舞姫

ひぐらし日記

謎多き中性子の寿命 日本の最先端設備が挑む

2016-11-26 | 日記
茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設「J-PARC」が世界の注目を集めている。物質を構成する「中性子」の寿命を解明する切り札として期待されているのだ。地味な存在の中性子だが、実はその寿命が宇宙における物質の形成プロセスに直結している。日本の最先端設備が、宇宙の成り立ちを解明する難問に挑む。

■地味だが重要な存在の中性子

中性子の寿命を精密測定するJ-PARCの実験現場(写真:日経サイエンス)
 物質のおおもとは原子だ。原子は「電子」と原子核からなり、原子核は「陽子」と「中性子」が集まってできている。この中で電子は電気製品を動かす電流の担い手としてなじみがあり、陽子も先進的ながん治療(陽子線治療)に用いられるなど知名度が上がってきている。これらに対して地味な存在なのが中性子だ。

 中性子は通常、安定した状態で原子核に収まっている。だが、例えば原子炉内でウランが核分裂反応を起こしたりすると、中性子は原子核から飛び出して単独の状態になる。こうした自由中性子は不安定で、比較的短時間で崩壊を起こして陽子と電子などに変わる。

 こうした自由中性子が崩壊するまでの寿命を世界最高レベルの精度で測定する実験が米国とフランスでそれぞれ異なる手法で行われたが、結果に食い違いが生じている。

 測定結果は米国での実験は887.7±2.2秒、フランスでの実験が878.5±0.8秒で、前者の方が後者より約9秒長い。いずれの実験も非常に難易度が高く、どちらの数値が真の値に近いのか、それとも真の値は両者の中間あたりにあるのか判然としていない。

 ナノ秒(十億分の一秒)という言葉が日常的に飛び交う科学技術の世界において、物質を構成する基本粒子の基本的な物理量にこれほど大きな不確実性が残っているのは非常に珍しい。しかも中性子の寿命は宇宙における物質の形成プロセスに直結するので、寿命がはっきり決まらないと宇宙の成り立ちが解明できない。

 そこで注目されているのがJ-PARCでの中性子の寿命の高精度測定実験だ。高品質の中性子ビームを検出器に送り込み、そのビームを構成する中性子のうちのどれくらいの割合が一定時間のうちに陽子に崩壊するか精密に測定し、そのデータから中性子の寿命を見積もる。高エネルギー加速器研究機構(KEK)を中心に名古屋大学、九州大学、東京大学などが協力して進めている。手法としては米国で行われた実験と似ているが、重要な点で違いがあり、独立性が高い。

 今年内を予定しているJ-PARCの最初の実験結果の発表は誤差が20秒程度になる見通しなので、誤差約2秒の米国の実験結果との食い違いを同レベルの精度で比較することは難しい。そのため、さらにJ-PARCの実験が進み、誤差が1秒レベルにまで狭まった段階でどんな結果が出るかが焦点になる。食い違いが生じるにしろ生じないにしろ、今後の中性子研究の方向性に大きな影響を及ぼすことは確実だ。
(詳細は4月25日発売の日経サイエンス2016年6月号に掲載)

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