神を愛する者は、
兄弟をも愛すべきである。
この戒めを、
わたしたちは神から授かっている。
「ヨハネの第一の手紙 」4章21節
新約聖書 新共同訳
苦しみそのものには価値がありません。
キリストと、
その受難を分かち合えるものとなった時、
私たちの苦しみは、
この世で最も尊い賜物になるのです。
マザーテレサ
(『愛と祈りの言葉』より)
▲ドバイのプールで泳ぐ客に飲み物を運ぶガーナ人労働者
(Jonas Bendiksen/National Geographic)
泳ぐ客に飲み物を運ぶのは、
ガーナ出身の新米の出稼ぎ労働者。
ドバイの五つ星ホテル、
ザ・リッツ・カールトンの
「プール大使」だ。
Photograph by Jonas Bendiksen
家族により良い暮らしを送らせたいと、中東の産油国へ出稼ぎに行くアジアの人々。お金と引き換えに失うのは、愛する人との絆や触れ合いだ。
文=シンシア・ゴーニー
/写真=ヨナス・ベンディクセン
★ドバイ住民の90%を占める外国人労働者が、
お金と引き換えに失ったものは
◆ナショナル ジオグラフィック日本版 2014年1月16日 12時2分配信
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20131219/377688/
アラブ首長国連邦で最も人口の多い都市ドバイ。なんと人口のおよそ9割が、外国からやって来た出稼ぎ労働者だ。
フィリピンからドバイへ出稼ぎに来ている、ある夫婦を取材した。
何週間にもわたる取材の間に、たった一度だけ妻のテレサが涙を見せたことがある。フィリピンにいた10年余り前のことを話していたときだ。テレサの実家は首都マニラから1時間ほどの郊外にある。12月のある日、家の近所を歩いていて、テレサはふと気づいた。どの家にもクリスマスの電飾が美しく輝いているのに、「うちの家だけ、飾りがなかった」。そう話す顔がみるみるゆがみ、涙があふれた。
「外国のことはよく聞いていました。外国に行けば、何でも買えると」
金のブレスレット、米国製の練り歯磨き、コンビーフの缶詰……外国にはきらびやかな商品があふれているようだった。テレサが暮らす町では、石造りの家は外国で稼いだお金で建てた“出稼ぎ御殿”だ。しかし、11人きょうだいの1人として彼女が生まれ育ったのは木造のあばら家で、豪雨で家の壁が崩れたこともあったという。
「その年のクリスマスを迎える頃、私は家の前に立って誓ったんです。自分が稼げるようになったら、真っ先にクリスマスの電飾を買おうと」
初めての給料は地元で稼いだ。そのときテレサは高校を出たばかり。買えたのは色つきの電球をつないだ飾り1本きりだったが、壁にくぎを打って自分でそれを取りつけた。
「誰の手も借りずにやりました。家の前に立って、輝く電飾を見て、私にもできるんだと強く思いました」
その晩、テレサは外国に出稼ぎに行く決心をした。もう大丈夫、何があっても頑張れる、と。
21世紀の外国人労働者の実態をまざまざと見せてくれる都市は、ペルシャ湾岸にある。ドバイのだだっ広い国際空港に降り立てば、空港前のタクシー乗り場まで歩く間に、外国人労働者をゆうに100人は見かけるはずだ。
空港内のスターバックスでエスプレッソをいれる若い女性はフィリピン人かナイジェリア人だろう。トイレの掃除をするのはネパールかスーダンの出身者。タクシーの運転手はおおかたパキスタン北部かスリランカ、あるいはインド南部のケーララ州からの出稼ぎ人だ。
ドバイの街に林立する超高層ビル群も、出稼ぎ労働者の労力で建てられた。その多くはインド、ネパール、パキスタン、バングラデシュなど南アジアの出身者だ。日が暮れるとビルの建設現場からバスで宿舎まで運ばれ、たいていは刑務所並みに窮屈な宿舎で共同生活を送る。
夫婦で同じ屋根の下に暮らせるテレサ夫妻はまだしも恵まれているほうだ。そればかりか、家族全員が一緒に暮らしていた時期もある。出稼ぎ労働者なら誰でもうらやむ境遇だったが、4番目の子が生まれると、それも難しくなった。夫は前妻との間にできた子をフィリピンに残しており、テレサとの間にできた上の子ども2人も祖国へ帰す決心をした。
今、テレサは上の2人と会えないことをどう思っているのか。そのことに触れるたびに、表情がこわばり、身じろぎもしなくなった。
「とてもつらい」
そうつぶやいてから、自分に言い聞かすように続ける。
「あの子たちは妹がちゃんと育ててくれています。それに、向こうにいれば、フィリピン人として育ってくれますしね」
※ ナショナル ジオグラフィック1月号より抜粋
Cynthia Gorney/National Geographic
▲ドバイにある世界一高いビル、ブルジュ・ハリファを背景に、工事現場を掃除する作業員たち。ほとんどがインドかパキスタンの出身だ。
Photograph by Jonas Bendiksen
▲広大なショッピングセンター
「ドバイモール」にあるカップケーキ店には、ドバイ首長国の世襲の首長モハメド・ビン・ラシード・アル・マクトゥームの肖像写真が掲げられている。多様な国籍の人々が暮らすドバイの街では、アラビア語ではなく、主に英語が飛び交う。
Photograph by Jonas Bendiksen
▲ドバイの巨大なショッピングモールにある屋内スキー場「スキー・ドバイ」。プラスチック製の大きな球に入って、ゲレンデを転がることができる。右の二人はネパール人のスタッフ。スキー場や付属のカフェで働くのは、彼らのような外国人労働者だ。
Photograph by Jonas Bendiksen
▲バングラデシュ出身の労働者が来店するナイトクラブで、ダンスの合間に休む女性たち。ドバイで働く多くの男性にとって、こうした店や売春宿は女性と直接出会える数少ない場所だ。
▲仕事を終え、疲れた顔をしてバスに揺られ、宿舎へ戻る労働者たち。宿舎と仕事場を結ぶ会社のバスは、夜明けからドバイの街を走っている。
▲フィリピンのスラムに立つ広告は、帰国する労働者に向けたもの。この住宅会社は「帰郷して最高の家を建てよう」とウェブサイトで宣伝する。
Photograph by Jonas Bendiksen
▲アラブ首長国連邦のシャルジャで電気技師として働くヘスス・バウティスタが、パソコンの画面から9歳の息子に呼びかける。マニラ近郊の1部屋のアパートで母親と兄と暮らすこの子にとって、父親は6900キロ離れた遠い異国に住み、家族を養ってくれる存在でしかない。
▲カタールの商業施設で、雇い主の隣で遠くを見つめるベビーシッター。同じイスラム教徒でも、文化の違いなどで孤立する労働者はいる。
Photograph by Jonas Bendiksen
◼️編集者より......
ナショナル ジオグラフィック誌には珍しく、本文は妻子ある男性と独身女性の恋の物語です。2011年6月号「幼き花嫁たち」なども手がけた筆者シンシア・ゴーニーは、人々に寄り添いながら丁寧に取材するジャーナリストで、今回の特集でもその本領を発揮しています。ぜひ本誌で読んでみてください。写真家集団マグナム・フォト所属のヨナス・ベンディクセンによる写真からは、祖国を離れて働く出稼ぎ労働者たちの厳しい現実が伝わってきます。(編集T.F)
http://nationalgeographic.jp/nng/article/20131219/377688/
【今日の御言葉】