白河夜舟

水盤に沈む光る音の銀砂

一期一会、光と熱

2006-08-10 | 日常、思うこと
「人権について考える会」というものに、公職にあるものは
月に一度は参加することになっている。
その日講師として招かれた女性は、1980年生まれ、一昨年
愛する人と結ばれた経歴を持つひとだった。




会が終わったあとで、何気なく会話しているうちに
ボブ・マーリーやCOCCOの話になり、
JAZZの話などしているうちにEGO-WRAPPINなる
名前が出てきたり、と、いうことで意気投合して、
亭主には作り置きのカレーがあるから、といいながら
彼女はダットサンを改造した明らかなヤンキー仕様の
やんちゃな黒塗りの愛車の扉を開けてくれた。




ボブ・マーリーの音が生む悠久の青空の時間と、彼女の運転する
トラックのメタリカ的轟音エンジンの高回転が幾何的に調和した
車内には、彼女のマルボロメンソールと僕のノーマルクールが
紫の渦を巻いて静止していた。
やがて轟音の調和が止み、車を降りると、そこは彼女の生まれ
育った場所に程近い、薄汚い古くからの焼肉店だった。




一滴の酒も飲めない彼女の前で、初対面でピッチャーのような
大ジョッキを注文する僕のデリカシーの無さは
彼女には何の違和感も無く溶け込んでしまったようだった。
亭主と朝からパチスロに出かけては1日過ごし、さんざん
騒ぎ倒して疲れて眠るような休日を送っているというのだから
見慣れた光景なのだろう。




煙草を切らした僕を見て、彼女は煙草のフィルターをちぎって
「これならクールと同じ濃さになるやろ」と言いながら
僕の口元に持ってきた。
ありがとう、といってすぐに火をつけると、
テーブルに並んだロース、カルビ、ミノ、イカ、ホルモンを
彼女は丁寧に1つづつ鉄板に並べ整えて焼き始めた。




昔ながらの古めかしい焼肉屋、無煙ロースターもなく換気も悪い。
もうもうと立ち昇る煙に巻かれながら、やがて彼女は話し始めた。




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僕には難病の友達もいるし、バイセクシャルの友達もいる。
ひとのこころに思い巡らせることができるようになるためには、
どのようなひとと出会えるのか、そのめぐりあわせが大きく
影響する。
さまざまなひととめぐり合って、いまここで打ち解けて笑いながら
話が出来ているという、ただそれだけの、あたりまえのことに
感謝をすることこそ、大切なのではないか。
僕のこの言葉が、彼女には響いたようだった。




けれど、さすがに、肉を取り分けてくれるまではしてくれない。
お互い、好きな肉を、好きなように食べる。
片っ端から肉を食い、音楽やら人権やらパチスロやら
自動車やら恋愛やら、
酔いの有無に関わり無く、2時間半、話し続けた。




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彼女は、自分の出自を知って、高校時代から解放運動に従事したこと、
就職差別を受け、結婚差別も受けてきたことを話した。
彼女は、差別を問うことに対する入り口は、どこからでもいい、
今までのような、深刻で堅苦しいヴィデオを見て、紋切り型に
「差別はいけない」と締めくくる教育や啓発などくそくらえだ、と言い、
差別を無くす側であるはずの組織の内側にも様々な対立があることを
「おまえらほんまに差別なくしたいんか?」と斬ってすてた。




僕よりも年下の彼女は、年配の人々の前で講演するとき、話を聴いて
もらえていないことを肌で感じてつらくもなると言う。
いちいちそんなことを気にしてはいられない、とも。




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彼女には彼女にしか語れないような言葉がある。
しかし、僕には僕にしか語れない言葉がある。
真向かい合ったもの同士が、わかりあえると信じながら
語る言葉でもなく、
はじめから、互いを拒絶するのでもない、
動機のない、しかし、あるがままの言葉のやりとり。




差別されたものだけが、これは差別であると決定できる、
という考え方の存在については、僕は批判した。
それは、差別の被害者の数を膨大にする代わりに、
差別の加害者の存在を薄れさせ、実体も正体もない差別の亡霊を
生き延びさせようとするレトリックに必ず利用される、と。




それは確かにそうかもしれない。
でも、解決策はあると信じてやってなきゃ、むなしくなるだけだよ。
彼女にそう言われて、こちらも返す言葉が無かった。
それは、ぼくの感情に一番近しいものだったからだ。
「それは絶望的な期待」だよね、というと、彼女は悲しく笑った。




あらゆる差別を問い直すには、さまざまな角度からの
アプローチが必要なんだろうね。
JAZZ、HIPHOP、HOUSE、といった音楽の底には
差別の歴史の血脈が流れ続けていることを例にとってもいい。
アイヌの叙事詩を取り上げてもいいし、沖縄の島唄を取り上げても
いいだろうね。
盲目の天才音楽家を取り上げてもいい。
しかしそれを取り上げるだけではなく、必ずそれを自分の生活の
レベルに引き込んで、自分自身の力で考えるということが必要でも
あるはずなんだけどさ。





お互いにそんな話をしているうち、肉はどんどん炭になる。





でも、これまでの教育のように、画一的・紋切り型の常識を
押し付けようとすることも、さっきいったようないろんな接近法も
所詮理論にすぎないこと、理想論じゃ物事はうまく進まないよね。
奇麗事で世の中丸め込めると本気で思ってる奴は、人間を知らないよ。
だとしたら、こうやって酒飲んで笑ってるような一期一会の
場所に感謝することが、一番の近道じゃないのかな。





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彼女がどう思ったかはわからない。





けれど、食後、僕を送ってくれる車の中で、
琉球三味線や太鼓が好きで、やっときらきら星が
弾けるようになったんよ、とマルボロを吹かしながら、
彼女の横顔は、親しく笑っていた。
やがて、僕の家の近所に着き、僕を車から降ろすと、
彼女もおもむろに降りてきて、
「また飲もな。」
といって、ぽん、と僕の肩を叩いた。






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彼女の言葉には、たしかにある種の偏りがあった。
自分がいったん信じた価値観について、冷静に見つめなおす
作業については、彼女は余り慣れていないように思えた。
しかし、その言葉はそのまま、僕を鏡写しにして、
僕自身をじりじりと締め上げるものでもある。




ぼくは大学時代、就職活動で内定の出た某名門企業との
懇親会の席で、その会社の専務から出自を遠まわしに
聞かれた経験がある。
最初、ぼくはそれが何を意味するのかわからなかった。
しかし、彼の口から幾つか出てきた地名が、間違いなく
被差別のそれであろうということを、その口ぶりから
次第に確信していった。
その意図が、見通せてしまったからだ。
あれほど、言うに言われぬ嫌な心持のしたことはなかった。
落胆、失望、怒り、不快、そのどれとも違う、吐き気のような
記憶である。





翌日、ぼくはその会社に、内定辞退を申し出た。
4年前の話である。

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