空飛ぶ自由人・2

旅・映画・本 その他、人生を楽しくするもの、沢山

小説『闇の傀儡師』

2023年08月09日 23時00分00秒 | 書籍関係

[書籍紹介] 

藤沢周平による伝奇小説。
「やみのかいらいし」と読む。

傀儡師 (くぐつし、かいらいし) ・・・
元々は、傀儡(操り人形)を操り、各地を旅した芸人のことだが、
転じて、陰で人を操るもの。策士、黒幕を指す。

十代将軍・家治の治世。
主人公の鶴見源次郎は御家人の跡取り息子だったが、
無眼流の遣い手として、剣の道に励むあまり、
妻と離別し、家を出て、長屋住まいの上、
筆耕で口を養う生活をしていた。
筆耕の仕事を納めての帰り道、
斬り合いに遭遇し、
斬られた者が虫の息で源次郎にあるもの託し、
届ける先は老中松平と言い残して死んだ。
男はどうやら公儀隠密のようであった。

友人の細田民之丞の所に行き、事のあらましを述べた。
民之丞は松平という老中は三人いるというが、
なんとかしてその老中を突き止めることが出来た。
老中は松平右近将監武元だった。

その老中が鶴見源次郎に会いたいという。
仕方なしに会いに行くと、老中は奇怪な話を聞かせた。
それは八嶽党という正体不明の集団のことで、
昔自裁した駿河大納言忠長の一族であるといい、
その暗躍の歴史は150年に及び、
徳川将軍家の代替わりに介入してきていた。
最近、その八嶽党が動き出しているので、
源次郎に八嶽党の動きを探るのに手を貸せという。
結局、源次郎は老中の手助けをすることになった。

八嶽党はなぜこの時期に蠢動し始めたのか?
そして、彼らの狙いとは一体何なのか?

こうした話に、
幕府中枢での田沼主殿頭意次らの権力争いや
将軍の世継ぎ家基を巡る毒殺の陰謀がからむ。
安永8年(1779年)、家基が
鷹狩りの帰りに立ち寄った品川の東海寺で突然体の不調を訴え、
3日後に死去(満16歳没)。
家治の血筋が絶えたため、
一橋家の嫡男・豊千代(後の徳川家斉)に将軍家を継がせることになった
歴史的事実が背景にある。

また、源三郎が家を出る原因となった妻の織江の不倫、
織江の妹・津留との関係、
絵師をめざす細田民之丞の苦衷、
その妹・ゆきとの関係、
隠棲している但馬流の老剣士・赤石道玄とその孫の奈美、
老剣士の弟子の伊能甚内などの話もからみ、
重層的に物語は展開する、
読み応え十分の作品。                           

八嶽党は初め、源三郎の敵として登場するが、
源三郎の認識が、物語の進行とともに変化していき、
やがて、その存在に同情するようになる。
彼らの悲願は、駿河大納言忠長の血筋の者を将軍にすることで、
ついには、公儀からの殲滅命令にさらされる。
本書で描かれるのは、その八嶽党の滅び行く姿で、
最後に甲州の山道に消えてゆく彼らの姿は寂寥感を誘う。

藤沢らしいのは、女性が魅力的なことで、
織江と妹の津留、
民之丞の妹で娼婦になる、ゆき、
赤石道玄の孫娘・奈美、
八嶽党の一員・お芳などが彩りを添える。
白井半兵衛、布施重助など脇役も魅力を放つ。

本来将軍職につく機会もあった
白河侯の嫡子・松平上総介に、
一橋が諭す場面が興味に残る。

「上総介。そなたは将軍職の座を逃したと思われるかも知れぬが、
将軍職が何ほどのものかの。
いまのお上を見よ。
ありあまる才を抱きながら、
こと政治となると手も足も出ぬ。
ゆえに、絵に凝り、碁、将棋に鬱を散んじて、日を送られておる。
お気の毒じゃな。
わしに政治の志があれば、
将軍職はのぞまぬ。
幕閣に入り、首座にのぼって天下を仕置きすることを心がけるだろうて。
これこそ男子の本懐と思うが、違うか」
「将軍家は飾りもの。
天下を仕置きする者は別におる」

週刊文春に昭和53年8月から翌54年8月まで丸一年にわたって連載。
翌55年に単行本化された。

1982年、フジテレビ系で北大路欣也主演でドラマ化
1996年、NHKで「風光る剣 八嶽党秘聞」の題で、
中井貴一の主演でドラマ化

あとがきに、藤沢の濫読について書かれており、
最初の濫読時代が小学校5、6年の頃だったというから驚く。
こうした濫読から小説家としての養分を吸い取ったのだと分かる、
貴重な記録である。



最新の画像もっと見る

コメントを投稿