[映画紹介]
日本中を震撼させた一家惨殺事件の犯人として
現行犯逮捕され、
死刑判決を受けた鏑木慶一が
意図的にケガをして病院に移送中の車内で
暴れ、脱走した。
全国指名手配を受け、
メディアが連日報道するにもかかわらず、
慶一の行方は分からない。
映画は市民の中に潜伏した慶一と
それを追う刑事の又貫征吾の二つの動向を描写する。
慶一は髪を伸ばし、髭面になって、
建築現場に潜んでいた。
そこで法律の勉強をし、
ブラック企業のタコ部屋での
人権侵害に対し抗議しているうちに、
正体が分かってしまう。
東京に逃走した慶一は、
出版社の下請けライターとして金を稼ぎ、
編集者の安藤沙耶香の信頼を得、
彼女の家に身を寄せる。
彼女は途中で慶一の正体に気づくが、
慶一が残酷な殺人犯とは思えず、
通報を受けて踏み込んで来た又貫の邪魔をし、
慶一を逃がしてしまう。
又貫は慶一に銃を向けるが、撃つことが出来ない。
それは、又貫の中に
慶一が殺人犯であることを疑う、
一抹の疑念があったからだ。
又貫は上司から慶一犯人説を押し付けられていた。
難を逃れた慶一は、
地方の老人養護施設の職員として働くが、
それはある目的を持っていた。
しかし、思わぬことから慶一の所在が割れ、
警察は施設を包囲するが・・・
私は「面白い話」として、3つのパターンを挙げている。
一つは、成功物語。
一つは、復讐物語。
そして、もうひとつは、追う者・追われる者。
本作は、この3番目の「追う者・追われる者」だ。
追われる慶一が先々で出会う人との交わりと足跡。
追う又貫の、心の中に起こる変化。
それが大変丁寧に描いていて、飽きさせない。
映画館で暗くなると眠くなるという、
困った「持病」を持つ私だが、
本作は一瞬たりとも眠気が襲って来ることはなかった。
つまり、緊張感が持続し、
登場人物の心が観客の心と共鳴するのが
うまく行っているからだ。
映画は「感情移入」の芸術であるのをうまく体現している。
テンポもいい。
また、演技陣も好演が目立つ。
慶一役の横浜流星は、
あんなイケメンが人目を引かないわけがない、
という欠点は置いておいて、
無実の罪を晴らそうとする情熱をうまく表現した。
高校生時に逮捕された慶一の
脱走年後触れる「世間」での成長物語とも言える。
逃走中で、慶一は初めて友情と愛情と信頼を獲得するのだ。
対して、又貫を演ずる山田孝之も、
上司の強権との間で揺れ動きながら、
真実を貫こうとする
刑事の心境をうまく演じている。
わずかな表情の変化が内面を表す。
慶一を匿う沙耶香役の吉岡里帆も、
彼女ベストの演技で物語を支える。
染井為人の小説を、
藤井道人監督が映画化。
原作のキモをうまく時間軸に配置した脚本(小寺和久・藤井道人)もいい。
沙耶香の父親の痴漢事件の冤罪を晴らさなければという沙耶香の立場が
慶一の冤罪を晴らしたいという思いと共鳴し、
冤罪の理不尽さと向き合うという
原作を改変した設定も生きている。
ラストは原作との大きな改変部分だが、
終盤の面会室でのやりとりは胸を撃ち、
判決の描写にセンスを感じた。
今年屈指の作品。
5段階評価の「4.5」。
拡大公開中。
2022年、WOWOWで、
亀梨和也主演で連続ドラマ化されたが、
ドラマより映画の方が優れている。