◻️158『岡山の今昔』新見から津山へ(山間部に生きる人々と暮らし)
○新見から東へ一駅目にあるのが、岩山駅である。こちらは、旧作美線が1929年(昭和4年)に新見~岩山で暫定開業した際に設置された。ちなみに駅舎は、その時のものが当時の姿のまま残されているという。
○新見から東へ一駅目にあるのが、岩山駅である。こちらは、旧作美線が1929年(昭和4年)に新見~岩山で暫定開業した際に設置された。ちなみに駅舎は、その時のものが当時の姿のまま残されているという。
○次の丹治部駅は、新見市の東部(旧大佐町内)にあり、中央部を県道(新見勝山線)JR姫新線が南北に併走している。また、これらの南を東に横切るのが、中国自動車道(中国縦貫自動車道)であり、大佐トンネルへ向かう前には大佐サービスエリアがある。このあたりは、大方が山林原野であり、その分水田や畑の耕作面積は狭い。交通に比較的恵まれているものの、過疎化に歯止めをかけるまでにほ、いたっていないようだ。
なお、中国自動車道は同トンネルを出てからは一路南東、それから東へ、後に述べる美作落合の手前で姫新線と交差する。
○それから線路は北へ向かい、備中側の最後の駅、美作との境目にあるのが刑部駅である。地形的に言えば、高梁川流域の一番奥、大佐山の麓で、この先の峠を越えると旭川流域の美作に入る。車なら、県道を直進して蒜山高原に抜けるのも、おすすめとか。
○富原駅は、真庭市の西に位置する駅にして、1930年(昭和5年)に開業した。富原村であったのが、1955年(昭和30年)に合併して勝山町へ。その勝山町も、それからかなりが経過しての2005年の合併により、現在の真庭市へと変わる。
(続く)
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○月見駅の建物内には待合室のほか、和室があるとのこと。月田駅の周辺は木材工場が多く、「木材の町 勝山」と書かれたものまで立っていると聞く。
○中国勝山駅は、旧城下町(勝山藩)にして、観光地で知られる。別項で見るように、1985年に岡山県の町並み保存地区に指定されている。勝山駅を降りると駅前広場、そこを抜け通ってきた道と、国道181号線が交わる交差点。そこを左斜め方向にゲートを構えている通りがウッドストリート商店街で約200メートルばかりその通りを抜けたところを右折すると、街並み保存地区の南端に出るとのこと。
(続く)
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