駄なことも多いかもしれないが、エンターテインメントの世界では不要では?
北朝鮮による謀略のはずが中国の謀略に移っていった。このためか北朝鮮内部での偽ドル作成の内実がほとんど描かれていないのは期待はずれだ。